シェイブテイル日記2

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税収弾性値が1.1に見える人っていますか

日本の名目GDPリーマン・ショック後の2009年度を底に反転し、昨今のアベノミクスにより5年連続で増加しました。 
昨日の日経新聞では、国の税収が想定外に上振れしたことが報じられています。

景気回復などで法人税や消費税といった国の税収が大幅に増えている。財務省が28日に発表した2014年4月〜15年3月の税収実績は前年同期比12.3%増と高い伸びになった。15年5月分までを足し込む14年度全体の税収も大きく増え、リーマン・ショック前の07年度を上回ることが確実だ。税収の上振れは、政府が作成する財政再建の計画にも影響を与える可能性がある。
(中略)
 政府は20年度に国と地方の基礎的財政収支を黒字化する目標の達成に向け、今夏に新たな計画をつくる。14年度の税収の上振れは財政再建の手法をめぐる議論に影響しそうだ。20年度まで税収の大幅増が続くと見込めば、社会保障費などの歳出にそれほど切り込まなくて済むからだ。慎重派の財務省は「成長だけで財政再建はできない」として、成長頼みの財政再建論をけん制している。

14年度税収、リーマン前を上回る 52兆円見込む 財政再建議論に影響も
日経新聞 2015年4月29日 朝刊

財務省の税収見通しはここ数年、常に下に外れています。 そして年度が終わってみれば、当初の税収見通しを大幅に上回る結果となっています。

こうしたことから、最近政府内で「債務残高対GDP比が健全化の最終目標で、基礎的財政収支(PB)黒字化に固執する必要はない。積極的に財政出動して一時的に財政が悪化しても、政府試算の税収弾性値が過小評価されており、目標達成は可能」との見方も浮上しています。

一方、財政学の専門家土居丈朗慶応大学教授は、こうした見方に対し「楽観論で、あり得ない」とし、主張の根拠となる試算の妥当性に疑問を呈しています。

──政府試算の税収弾性値が過小評価され、過度に赤字が膨らんでいるとの主張もある。

財務省内閣府試算の税収弾性値1.1に対して、15年の単純平均で弾性値4との指摘も一部にあるが、統計学的に全くナンセンスだ。回帰分析すらしないで導き出した数字で稚拙。この認識は経済学的にも通説となっている」

インタビュー:成長頼みの健全化「ありえない」=土居慶大教授 ロイター2015年 03月 27日


名目GDPが1%増加した時に何%税収が増加するかは「税収弾性値」と呼ばれますが、政府の公式見解ではこの税収弾性値は1.1とされています。土居先生の仰るように経済学的に通説となっているという税収弾性値1.1が妥当な値ならば、なぜ最近の税収見通しは常に下に外れっぱなしなのでしょう。

ということで、最近のデータも踏まえて目に見える形で税収弾性値を算出してみました。

図1 名目GDPと政府税収の相関図
出所 名目GDP=内閣府、政府税収=財務省(1997-2012年度)、マスコミ報道(13-14年度)
2014’は、消費税増税がなかった場合の2014年度の筆者推定税収。*1

図表1は、日本がデフレ化した1997年以降における名目GDPと税収の相関図です。
デフレで名目GDPが右肩下がりに下がっている日本では、消費税を増税したにもかかわらず、基本的には増税当年の1997年を除けば税収もまた右肩下がりでした。
ただ2010年以前でも世界的な好景気により名目GDPと税収が増加した時期には、デフレで両者が減少した時の直線ルートを逆に辿っていました。(緑線のプロット)

それがリーマン・ショック後のここ5年は名目GDPが反転するとともに税収も増加に転じています。
理由はよく分かりませんが、2011年以降はそれ以前とは別の直線に乗換えたようにみえます。(赤線のプロット)

そこで、近年のデフレ日本を2010年以前とそれ以降に分けて、税収弾性値をエクセルでの対数回帰分析で計算してみました。
図2の自然対数表示のグラフの傾きが税収弾性値になります。*2

図2 対数回帰分析による税収弾性値の算出
図1のデータを用いて、自然対数表示したもの。
2011−14年の税収弾性値では、昨年の消費税増税の影響を除いて考察するため、
実際の2014年度に代えて図1の2014’年度で計算した。
図の右下は、このグラフでの傾き1.1を図示したもの。

回帰分析で計算した結果は、1997−2010年度で税収弾性値は3.3、2011年から14年度では4.8に達しています。*3
一応このグラフ上で、税収弾性値1.1とはどんな傾きかを図の右下に表示しています。

グラフのどの部分をとっても、1997年以降のデフレ日本で税収弾性値が1.1などという値にはなり得ません。 どんな視力の人でも、赤や緑のプロットの傾きが右下の税収弾性値1.1の傾きに見える人はいないのではないでしょうか。
こんな一目瞭然の事実を、財政の専門家、土居教授は一体なぜ否定するのでしょう。

その答えらしきものが土居教授の作成した資料「税収弾性値の大きさ」の中にありました。 資料6ページから。

最近15年だけを対象とするのなら、それは「デフレ期」のデータしかないからデフレ脱却後の税収弾性値を分析したことにはならない。

 デフレ日本での税収弾性値はここで計算したように、回帰分析しても4前後と言えそうです。

また前回増税の翌年つまり1998年度以降の経験からすると、今年度からは名目GDPは減り始める蓋然性がかなり高いでしょう。
仮にそうなるとすれば、税収弾性値1.1で計算している政府の税収見通しからみれば、昨年度までの「想定外の税収増」から一転して、今度は大幅な税収減となるでしょう。

税収弾性値1.1神話を信じさせられた政治家の皆さんの中では、デフレ日本で消費税増税して、名目GDPが悪化しても税収はそう減らないと思い込んだ方も多かったのではないでしょうか。

アベノミクス2年以上が経過した今も、インフレ率の推移をみる限り、日本は当分デフレであり、インフレ転換する時期も見通せません。
そろそろ財政の専門家の方々も、「インフレ転換した日本」などという仮想の話ではなく、現実のデフレ日本での税収弾性値をきちんと計算されたらいかがでしょう。

【2015.05.05追記】
インフレ期の日本や海外マイルドインフレ国の税収弾性値は1近傍であることから、税収弾性値4はデフレで観察される事実であり、今後もし、インフレ転換すれば税収弾性値は1近くまで小さくなると思われます。
しかし、現在までの約20年はデフレであり、その20年の税収弾性値は4前後。
しかも安倍政権での緊縮・金融緩和政策では2年経ってもまだインフレ率は0近傍で、更に2年同じ政策を続けてもインフレになりそうな気配はありません。

したがってデフレ下でも税収弾性値1.1、つまり増税しても税収は余り減らない。
だから増税は可能というロジックは間違っているとしかいえません。

*1:推定の根拠は消費税増税のなかった昨年3月と今年3月での消費税増収率17%が、年度全体にわたっても同率の増収効果があったと仮定しました。

*2:この方法でグラフの傾きが税収弾性値になることは例えばこちら方のサイトでの説明をご覧ください。

*3:消費税込みの2014年度税収をそのまま使うと税収弾性値は5.8にもなり、これは今後の予測として取るべき数値ではないでしょう。