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今回の消費税増税で自殺者は増えない?

最近の自殺統計によると、4月に消費税が増税されても、自殺者は増えるどころか減っているようです。
では今回の消費税増税で自殺者は特に増えないと判断できるのでしょうか。

昨日8日に、今年上半期の自殺統計が発表されました。
それによると、昨年同期比で自殺者数は11%減ったようです。

 今年1〜6月の自殺者は1万2731人で、昨年同期と比べ1607人(11・2%)減ったことが8日、警察庁の統計(速報値)で分かった。上半期に1万5千人を下回ったのは3年連続で、月別統計が始まった平成21年以降で最少だった。

  産経ニュース 2014.7.8 上半期自殺者は11%減の1万2千人 警察庁まとめ

 16年前の1998年春には自殺の様相は現在とは全く異なっていました。

 1998年2月末には、資金繰りに行き詰まった社長3人が同時に自殺して話題となりました。*1
そして1998年の3月以降、自殺者が急増しています。(図表1)


図表1 自殺者数失業者数の月次推移
出所 社会実情データ図録
統計的に春には自殺者が多い傾向があるが、1998年3月、5月には自殺者が対前年比で6割増加した。

この前後に起きた出来事を時系列で並べると
 1997年 4月 消費税 3%→5%への増税
 1997年 7月 アジア通貨危機(タイ・インドネシア・韓国など)
 1997年11月 山一證券北海道拓殖銀行破綻
 1998年春  自殺者急増 1998年以後2009年まで自殺者3万人時代

こうしたことから、アジア通貨危機や、金融機関破綻問題により自殺が急増した、という見方もあります。

しかし、アジア通貨危機の起きた1997年7月や、金融機関破綻が相次いだ同11月には自殺者数の増加は特に見られません。 またアジア通貨危機や金融機関破綻を苦にした自殺、という報道も今わかる範囲ではありませんでした。 「数ヶ月のタイムラグがあって自殺したのでは?」という推測は、半年から数ヶ月待ってなぜ申し合わせたように一斉に死を選ばざるを得ないのか説明がつきません。

これに対し「消費税増税により自殺者が急増した」という仮説では認められる事実と矛盾する点がないのです。

このことを述べるにはまず消費税とその周辺情報のおさらいが必要です。

1.消費税の納税義務は誰か
国内取引では消費税の納税義務者は事業者となっています。 消費者ではありません。*2
消費税が未納の場合、担税者の消費者に税務所が督促することはなく、納税義務者の商工業者に督促が行くことになります。

2.消費税は完全転嫁されているか
少し古いデータですが、全国商工新聞付属の中小商工業研究所が行った調査では、過半数の事業者が消費税を転嫁できていないことが示されています。 (図表2)
特に売上高「1000万円〜1500万円」では60.0%、「1500万円〜2000万円」では56.0%が転嫁できていないと回答しています。身銭を切って納税せざるを得ない実態が浮き彫りになっています。


図表2 消費税転嫁状況
出所:  全国商工新聞 (2012年4月30日付)
全国商工団体連合会(全商連)付属・中小商工業研究所が2012年上期「営業動向調査」を実施。
過半数の事業者が消費税を完全には転嫁ていない。
売り上げが小さい事業者ほど転嫁できない割合が高くなる。

「零細商工事業者でも、法律で決まった消費税増税ならば、その分をきちんと価格に転嫁すればいいではないか」とお思いかもしれません。 しかしそれは不可能なのです。

そのことは実質賃金の動きを見れば分かります。

3.賃金の動き
名目賃金・実質賃金の前回消費税増税時と最近の動きについては、片岡剛士氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)が以下のように分析しています。


2014年4月の名目賃金(現金給与総額)の前年比伸び率は0.9%、実質賃金の前年比伸び率はマイナス3.1%となった。前回増税時の動きをみると、消費税増税までは名目賃金及び実質賃金は増加を続けたが、増税後の物価上昇を反映してまず実質賃金が下落し、その後名目賃金が下落するという経緯を辿ったことがわかる。 

三菱UFJリサーチ&コンサルティング片岡剛士コラム増税後の落ち込みは「想定内」ではない 増税後の落ち込みは「想定内」ではない

ここで見られるように、消費税増税時点で物価が上がりますが、大半の企業ではそれと同等の賃上げが実施されるわけではありませんので実質賃金が減っています。

日本全体で考えても、消費税増税により消費者から吸い上げられた税金が直ちに国民に還付されるのでなければ、実質的に可処分所得は減ったままです。

つまり、消費者は増税で取られた分、少なく買うか、安いものにシフトして買わざるをえません。
この様子は今回の消費税増税では次のデータで確認することが出来ます。(図表3)


 図表3 最近の物価動向
出所:東大日次物価指数プロジェクトウェブサイト
スーパーのPOSデータから算出される東大日次物価指数(税抜きベース)は、
消費税増税後一時的には税抜きベースでも0.7%程度の上昇だったが、
7月に入ってからは0.5%近い下降と、同じ商品バスケットでのCPIに当たる
総務省指数(税抜きベース)が1.1%の上昇を見せているのと対照的な動きとなっている。

納税義務者である商工業者は、いきなり自腹を切りたいとは思わないため、今回の消費税増税でも増税分をカバーする以上に価格を上げています(図表3の総務省指数)。
ところが、肝心の消費者は高いものを避け、安いものにシフトして購入しているようです(図表3の東大物価指数)。

要するに、国が国民に消費税で椅子取りを強いているようなもので、国税庁の役人は「消費税は転嫁しない事業者が悪い」といった国会答弁を繰り返しますが、全事業者が完全転嫁した価格に値上げしたとしても、外部から増税分に相当する購買力を補わない限り、購入するための原資がありませんから、国税庁は事業者に原理的に不可能なことをせよと言っているに過ぎません。

4.消費税納税義務の発生時期
 消費税は一旦消費者から事業者が預り、然るべき時までに納税するように決められています。
個人事業者の場合は、1月〜12月の暦年ごとに納税額を計算し、これを翌年3月末までに消費税の確定申告と納税をします。
法人事業者の場合は、課税期間終了日、つまり決算期が終わったの翌日から2月以内に納税する義務があります。

すると、前回の消費税増税の場合、個人事業者では1998年3月に、法人事業者で最も多い3月期決算企業では5月に最初の納税期限が来ることになります。

丁度、自殺者が急増した図表1の1998年の3月、5月と重なっています。*3

5.「消費税シフト」と税金滞納
 国税庁には消費税シフトと呼ばれるものがあり、税務所を通じて他の税以上に消費税を滞納している中小零細企業を厳しく追求しているとのことです。

ところが、国税庁のウェブサイトによれば、平成09年度(1997年度)には新規発生税金滞納額の3割程度だった消費税滞納が、平成24年度(2012年度)には消費税はそのほぼ半分を占めるまでになっています。(図表5) 法人税所得税は手元にある利益から払う性質のものですが、完全転嫁できなかった消費税は赤字企業であっても自腹を切って支払わなければならない点が他の税とは大きく異なっています。 消費税は国税庁が消費税シフトを敷いて差し押さえに動いても払えないものは払えないという事業者は少なくないのです。


図表5 新規発生国税滞納額の推移
出所:国税庁

こうした消費税問題を追っているジャーナリスト斎藤貴男氏の著書「ちゃんとわかる消費税」によれば、税務署では消費税滞納業者を「優良物件」と称し、差し押さえなどの強権発動により滞納税を取ってくれば、組織内で高く評価されるとのことです。

納税義務者の商工事業者の事業や生活が成り立とうが立つまいが知ったことではないということなのでしょうか。

 冒頭の記事のように、今年は今のところは自殺者数は近年では減り気味に推移しています。
しかし、消費税の仕組みを考えれば、やはり来年春に自殺者が急増しないか憂慮されるところです。

【追記】
uncorrelated 氏のブログニュースの社会的裏側で「1997年の消費税率引き上げが自殺者数を増やした?」と題して、1998年春の自殺者急増が消費税増税によるものではない可能性に言及されています。
1)消費税5%化で租税負担率に変化無し
1998年の消費税増税とのバーターで、他の税制が減税されていて租税負担率に変化がないのだから、消費税増税により重税感が増すというのはおかしいのではという指摘です。
このエントリーで書いたように、消費税の納税義務者は事業者であり、特に価格転嫁が出来ない中小零細商工者は元々赤字事業者が多く、法人税などの減税には与れませんから、国民全体で増減税なしでも中小零細商工者にとっては単に増税だったわけです。
2) 消費税率引き上げは消費を抑制しなかった
繰り返しになりますが、消費税の担税者である消費者としては増税が痛いと思えば安い製品にシフトして購入すれば良いだけです。 一方納税義務者である商工事業者は100%転嫁できればいいのですが、転嫁できない場合は消費税を自腹で払う必要があります。 このことと、消費が抑制されなかったことは直接には関係がないことです。
3.雇用が減ったのは製造業
消費税は消費者が担い、小売業者が全額支払う、という構造ではなく、事業者が生み出した付加価値に応じて納税を求められます。 従って力のない中間業者は消費税を自腹で賄う必要があり、製造業で雇用や設備投資が抑制されるのは理に適っています。
4.景気悪化のタイミングのずれ
消費税が上がったのが1997年4月だから、景気が悪くなるなら、1997年からの可能性が高い、との指摘です。
ただ、これまで指摘しましたように、納税義務者の商工事業者に消費税の納税義務が発生するのは個人事業者で翌年3月、3月期決算法人で翌年5月ですので、多くの事業者では1997年内には増税の影響は殆どなく、景気と物価の下落が主に1998年から観察されるのはおかしい話ではありません。
5.年度末に自殺者数が増えたから、消費税が原因?
法人事業者では9月決算期や12月決算期の事業者も居るので消費増税の影響が1997年から出るはず、との疑問です。 
エントリー内でも触れましたように、9月や12月決算法人は元々3月決算法人数より少ないだけでなく、消費税増税の影響を丸々1年受けるわけではありませんので、1998年2月の三社長自殺以前には商工事業者の自殺が社会問題としてクローズアップされなかったことは不思議ではないでしょう。

【追記2】
id:beef さま>97年11月の中間申告の時に自殺者が増えていないのはなぜか。また、消費税は滞納が多いんだったら当時も払えない事業者は単に未納にしていたのでは。そもそもなぜ消費税が払えないと自殺するのか。色々よくわからない

中間申告時期には納税期限は来ていないので、税務所が事業者の、売掛金など資産を差し押さえることはないので事業は普通に回るでしょう。 消費税が払えないことで自殺するというより、税務所が消費税シフトと称し消費税滞納を中心に差し押さえなどに走るため、資金繰りに窮して死を選ぶ、といった例が少なくなかったのだろうと思います。

【追記3】
id:name-3333 さま >こういうのこそ統計学が必要な分野。有意かどうか調べずにいろいろ語っても無駄。

1998年の自殺多発について、統計学的にその理由を分析した研究では内閣府社会経済総合研究所による「自殺の経済社会的要因に関する調査研究報告書」が、多変量解析を使って良くまとめられているように思います。

ただ、同報告書の結論は「広義の失業」が原因としており、当時のアジア通貨危機や銀行破綻、あるいは消費税増税との因果関係までは深堀りされていないようです。

【追記4】
>id: BT_BOMBER さん
まるで自殺が増えて欲しいかのような書き方に見えるのは気のせいですかね

はい、気のせいです。 こうしたブログを通じて、デフレ下の消費税がいかに国民生活を脅かすものかを皆様に知っていただくことにより、1人でも事業主や被雇用者の自殺・失業が減るのなら書いた意義があると思っています。

*1:例えばクローズアップ現代1998.04.013 3社長はなぜ自殺したのか

*2:国税庁消費税基本的な仕組み No.6121 納税義務者

*3:法人事業者では3月決算以外の事業者は5月に納税期限が来るわけではありません。 ただ、例えば4月決算事業者では1997年4月期の消費税負担増はわずか1ヶ月分、9月決算事業者でも1997年9月までの納税負担増は半年分と、3月決算事業者が1年間フルに増税負担が来るのに比べれば、増税の苦しみはその分軽かったと思われます。