シェイブテイル日記2

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ラリー・サマーズの「豹変」に思う

今年4月に、元米国財務省長官や国家経済会議(NEC)委員長を務めたラリー・サマーズと前FRB議長バーナンキの「長期停滞」を巡る論争が話題をよびました。


「長期停滞論」とは、2013年11月にスタンレー・フィッシャー*1の業績を記念する行事の席上、ラリー・サマーズが、「現在の米国など先進国は自然利子率、完全雇用を達成できる金利水準がゼロよりもかなり下である可能性があり、ゼロ金利の恒久化が現実味を帯びるなら、財政赤字は危機が顕在化している短期間のみ必要といえるだろうか」という疑問を呈したことに端を発しています。

サマーズは「長期停滞論」でゼロ金利でさえ投資を十分に喚起できず、先進国経済がリーマン・ショック前の状態に戻ることは容易ではないし、先進国経済は過剰な設備・貯蓄・労働力を抱えており、これらを十分活用するような投資機会が不足していると捉え、財政政策の必要性を主張しています。

この「長期停滞論」が興味深いのは、1970年代以降、財政政策の有用性が忘れ去られたかのようだったから、というだけではありません。

もともとサマーズは、2005年頃つまりサブプライムローン問題が顕在化するまでは「市場重視」で知られ、1997年のアジア通貨危機では当事者国に「構造改革」を強く迫り、日本の不良債権問題の処理の遅れに対してもクリントン政権では最も批判的だった人でした。

2005年頃のサマーズはグリーンスパンFRB議長を信奉し、グリーンスパン同様に低金利下にITバブルや住宅バブルを容認(もしくは奨励)しサブプライムローンのような「金融イノベーション」も強く肯定していました。

ところが2006年以降、サブプライムローンバブルがはじけ、2008年にはリーマンショックに拡大し、2010年には欧州各国での国家財政危機にまで危機が拡大する中で、サマーズは現在主流と捉えられている経済学の枠組みでは危機を全く鎮静化できないことを目の当たりにしました。

そしてオバマ政権を去ったばかりの2011年4月には、リーマン・ショックの経験でマクロ経済学・金融論が現実と乖離しているかと問われて「第二次世界大戦後の正統派経済理論の膨大な体系が、危機対応ではまるで役に立たなかった」と語っています。
 
 実際、経済危機に際してホワイトハウスで緊急に危機対策をまとめた時に指針として参考になったのは、危機に際しては銀行は貸せるだけ貸せといういわゆるバジョットルールを唱えた19世紀のウォルター・バジョット、金融市場における通常のライフサイクルには泡沫的投機バブルによる脆さが内在するとする、金融不安定説の理論を提唱したハイマン・ミンスキー、バブル、恐慌など経済の病理現象の観察に傾注した、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のチャールズ・キンドルバーガー、そしてケインズだったとも述べました。*2

1970年代、拡張財政から世界的な高インフレとなり、ルーカスらによりケインズは死んだと評されて40年ほど。
現在に至るまで、金融政策だけを重視する経済政策が世界の先進国で実施されてきましたが、その結果は現在のような恒常的低インフレと低金利です。
日欧は異次元緩和によりこれを克服しようとしていますが、もし克服できるとしても、それは政府が制御可能とも思われない資産バブルを通じてでしょう。

この7日に予定されている英下院選挙では、スコットランドにしか有権者がいないスコットランド国民党(SNP;ニコラスタージョン党首)は緊縮財政反対を唱え、緊縮財政疲れの全英で人気を呼び、二大政党に次ぐ位置を占める公算が高いとも言われています。

市場重視派だったサマーズがケインズらの見解を今改めて主張していることに、歴史的な転換点を感じるのは私だけでしょうか。

*1:MIT教授、IMF副専務理事、イスラエル中央銀行総裁を歴任

*2:フェリックスマーティン 21世紀の貨幣論12章マネーを忘れた経済学