シェイブテイル日記2

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日銀の暗黙知が日本を潰す

1月25日に講演に立った白川総裁は、日銀組織の条件について語ったようです。

白川総裁、日銀組織の4条件示す 実務の知識などこだわり 
日経 2013/1/25 16:48

 白川方明日銀総裁は25日、日本記者クラブで講演し、中央銀行の組織にとって欠かせない4つの条件を示した。筆頭に挙げたのが「銀行実務に関する知識や感覚」。日銀というと金融政策の立案・運営に関心が集まりがちだが、白川氏はかねて、金融政策運営を陰で支える様々な実務の重要性を強調してきた。それを筆頭に挙げた点に、同氏としてのこだわりが感じられた。

 講演のテーマは「中央銀行の役割、使命、挑戦」。白川氏は、中銀が使命を果たしていくうえで「伝統やお互いに刺激を与えあう中で形成される暗黙知を含め、組織文化は非常に重要だ」と強調。そのうえで、銀行実務のほか、「幅広い接点から得られる情報に対する感覚」「不断に学習を継続する姿勢」「グローバルな視点」の4つを日銀の組織文化の柱だとした。
…。
多様な仕事が全体として日本経済の安定や発展を支えるというのが総裁の信念で、講演でも、長い歴史の中で培ってきた組織文化の維持・発展に努めることの重要性を強調した。 (編集委員 清水功哉)

 中央銀行で、実務に関する知識や感覚が重要なのはおっしゃる通りでしょう。
 しかし、それならなぜ実務知識が豊富な日銀が、バブル崩壊が決定的になった後も執拗に金利を上げ、完膚なきまでに株価・地価崩落を促したり(三重野総裁)、デフレ進行中の2001年に金利を上げてみたり(速水総裁)、デフレ脱却への道がうっすら見えてきた2006年に金融引締めに転じたり(福井総裁)、リーマン・ショックで世界経済が激震している最中、必要な金融緩和の対応を採らずに、日本の株価を世界最大級に下げてみたり(白川総裁)することで、世界の金融史に残る長期デフレを続けてきたのでしょう。

 シェイブテイルは、その原因こそが白川総裁が重要視するという「伝統やお互いに刺激を与えあう中で形成される暗黙知を含めた組織文化」なのではないかと思うのです。

 日本語学者、芳賀綏(はがやすし)・東工大名誉教授によれば日本人のコミュニケーションは 欧米のそれと比較すると、「語らぬ、解らせぬ、いたわる、控える、修める、ささやかさ、流れる、任せる」、という8つの文化特性を持っているとしているそうです *1

 「語らぬ」とは、農耕民族の日本人が、他人とではなく自然と対話し、「お互い語らず察する」という姿をさしています。 
解らせぬ」とは、日本には腹芸というものがあるように、アクティブに動いて相手に多くの情報を渡すことを善しとしない文化をさします。
いたわる」とは、人前で相手に恥をかかせてわからせようとしても逆効果とする考え方です。 
控える」とは、時代劇で大名行列が通る時に土下座し、日本人が自分の長所に触れなければならないとき「自慢のように聞こえますが」と予防線を張る工夫をする、といった心の動きです。 
修める」とは自分を田畑に見立て、掘り下げることで価値を高めようとすることで、柔道、剣道、茶道、華道と、道がつく日本文化はすべて修行の考え方で貫かれていることです。 
ささやかさ」とは、極端に短い短歌や俳句に込めた世界観、ウォークマンを極限まで小さくする価値観などです。
流れる」とはいわゆる諸行無常で、日本人はことを荒立てたところで結果はさほど変わらないという意識があることです。
最後の「任せる」とは仏教の南無に通じ、阿弥陀仏に全てを委ねるかのように一切を他者に任せてしまうことで、他人とのコミュニケーションとしては内容が落ちてしまうことをさします。*2

 こうした日本人のコミュニケーションの特質は一種の美徳といえます。 ただ、これが結果責任を問われない日銀という組織のなかで発揮されればどのようになるでしょうか。

語らぬ・解らせぬ 
 例えば、日銀が重視する物価指標は何故コアコアではなくコアでもなく単なるCPIなのかの説明として、「速報性を備えている消費者物価指数(総合)は引き続き重要」だとか、「米国のエネルギー関連価格は日本よりも変動が大きいため、日本とは違いコアCPIが重要」だとか理屈にならない屁理屈をこね、本質的なところからは話をそらそうとします。*3 また日銀内での討議内容は国民生活に直結することでも10年間は秘密とされ誰が何を語ったか判りません。

いたわる・控える 
 日銀内には先輩に対し、いたわり控える文化があります。前述のとおり、三重野、速水、福井、白川それぞれ大きな間違いを犯しています。日銀はそれらを決して批判せず、対外的にはそれらの過ちに触れられないように日銀文学で煙に巻くことこそ組織の美徳となっています。

修める・ささやかさ  
 22日の金融政策決定会合で、日銀は2%の物価目標の導入を決めました。あわせて目標を できるだけ早く達成するための手段として、2014年から新たに「無期限緩和」を始めることも決めました。できるだけ早く物価目標を達成する手段がなぜ、1年も先から始まるのか誰もが首をひねるところでしょう。 それを、政府が求めていた「無制限緩和」と勘違いした麻生財務大臣らは「日銀法改正は当面考えない」という発言をしました。
 日銀の言う「無制限緩和」とは、図1のように金融緩和をこれまでよりもペースを落とす、というシロモノで、それが無制限→無期限の一文字の置き換えに込められていることに麻生氏は気づかずまんまと日銀当局の掘ったばかりの落し穴にはまっています。このように、組織防衛のため、ささやかな文字づらに込められた日銀文学を修めることこそ、日銀組織内での出世の道と言えましょう。


図1 22日に日銀の発表した「無期限緩和」策
出所:朝日新聞デジタル 1月24日(木)5時30分 
麻生財務大臣は金融緩和抑制策と気づかず、日銀法改正を当面考えずと失言した。
同日の市場はしばらく気迷いの動きを見せたあと、引き締めと捉えて反応し、円急騰、株急落を招いた。

流れる・任せる
この15年、世界の経済環境は様々に変わりました。 しかしその15年、日銀は常にCPI=0%という狙いを外さず達成してきました。諸行無常の流れの中にあっても、変わらぬものを維持しています。これは先輩の過ちを組織に抗って否定しても、ろくな結果にはならないという諦観を早めに持つものこそ、日銀組織内では出世することを意味します。 長いものにはまかれよ、です。 これこそが、かつては優秀な学生だったのに、と恩師の浜田宏一氏を嘆かせた白川氏の日銀組織への適応力の高さの原動力となっているのでしょう。 

日本人の中という一種のムラ社会にあっては美徳であった日本人のコミュニケーションの文化特性ではありますが、現行日銀法下の日銀という結果責任を問われない組織にあっては、白川総裁の言う「伝統やお互いに刺激を与えあう中で形成される暗黙知を含め、組織文化」を理解することは、白川氏のような人物の出世には大変重要であったかも知れませんが、日本経済にとっては全くの災難でしかないということではないでしょうか。
一日も早い日銀法の再改正が望まれるところです。

*1:芳賀綏「日本人の表現心理」(中公叢書) 

*2:竹内一郎「人は見た目が9割」(新潮新書) 

*3:1月23日に発表された「物価の安定」についての考え方に関する付属資料