シェイブテイル日記2

シェイブテイル日記をこちらに引っ越しました。

スイス経済の何が問題だったか

今週もスイスフランショックがリスク要因として意識されそうです。
健全性だけが目立っていたスイス経済で何が起こっていたかを考えていくと、スイスの中央銀行に当たるスイス国立銀行(SNB)の資産内容と、スイス政府の財政健全化政策に問題の源泉があったように思えます。(→中銀バランスシートについては後で詳述します)

今日もスイスフランショックについて考察しますが、まずその前にスイスのマクロ経済状況を日本と比較してみましょう。

■経常収支(図表1)
スイスは日本を大きく凌ぐ輸出国です。 2013年の経常収支は対GDP比で16%に達しています。

図表1 スイスの経常収支(対GDP比)
出所:IMF WEO Oct 2014

■財政収支(図表2)
財政面では近年のスイスはプライマリーバランス均衡を達成しています。
バブル崩壊と消費税デフレでプライマリーバランス赤字が拡大する趨勢にある日本からすれば羨ましい状態となっています。

図表2 スイスの財政収支(対GDP比)
出所は図表1に同じ

■財政健全性指標(図表3)
財政健全性をみるために、横軸に名目GDP、縦軸に政府債務残高のグラフを作成しました。
このグラフで原点と終点を結ぶ直線の傾き(政府債務残高÷名目GDP)が財政健全性指標となっています。

図表3 財政健全性指標
出所は図表1,2に同じ 作図は筆者による。
グラフは各国2000年時点での名目GDPを100として正規化して表示している。両曲線とも原点側が1985年、離れている側が2013年に対応する。
図の原点と任意点をつなぐ直線の傾きが財政健全性指標となっていて、
最終年の2013年ではスイスの48.3に対し、日本は243.2と世界最悪。

このグラフをみてもスイス財政の健全性は際立っており、近年スイスでは政府債務の絶対額さえ減らしながら、名目GDPは順調に拡大しており、財政健全性が毎年改善しています。

これに対し日本では緊縮財政により名目GDPが全く伸びないため、税収が毀損してしまい、政府債務を拡大しながら財政健全性は毎年悪化しています。

ここまで見てくると、スイス経済には死角がないように見えます。
ところが、スイスの中央銀行に当たるスイス国立銀行SNB)のバランスシートからはスイス経済の違った側面が見えてきます。

中央銀行のバランスシート
輸出国でどうしても為替が高くなりがちなスイスフランについて、2011年9月、SNBはユーロフラン相場を1.2を上限とすべく、無制限為替介入政策を発表しました。

これによりSNBの資産はユーロ建て国債をはじめとした外貨性資産が膨らみました。
SNBウェブサイトで現在確認できるのは2012年末時点です。(図表4)。*1

スイス中央銀行の資産の大半は外貨建て資産

図表4 スイス・日本の中央銀行のバランスシート比較
出所:SNB、日銀ウェブサイト
SNBは2012年時点、日銀は2014年3月末時点。
SNBは資産の10%を金(gold)で保有するが、日銀の場合のそれは0.2%に過ぎない。

図表4で目立つのは、スイス国立銀行資産での外貨性資産比率の高さです。
これは2012年時点での値ですから、その後も無制限フラン売り介入を続けた現時点では、外貨性資産比率は更に高進しているでしょう。 
これに対し、SNBの純資産比率はわずか0.7%。

一般論でいえば、日銀の純資産比率も1.2%であり、中銀の純資産比率として1%内外が特に低いとは言えないでしょう。 なぜならば、中銀が保有する資産には通常プラスの金利がついており、毎年そのポートフォリオからは資産収入(=通貨発行益;シニョレッジ)が発生して純資産比率は放っておいても改善していくのが普通だからです。
通常はこうした多すぎる純資産は、国庫納付金として政府収入の一部となります。

ところが、スイス中銀としては多少のユーロ減価による資産の目減りは覚悟していたでしょうが、昨今はギリシャ危機再燃などで、ユーロ減価に拍車が掛かっていました。その上、ユーロ建て国債も不景気・デフレ化を反映して歴史的低金利に陥っていますので、SNB保有資産からはごくわずかのシニョレッジしか発生しない状態となり、かつ少々の為替変動によりSNBは大幅な債務超過となってしまう恐れが強まっています。

SNBから正式な発表はありませんが、シェイブテイルの推測ではこれがSNBが唐突に外貨建て資産の積み上げに終止符を打った原因ではないでしょうか。

SNB理事全員が賛成して実行した為替無制限介入の中止でしたが、もたらされた結果は散々でした。
SNBの資産は1月15日の発表当日一日にして大幅に減価し、現在のバランスシートは恐らく大幅な債務超過状態でしょう。(今後もウェブサイト以外では恐らく積極的には発表はされないかもしれませんが)

ただ、ジョーダン総裁自身が3年前に書いていたように、中銀が債務超過に陥っても流動性供給に何ら問題は発生しないでしょう。 問題は、スイスフラン増価による金融機関を含むスイス企業業績や、中東欧に多いと言われるスイスフラン建て債務の膨張でしょう。 特にスイス金融機関でも外貨建て資産保有高は少なくなかったでしょうから、自己資本比率が危機的になってしまった金融機関もあるかもしれません。

■スイス経済の何が問題だったか
輸出は好調で名目GDPも順調に伸び、経常収支は大幅な黒字で、財政収支も均衡を達成し、更には政府債務残高は減少していたスイス。 その何が問題だったのでしょうか。

輸出好調のお陰で、スイス経済を巡るマネーの裏付けとなる資産(相手側からみれば負債)の多くが外貨建てという状況となりました。
変動相場の今、輸出が好調なスイスの保有する外貨建て資産は相対的には減価する可能性が高かったということでしょう。

もし、スイスが「財政健全化」を進めすぎず、現在の中国のように、対GDP比で意図的に一定の政府債務を抱えるようにしていたとしたら、その分は邦貨(スイスフラン)建て資産に裏付けられたマネーで経済を回すことができたでしょう。
そうすれば、その分財政支出が可能で、名目GDPは更に伸び、為替相場変動への安定性も増していたでしょう。

スイス経済の弱点とは、皮肉なことにマネーの裏付けとなる債務を全て海外に求めようとしたスイス政府の健全財政政策だったように私には思えます。

また今考えれば、昨年秋のスイスで中銀資産の20%以上をgoldで保有すべきという案が出て国民投票で否決されましたが、金本位制とは無関係な意味、つまり外貨とは全く異なる動きをする資産を中銀がポートフォリオ保有するという意味では、今からでも遅くない善後策のひとつなのではないでしょうか。
もっとも、SNBにとっては、資産価値のボラティリティの低さという意味からも、金がスイス政府発行債券に優るわけではありませんが。

*1:現在では更に外貨性資産比率が膨らんでいるでしょう。