政府債務削減の意味は正しく理解されているか
消費税は国会で新たな法律が通らなければ2017年4月には更に2%引き上げられ10%とされることが決まっています。
ただこうした法律を通した国会議員や国民の間で財政再建のための増税のもつ意味について、正しい理解が得られているのかかなり疑問です。
■金融資産と負債の関係
図表1は日本の国全体でみた金融資産と負債の関係です。
当たり前といえば当たり前ですが、金融資産と負債とはそれぞれ7300兆円強で、全体がバランスしています。
図表1 日本の金融資産と負債(グロス)
出所:日銀資金循環統計 2014年末時点
なぜ金融資産と負債がすべての主体を合算するとバランスするかといえば、現代の管理通貨制度下でのお金は、誰かの負債と同時に発生する負債の証文として生まれるためで、逆にいえば、誰かが負債を返済すればそれと同額のお金が消滅する運命にあるためです。
その点を強調する意味で、グロスの資産・負債(図表1)をネットの純資産・純負債のみで表示したのが図表2です。
図表2 日本の金融純資産と純負債
出所: 図表1に同じ
政府が純負債を圧縮しようとすれば、単独では不可能。
日本の家計純資産、1330兆円(と金融機関の160兆円)が、企業、一般政府および海外の持つ純負債1500兆円とバランスしています。
ここで、政府が自分の純負債640兆円(図表2で緑色部分)を圧縮したいと考えれば、全体がバランスしている以上、単独では不可能です。可能な選択肢としては、
1)企業の負債(煉瓦色)を増やす
2)海外の負債(水色)を増やす
3)家計(紫色)*1の資産を減らすのどれかとセットでなければ政府の純負債を減らすことはできません。
デフレの今、企業は実質負担が増大する負債を懸命に減らそうとして、その努力が投資抑制など更にデフレを悪化させている状況です。
また政府内にも法人増税を唱える向きはなく、「政府の負債を減らし、企業の負債を増やす」という選択肢はなさそうです。
アベノミクスのような大規模な金融緩和をすれば、円安傾向になり、更には経常収支の黒字が増大し、海外の負債を増やすという選択肢はないとまではいえませんが、現在の1ドル120-125円台の円安でも米国財務省から「日本の景気拡大には円安以外の選択肢も考慮すべき」と釘をさされるようになってきていますから、「政府の負債を減らした分、海外の負債を増やす」というのは少なくとも日本が制御可能な選択肢とはいえないでしょう。
そうすると残るは「政府債務を減らした分、家計の金融資産を減らす」という選択肢です。
日本の経済は実質規模が拡大しているので、経時的にみれば家計の金融資産の増大抑制ということになりますが、政府は「財政健全化のために、家計の資産を侵害しますよ」と宣言もしていなければ、意識もしていないのではないでしょうか。
■政府支出とGDPの関係
政治家のTwitterでの発言などを聞いていると、政府は無駄な支出を抑えるが当然という意見は与党・野党含め、各方面から出てきます。
ただ、お金というものが政府が使えばなくなるものではなく、世の中を循環する以上、政府が最初に「無駄な支出」をするかどうかがそれほど支配的な意味を持つのかどうかは疑問です。
図表3は先進国について、過去10年平均でみた政府支出伸び率と名目GDP伸び率の相関関係です。
図表3 政府支出と名目GDPの相関
出所:IMF WEO Apr.2015
データベースで先進国グループに属する36カ国で、
2005-14年の10年間での政府支出の平均伸び率と名目GDP平均伸び率を
プロットしたもの。
この期間でシンガポールの物価上昇率は1.1%、アイスランドは4.8%。
政府支出伸び率と名目GDP伸び率との間にはかなり高い正の相関があることが分かります。
この図をみて、「名目GDPが伸びているから政府支出が増やせるんじゃないの?」と思う向きがあるかもしれません。しかし、政府の立場で考えて、名目GDPと政府支出のどちらが制御可能な変数でしょうか。
「名目GDPが伸びているが、倹約が好きだから政府支出は抑えよう」という国があってもおかしくありませんが、そうした例外の国はこのグラフ上には見当たりません。
政府支出の伸びが特に小さい国の代表例は、政府債務健全性指標(政府粗債務÷名目GDP)の悪化が著しい日本と、EU諸国から緊縮財政を強制されているギリシャですが、名目GDPの伸びが大きい国にシンガポールの他、2008年に実質破綻を経験したアイスランドが並んでいます。
そこで、日本・ギリシャ及びシンガポール・アイスランドについて、名目GDPと政府債務残高の推移を図表4に示しました。
図表4 名目GDPと政府債務残高の推移
出所:IMF WEO
2005年の各国GDPを100として名目GDPと政府債務残高(グロス)の推移を示した。
日本とシンガポールは政府債務が伸び続けているが、
財政健全性(グラフの傾き)は日本では悪化し、シンガポールでは保たれている。
ギリシャとアイスランドは共に近年政府債務が減っているが、
ギリシャは財政健全性が失われ(傾きが増加)、アイスランドでは健全性が増している(傾きが低下)。
この図表で分かることは、財政が健全、つまりこのグラフの傾きが緩やかな国とは、名目GDPの伸びが大きい国であり、日本やギリシャのように緊縮財政をおこなう国では、政府債務残高よりも、名目GDPの伸びを抑制することになり、財政指標(グラフの傾き)は意図とは逆に悪化(傾きが急)するということです。
図表3,4から考えられることは、日本の財政を健全化するための正しい道は、名目GDPの増加策であり、そのためには政府支出の意図的増大が有効ということです。
■日本での政府債務削減策は百害あって一利なし
日本では国債の金利はギリシャとは異なりほぼゼロ%で、国債に対する保険にあたるCDSも他の先進国と比べて特に高いわけではありません。
政府債務が破綻しかねないギリシャに比べ、比較にならないほど日本の財政は健全なのに、デフレ下での増税はその健全な財政を却って悪化させるのみならず、家計の財産権さえ侵害する、百害あって一利なしだという認識は国民だけでなく政策立案する国会議員の方たちにも共有していただきたいところです。
*1:か金融機関