国債リスク指標からみた日本の特殊性
日本国債については、世界最悪といわれる粗債務残高/名目GDP比率の高さと、世界最低といわれる長期国債金利の低さという「矛盾」がしばしば指摘されています。
IMFでは国債投資家にとってより使いやすいリスク指標をつくり分析しています。
その新しい国債投資リスク指標は投資家リスクインデックス(Investor base Risk Index :IRI)と呼ばれています*1
IRIとは、まず国債投資家を大分類し、それぞれの投資家タイプ別に、国債金利が上昇した場合に保有高を増やす(+)か減らす(-)かを調べ、金利上昇時に保有高をもっとも増やす「自国中央銀行」保有が100%ならばリスク0、保有高をもっとも減らす「海外非銀行」保有が100%ならリスク100として、国債を保有者によりリスク指標に置き換えたものです。(図表1)
投資家リスクインデックス(IRI)は自国中央銀行保有100%なら0、海外非銀行保有100%なら100
図表1 投資家リスクインデックスIRIの導出
出所:IMFペーパーTable6から作図。
横軸:国債金利上昇局面で保有高を増やす(+)か減らす(−)かを実測したもの。
縦軸:IRI。 横軸に応じて保有主体別にIRIを設定している。
そして、図表2は、各国の国債のリスクを図示したものです。横軸は図表1から導出されたIRI、縦軸はお馴染みの粗債務残高/名目GDP比です。 つまり、横軸が投資家需要からみたリスク、縦軸が国債供給から見たリスクを示していると考えられます。
図表2 先進国国債での国債投資リスク指標(IRI)と政府粗債務残高対名目GDP比の関係
出所:IMFペーパーTable20。横軸:IRI、縦軸:政府粗債務残高対名目GDP比
図表2を見ますと、基本的には投資家需要からみたリスク(IRI,横軸)は、国債供給からみたリスク(政府粗債務残高対名目GDP比)と相関するということが分かります(ピンク色の帯)。欧州危機のさなかにあり、国債金利が上昇している国々(赤字)も、国債のリスクが殆どないとされるオーストラリア、英国、米国といった国々も、このピンク色の帯の中に収まっています。
ただひとつ、日本だけが、このピンク色の帯から大きく外れ、象限Iの外れにプロットされています。
つまり、国債の発行残高が非常に多いにもかかわらず、投資家のリスクは小さい唯一の国債ということです。
増税やむなしを主張する人々は、縦軸の国債供給量のみに着目して日本国債にリスクがあると結論づけますが、国債のすべてが自国建てであり、高金利局面で逃避しやすい海外投資家比率も少ないことから、実際には投資家リスクは低いのです。
つまり解明すべき点は、「なぜ日本国債に大きなリスクがあるか」ではなく、「なぜ日本だけがリスクの少ない国債供給増えてしまったか」ということだろうと思います。
これは図表3が解明するヒントとなるでしょう。図表3は1997年と比較した現在での物価上昇倍率(横軸)と名目GDP伸び倍率(縦軸)を世界173カ国でプロットしたものです。 日本は世界で唯一15年間物価が下がり、名目GDPが減っている国なんですね。
世界で唯一物価が下がり続け、名目GDPが減る国、日本
図表3 物価と名目GDP
1997年と比較した、現在の物価・名目GDP倍率
出所:IMF WEO (世界173カ国)
赤点が日本、青点はその他172カ国 物価指標はGDPデフレーター。
物価をコントロールできない国では驚異的に名目GDPが増えている。
日本だけが物価上昇率が最低かつ名目GDP増加率は唯一のマイナス。
名目GDPを減らす政策をとれば、国債の供給側リスク指標、政府粗債務残高対名目GDP比の分母が小さくなり指標の悪化要因となります。また名目GDPが減るならば、法人税・所得税・消費税ともに減少します。名目GDPが減る政策をとった場合、税収では歳出をまかなえず、国債発行額が増え、政府粗債務残高が増える、という流れになってしまいます。
名目GDPを減らす代表的な政策といえば、民間にマネーを還流しない消費税の増税です。
名目GDPの6割を占める家計消費にペナルティを課すのですから、名目GDPは効率よく減ります。
その代替として法人税を減らしても、法人税は利益を上げた法人に払ってもらう税であり、赤字法人を増やす消費税増税のカバーはできません。
世界唯一名目GDPを減らす政策をとっている結果、日本が多すぎるのに安全な国債を抱えているのに、その状況を「改善」するため、更に消費税を上げる、というのがいかに馬鹿げたことなのかをこれらの図表が物語っています。
*1:。Tracking Global Demand for Advanced Economy Sovereign Debt Serkan Arslanalp and Takahiro Tsuda IMF Working Paper December 2012