反リフレ派教授が暗示するリフレ政策選択肢
今日のBloombergでは、日銀関係者が来年後半での物価上昇の見通しを撤回するとの報道が伝えられています。
こうしたタイミングで、リフレ政策としてインフレターゲット+異次元緩和という金融政策だけがインフレ期待に訴える唯一の道か考えてみても良いのかもしれません。
去る25日の日経新聞のインタビューで、東大の吉川洋教授が、リフレ派ではない立場(むしろアンチ)から黒田日銀のインフレターゲット・異次元緩和の効果について答えていました。
円安、株高、物価上昇――。黒田日銀の異次元緩和から1年半で、日本経済の風景は大きく変わった。物価は金融政策のみで動かせるか否か。論争はリフレ派の勝利に終わったのか。東京大学の吉川洋教授に聞いた。
――日本経済はこのままの政策でデフレから脱却できますか。
吉川洋 東京大学教授
「消費者物価指数(生鮮食品を除く)の上昇率は7月が3.3%、消費増税の影響を差し引くと1.3%だ。黒田総裁が就任した2013年3月はマイナス0.5%なので、約1年半で2%弱は上がってきた。本格的にデフレ脱却が見えてきたような状況といえる。ただ、金融政策が本当に効いているかはまったく別問題だ。食料とエネルギーを除く上昇率は0.3%。1%分はエネルギー価格、電力料金などが貢献している。福島の原発事故を受けて化石燃料を使わざるを得なくなったという事情が大きい」
――黒田日銀は金融緩和でインフレへの期待を生むことが、最終的に物価を動かすと主張しています。
「期待が人を動かす例で分かりやすいのは消費税だ。駆け込み需要は日本全国で起きた。増税は全員共通の情報で、間違いなくすべての人の購買行動に結びつくからだ。問題は金融政策がらみの経済学でいう『期待インフレ』というもの。それになると話は全然違ってきていて、一般物価がどうなるなんて普通の人でいえば非常にアバウトな感覚しかない。物価と金融政策とのつながりでいえば、普通の人はまずマネタリーベースなんてしらない。当座預金残高の増え幅が自分たちが買うものの値上がりにどうつながるか、経済学者ですら一本道でいえない」
「経済学者やエコノミストでこういう議論をする人であればあるほど、(市場の物価見通しを示す)物価連動債の指数を持ち出すが、それは消費者が持つ期待インフレとはまったく接点がない。トレーダーのゲームみたいなものだ。消費や投資を左右する期待インフレとはまったく関係ない」
日経 2014年10月25日
吉川洋氏はリフレ政策に対して肯定的な立場ではありませんが、このインタビューでは物価が2013年3月からの1年半でマイナス0.5%から、消費税・エネルギー価格の影響を除いて0.3%まで騰がったことは認めています。
ただ、アベノミクスで黒田日銀が目指しているおよそ2年間で2%程度の物価を達成するという目標からみれば、確かに現在の成果は見劣りします。
実際今日のBloomberg によれば、日銀関係者の話として「15年度後半の物価上昇」の見通しの撤回が検討されているようです。
吉川氏の「物価と金融政策とのつながりでいえば、普通の人はまずマネタリーベースなんてしらない。当座預金残高の増え幅が自分たちが買うものの値上がりにどうつながるか、経済学者ですら一本道でいえない」という指摘は、デフレ脱却を願うシェイブテイルも残念ながら同意せざるを得ません。
リフレ派の主張が高尚なものであったとしたら、高尚であればあるほど、マネタリーベースの存在もよく知らないが、市場の重要な一部分をなす市井の人々の期待には影響しにくいということになります。
もうひとつ吉川氏の意見で傾聴すべき点は、「期待が人を動かす例で分かりやすいのは消費税だ。駆け込み需要は日本全国で起きた。増税は全員共通の情報で、間違いなくすべての人の購買行動に結びつくからだ。」という指摘です。
消費税増税により、消費するたび8%のペナルティを課せられるという事実は市井の人々もよく知っており、増税前には駆け込み需要が生じ、増税後は反動減と、需要の減退が起きています。 その結果、4-6月期にはGDPは前年同期比年率で7%減でした。
1997年の前回消費税増税では、2%増税が人々の期待に働いた結果、日本にデフレ経済が定着してしまい、現在に至っています。
それほど消費税増税のデフレ期待形成力は大きいのでしょう。
現在、黒田日銀では2%のインフレ目標+異次元緩和を実施しています。ところが東大日次物価指数をみるとそれまで徐々に形成されていたインフレ期待は増税実施後反転して今はデフレ期待が醸成されつつあると考えられます。(図1)
図1 東大日次物価指数(2014.10.28時点)
出所:東大日次物価指数プロジェクトウェブサイト
CPIに相当する総務省指数(青線)は1%前後だが、東大日次物価指数(赤線)は最近マイナス1%近傍。
東大日次物価指数でみると、権威ある日銀による2%インフレターゲット政策のアンカー効果より
消費税3%増税の効果が上回っているようにみえる。
これは逆に考えれば、もしデフレ脱却が見通せるまでは消費税自身を執行停止するなどの政策が可能であれば、インフレ期待形成は容易であるのかも知れません。
期待形成効果はインフレターゲット+異次元緩和の専売特許でもなんでもなく、人々は雨にぬれる前に傘をもって出勤し、ボーナスシーズンにはボーナスを貰う前から旅行を計画し、老後に備えて多少の貯蓄をする、といった具合で常に期待に基づき行動しているとも言えます。
リフレ派の方々もインタゲ+異次元緩和(マネタリーベース積み上げ)といった高尚な手段よりも、例えば消費税廃止を訴える方が実際的かつより幅広くからの支持を集められるのかもしれません。