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CPIはともかく東大物価指数はまだマイナス

今朝の日経新聞では消費者物価に上昇の兆しが出ていると報じています。

消費者物価、上昇の兆し 家電の値下がり一服
5月指数 都区部、プラスに転換  日経新聞 2013年6月1日 
消費者物価に上昇の兆しが出てきた。総務省が31日発表した消費者物価指数(CPI、2010年=100、季節調整値)は東京都区部の5月中間速報が生鮮食品を除くベースで0.1%上昇した。デジタル家電の値下がりが一服してきている。全国のCPIも5月にプラスに転じる可能性がある。ただ、持続的な物価上昇には賃金の改善など越えるべきハードルが多い。

 31日朝に公表されたCPIを見て、ある民間エコノミストは「意表を突かれた」という。4月の全国CPIは生鮮食品を除くベースで0.4%の下落。下落幅が前月より0.1ポイント縮まるという予想通りだったが、東京都区部の5月速報がプラスに転じたためだ。主役は「テレビ」だ。

 東京都区部の5月はテレビが前年同月に比べて0.9%値上がりした。上昇は統計のある06年1月以来、初めて。前月に比べると物価が0.11ポイント分上がる要因となった。…。
 東京都区部では5月に衣服・履物も前年同月に比べて0.1%値上がりした。身の回り品に値上げが及んだことから、ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長は「期待に働き掛ける安倍晋三政権の経済政策の効果が出てきた可能性がある」と話す。

 ただ筆者としましては、現在の日本の物価がアベノミクスで上昇に転じつつある、といえる状況にあるのかについては、まだ疑問に思えます。

その理由は、東大日次物価指数の動きです。
東大日次物価指数とは、東大の渡辺努教授らが開発した物価指数で、スキャナーデータ(POSデータ)を使って消費者物価を作成する試みであり、渡辺教授によれば
「日本全国の約300のスーパーから、その日の価格と販売数量の詳細な情報を閉店後、送信してもらう。対象となる商品はスーパーで扱う全ての商品(食料品や日用雑貨など)であり、商品の種類にして20万点超である。その情報を処理して指数を作成し、ホームページにアップする。店舗からの情報伝送の遅れなどを勘案しても、5日前の物価を知ることができる。現行の消費者物価が1か月に一度の公表であり、しかもある月の数字が公表されるのは翌月の末である。これと比べればはるかに迅速に物価を知ることができる。物価も、株や為替のように、リアルタイムで見ることができる時代に一歩近づく。」
とされています。*1

物価指標を整理しますと、
消費者物価指数(CPI)
ある商品バスケットを買うための費用を指数化したもの。総務省方式ではバスケットの内容は5年毎に改訂される。
商品内容には、スーパーで取り扱われない車・家電や光熱費、教育などのサービスなども含まれる。

◆東大日次物価指数
全国スーパーからPOSシステムで収集される食料品・日用雑貨の価格情報を指数化したもの。商品バスケットの内容は売れ筋により日々変化する。

◆改変CPI(mic_cpi)
渡辺教授らが東大日次物価指数と比較する目的で、総務省CPIデータから東大日次物価指数に対応する商品バスケットを買うための費用を指数化したもの。

GDPデフレーター
名目GDPを実質GDPで割り、一種の物価指標としたもの。消費者物価に相当するもの以外に企業物価も入ってくる。

これらの物価指標の近年の動きをみたものが図表1です。

アベノミクス開始後も、いまだに物価は下げ続けている

図表1 各種物価指標の推移
出所:東大物価指数・改変CPIは東大物価指数のウェブサイト月次データファイル
   CPIとGDPデフレーターIMF World economic Outlook Apl,2013
1989年物価=100として各物価指数を比較。
物価下落の兆しが見え始めた’92年頃から比較すると現在の
東大物価指数はCPIよりも約15%も低い水準であることが目を引く

このブログで何度か取り上げたように、総務省CPIは、同一商品バスケットを購入するという前提である上に、その商品バスケットを5年毎にしか変更しないため、デフレで消費者がより安価な製品を購入するという行動が織り込まれておらず、デフレ期には大きな上方バイアスが生じます。

図1に掲げた各物価指標のデフレ期('92年-'13年)での変化率は、CPI(0.0%)、東大物価指数(-0.6%)、改変CPI(-0.2%)、GDPデフレーター(-0.9%)となっています。

 東大物価指数の場合には、POSシステムから得られた商品構成での指数算定ですから、売れ筋を反映した物価指標となっています。
CPIと改変CPIの差は、反映する商品群が消費者が購入する商品一般なのか、スーパーが扱う商品に限定されるのかの違いです。
なおGDPデフレーターも企業物価を含んではいるものの、実際に売れた製品・サービスの構成を反映しています。

東大物価指数は日次または月次ベースデータを用いて、最近の物価推移を詳細に見ることも可能です。
図表2は2009年1月の物価を100とし、その後の毎月の物価変動(年率)を12で除して作成した最近の物価水準です。

直近でもアベノミクスによる物価上昇はまだ観察されていない

図表2 近年の東大物価指数推移
出所:東大物価指数・改変CPIは東大物価指数のウェブサイト月次データファイル
2009年1月=100とした。
物価変動は、月次データの年変動率を12で除し、前月の水準から翌月水準を算出した。

生鮮食料品を除く総務省CPI(コアCPI)には、ガソリン価格などは反映され、東大物価指数には反映されていない、という違いがあります。 ただ、ガソリン価格のような燃料費だけが騰がってインフレになると、国民生活は苦しくなるばかりですから、エネルギー価格を含まないコアコアCPIあるいはスーパーでの価格変化である東大物価指数がプラスに転じることこそ、アベノミクスの目的と言えるでしょう。

ところが、アベノミクス開始から直近までの東大物価指数はプラスに転じておらず、今のところはプラスマイナスゼロさえ達成できていません。
最初に触れた日経記事では、日経が独自に調べたPOSデータからも物価上昇の兆しが見えるとのことです。ただ日経は任意に選んだ80品目でのデータですので、渡辺教授の東大物価指数の20万点超とどちらがデータとして信頼性が高いかは言うまでもないでしょう。

 物価を上げるためには民間に不足しているマネー(マネーストック)を供給する必要があり、マネーストックは日銀が動かすことができるマネタリーベースで間接的に動かせる、というのがリフレ派の考え方です。
この考え方は嶋中雄二氏(三菱UFJ証券)の分析 *2に示されている次のグラフ(図表3)で実証的に示されています。*3
マネーストックはマネタリーベースと強い関係がある

図表3 マネーストックとマネタリーベースの関係
1999年以降のMS・MBの変化。
出所:嶋中氏ペーパー図5
嶋中氏のペーパーではこの図のようにMS・MB両者間には強い相関があるとされている。
ただ、近年はMBによるMS刺激効果が弱まっているという分析も同時になされている。

日銀が現在積み上げつつあるマネタリーベースにより、少しづつマネーストックも積み上がりつつある、というのが現状なのでしょうけれど、昨今の国債価格乱高下を見ると、国債市場規模に占める日銀が買い入れる国債の規模が大きいため、現在よりも速く日銀が国債を買い入れるのは逆に危険という気もしてきます。

そうした意味では、日銀が購入する資産を国債に偏重させず、直接金融につながる株式ETFREIT、CPなどの資産ももっと大量に買い上げ、かつ耐震減災対策などを中心とした財政出動も併用して、早期にデフレギャップをなくす方策を採れば、東大物価指数も目に見えて上昇していくのではないでしょうか。

*1:POSデータを用いた日次物価指数の開発

*2:金融緩和批判の根拠を吟味する

*3:のびーはこれと同じ分析をしながら、意図的にMS変化を小さく見せるグラフを用いてMS・MBに相関がないという結論を出しています。