シェイブテイル日記2

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やはり現在の税収弾性値は1.1ではない

今年度の税収は財務省予測より大幅に上振れしています。
この上振れした税収額から推定される税収弾性値は約3です。
この税収弾性値は財政政策立案の重要なファクターですが、従来から財務省や関係研究者が主張する税収弾性値1.1を根拠に消費税増税を主張することは大変危険です。


今年度の税収が政府見込みから大幅に上振れするとの報道がなされています。

  2013年度の国の一般会計税収が、今年1月時点に見込んでいた43.1兆円から2兆円上ぶれし、45兆円台になる見通しとなった。複数の政府筋が明らかにした。アベノミクスによる円安、株高を背景に企業収益が改善し、法人税収が増えた。
政府は12月5日に新たな経済対策を策定、12日に5兆円規模の補正予算を編成する。今回の上振れ分に加え、12年度決算の剰余金や復興特別会計の使い残し、国債費の不用で5兆円余りを確保、国債の追加発行見送りが確実となった。
政府筋によると、税収を押し上げたのは法人税収で、当初8.7兆円とみていたが10兆円前後に達する見通し。所得税なども増える見込みだ。

   今年度税収、法人税収上ぶれで45兆円台に=政府筋  ロイター22日 

財務省によれば、今年度は名目GDPが2.7%の伸びで、財務省や関係研究者が想定する税収弾性値1.1を用いると、今年度の税収が昨年度の42.3兆円から43.1兆円に0.8兆円増える、というシナリオでした。

実際の税収は45兆円台に達する見込みです。この値から税収弾性値を算出すると約3となります。(図1)

今年の税収は財務省の見通しより大きく上振れしている

図1 平成25年の税収伸び額
出所:財務省予測:平成25年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算
今年の名目GDP伸び率は2.6%になりそう。 
財務省予測は税収弾性値1.1を根拠に税収0.8兆円増としていたが、
税収が45.0兆円なら税収は2.7兆円増で税収弾性値は2.9、
45.5兆円なら税収は3.2兆円増で同3.3となる。


 報道では、税収予測は”上振れ”したとのことですが、3倍も外れて”振れ”と言えるのでしょうか。
ただ、たった1年での税収弾性値、というのでは信頼性に問題があります。そこで中期的な税収弾性値も考えてみましょう。

図2は日本の名目GDPと一般税収の推移を示しています。 
バブル以前の1991年までとデフレ傾向となった1995年以降では、異なった傾きの曲線となっています。


図2 名目GDPと一般税収推移
インフレ期とデフレ期では曲線の傾きが異なっている。赤丸で示した2013年は現段階での予測値。

名目GDPと税収を自然対数でプロットした時、曲線の傾きが税収弾性値を示すことが知られています。 *1

図3は名目GDPと一般税収推移を自然対数グラフで示したものです。

インフレ期での税収弾性値とデフレ期の税収弾性値は全く違う

図3 税収弾性値の算出
図2から作図。 このグラフの傾きから求められる税収弾性値はインフレ期(1980-1991)には1.2、デフレ期(1995-2013)には2.6となる。

財務省やその関係研究者は、税収弾性値を大きく見積もって税収を楽観的に見ることを戒めています。しかし、少し考えれば分かることですが、税収は増える局面だけではありません。 それらの人々はデフレ期の税収弾性値を小さく見積もることで、名目GDPが小さくなった時の税収減を楽観的に小さく見てしまっています。 

「税収弾性値は大きく見積もれば楽観的で、小さく見積もれば堅実」などということはなく、正しく見積もらなければ、正しい財政政策が描けないということです。

安倍首相が消費税増税を決定する少し前に、名目GDPを伸ばすことで税収を増やすべきという本田悦朗内閣官房参与らと「高い税収弾性値には致命的な欠陥がある」とする土居丈朗慶大教授らの論争が日経に載っていました。

来年4月の消費増税に向けた経済対策の大きさをめぐる論争が熱を帯びている。争点の一つは「経済が成長したときに、税収がどれだけ増えるのか」。この議論が繰り返される背景には、国民の痛みを先送りしたがる政治の姿勢がある。

 「消費増税よりも、名目国内総生産(GDP)を上げることが重要だ」。本田悦朗内閣官房参与は8月31日、消費増税の影響を話し合う集中点検会合で力説した。本田氏の頭にあるのは「税収弾性値」だ。名目GDPが1%増えたときに、国の税収が何%増えるかを示す数字だ。

 消費増税の先送りや小刻みな引き上げを唱えてきた人は、名目GDPが1%増えれば税収が3〜4%伸びるとみている。景気回復局面では、赤字続きで法人税を免除されていた企業が一斉に納税を再開するため、税収は経済成長を上回るペースで伸びる。だから企業や家計の負担を減らして成長を促すことを優先すべきだという。

 一方、短期的には税収が急増しても、長い目で見れば「捕らぬタヌキの皮算用」との反論も根強い。「高い税収弾性値には致命的な欠陥がある」。31日の点検会合で、土居丈朗慶大教授が本田参与らに反論した。土居氏は名目GDPが1%増えても税収の増え方は1.1%程度と見る。政府は増収を期待するのではなく、増税と歳出の抑制を進めるべきだという。

 こうした立場の違いが、消費増税による景気悪化を防ぐ経済対策の論争にも響く。足元では高い経済成長が続いているが、財務省は2013年度の税収見通しを堅く見積もっている。財務省は追加の借金なしで出せるのは2兆〜3兆円とみている。一方、5兆円超の大きな補正予算を求める人からは「今年度の税収の上ぶれ分が補正の財源になる」との声があがる。

 実際、どれくらいの税収を見込めるのか。

 消費税の導入や、所得税最高税率の引き下げで、本来なら税収と経済成長の伸びのペースはそろいやすくなるはずだった。ところが、内閣府が1980年代からほぼ10年ごとの平均値を割り出すと、日本の01〜09年度の弾性値は4.7と、1%成長に対し税収が4.7%も増えるという結果になった。

バブル崩壊後のデフレ不況で経済活動が低迷したうえ物価の下落が続き、名目成長率はゼロ前後で推移した。こうした下で税収が伸びれば、弾性値が高く出やすい。例えば04年度の名目成長率は0.2%、税収は5.3%増え、弾性値は26と突出した。「各年の数字の平均値を単純にとると、突出した年に引きずられて客観性を欠く数値になる」と土居氏は言う。

 確かに景気が回復するときには短期的に大きく税収が伸びることはありうる。だが、中長期でもそうだろうか。増税先送り派の主張は「名目3%成長すれば、税収は12%増える。これが10年続けば名目GDPは3割増、税収は3倍になる」と言っているに等しく違和感があるというわけだ。

 第1次安倍晋三政権のときも、成長を優先する中川秀直氏らと、消費増税を唱える与謝野馨氏らの間で税収を巡る激しい論争が起きた。

 大和総研の鈴木準主席研究員は「増税や歳出削減に反対する人たちが、根拠を探して高い税収弾性値を持ち出す」と論争を冷ややかに見る。大幅に税収が伸びることを前提に財政を議論するのは、国民に痛みを強いる改革を避けているだけにも見える。(山崎純)

   増税か成長か」論争再燃 改革阻む甘い税収期待  日経  2013/9/16

 デフレ期には失業率も高く、赤字企業も多いのですから、景気が良くなれば就業者が増え、黒字転換企業が増えるのですから、デフレ期の日本だけ、突出して税収弾性値が高いのは当然の話ですが、なぜか財務省や関係研究者はデフレ期にもインフレ期(あるいは超長期の)税収弾性値1.1を金科玉条として議論をしたがります。

 土居氏に限りませんが財政・公共経済学の専門家が、デフレ日本には当てはまらない税収弾性値過小値を前提に消費税増税擁護する結果、更なるデフレ化、景気下振れの発生、税収大幅減を許容する主張していることには首をひねらざるを得ません。

【蛇足】「税収弾性値は超長期的には1」は正しいだろうが意味がない

下は、『名目GDPが最終的に1000億倍に拡大するが、10倍拡大するたびに税収はその名目GDPの3%から30%まで大きくぶれる』という仮想の国の超長期的税収弾性値を示すグラフです。


図 どんな国でも超長期的なら税収弾性値は常に約1
作図方法は本文図3と同じで自然対数表示。
超長期の税収弾性値(近似直線の傾き)は極めて1に近い。
ただ、GDPが10倍に拡大するといった短中期では、傾きは1から大きく外れている。

こうした極端な国でも超長期的には税収弾性値は1に近い値を取るでしょう。
なぜならば、もしグラフの傾きが常に1から大きく上に外れているなら、税収が名目GDPを超えるでしょうし、常に1から大きく下にはずれているなら、国の税収はゼロに収束するでしょう。

とはいうものの、こうした「超長期の税収弾性値1」という情報が現実の財政政策を決める上で役に立つか、といえば殆ど役には立たないでしょう。

「長期的な税収弾性値が1近傍だから、デフレ日本でも税収弾性値は1.1」などと主張する財政学者は、その給料に見合うような主張をしていないと言えそうです。

【11.24追記】
アンコレさんという方から、過去の税制改正などの影響を踏まえていないから税収弾性値が正しくない、というご批判をいただきました。
主張の根拠となっているのは、経済成長と財政健全化に関する研究報告書という内閣府報告書です。

この報告書を読むと分かるのですが、デフレ期について値のブレをなくすための回帰分析を行った結果は3.1となっています。アンコレさんが批判するような、単年度の定額貯金解約による税収ブレの影響を押えた結果は報告書に書いてあるのです。

なお、この報告書にはデフレ不況による減税の「影響」を除いた税収推移なるものが載せられています。
なぜ減税が実施されたかといえば、橋本増税でデフレが顕在化し、景気対策として所得税法人税の減税が必要になったからですから、「減税を行わなければ、税収はもっと多かったに違いない」という主張は、減税をしないことによる名目GDPの更なる抑制も、名目GDP抑制による税収減も考慮されておらず、まさに学者による机上の空論となっています。

*1:その理由はこちら