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日銀のいう「通貨の信認」の重要性の検証

 日銀の金融政策運営は国民の生活に大きな影響を与えます。
 この日銀の金融政策では、白川総裁は「通貨の信認」というものを大事にする姿勢を見せています。

 ところが、日銀のホームページなどを探しても、「通貨の信認」という言葉の定義には触れられていません。 白川総裁自身がもっとも大切にしているはずの通貨の信認とは一体何かが判らず、どうやって金融政策を決定しているのか不思議に思う人は少なくないようです。

2011年04月15日の財政金融委員会では、リフレ派で知られる民主党・金子洋一議員が、白川日銀総裁に「通貨の信認」の定義について質問しました。 白川総裁の答弁は非常に冗長ですので、多少記録を端折って見てみましょう。

○金子洋一君 お疲れさまでございます。民主党の金子洋一でございます。
 今回は通貨の信認とは何かということにつきまして中心にお尋ねをしたいと思っております。

参考人白川方明君) お尋ねは、通貨の信認の定義は何なのかということだというふうに受け止めました。…。  一つは、中長期的に見て物価の安定…ともう一つ、これは最終的に通貨の支払、これは現代の金融システムの下ではこれは預金通貨でございます。

つまり、最終的に預金がちゃんと元本が返ってくるという安心感でございます。これはリーマン・ショックのときにも示されましたけど、最終的にあの局面では欧米各国、政府が公的資本注入を行いました。つまり、最終的に民間金融機関の信用というのは、これは国家のやっぱり信用によって支えられるということでございます。これは言い換えますと、財政のバランスについて中長期的なバランスが確保されるかということに帰着します。それであるがゆえに、ユーロの参加の条件として、その一つの条件として財政バランスも入っているわけでございます。

 そういう意味で、厳密に数量的に定義できないけれども、しかし大事なことは世の中にはたくさんあるというふうに思います。民主主義もそうですし、この通貨の信認ということもそうだというふうに思います。

○金子洋一君 御答弁については全く納得できませんが、時間が参りました。…。
私からの時間、終了させていただきます。 ありがとうございました。

白川総裁の答弁は、典型的ないわゆる日銀文学で、何を言っているのか判然としませんが、要するに通貨の信認とは(1)中長期的物価の安定、(2)通貨の支払が担保されていること という二点になるようです。

この二点を守ることを目的に日銀が金融政策をやっているとして、これらの観点から他国を眺めてみました。

1.物価の安定なしに、経済成長はないのか
図1は、日本とトルコの中長期的物価の推移です。トルコは近年でこそ物価が落ち着いて来ました(それでも5-10%位)が、1985年から2000年にかけては、年率50-100%もの高インフレが続いていました。
では、日本に比べてトルコは実質経済成長率が劣っていたでしょうか。図2が両国の一人あたり実質経済成長率です。

図1 日本・トルコの物価推移
GDPデフレータ(対前年比)。出所:IMF WEO Oct'12


図2 日本・トルコの一人あたり実質GDP推移
出所:IMF WEO Oct'12

図1,2を見ると、トルコの実質成長率は、近年のインフレ率が落ち着いてきた時期に、やや加速していますが、年率50%を超える高インフレ期でも日本並の成長を続けていました。 ということは、実質GDP成長率を高く保つためには必ずしも物価が安定している必要はないようです。

2.通貨の支払が担保されていること
これはさすがに白川総裁に指摘されずとも、国の信用に基づいて通貨の支払が担保されて初めて通貨の価値が発揮されるように思えます。ところがこれにも反例があるようです。himaginary氏のブログエントリー「不換紙幣に政府の裏付けは必要ない」を引用します。

(ソマリア)国内市場における最も驚くべき現象は、古いソマリア紙幣が流通し続けたことである。1991年に中央銀行が破壊され略奪されて以来、ソマリアの通貨には裏付けとなる中央銀行が存在しない。それにも関わらず、通貨は価値を維持し続け、ローカル市場で自由に取引される他の外貨と変動相場の下で交換を続けてきた。
・・・
しかしながら、ソマリア・シリングが国家による裏付け無しに正の価値を維持してきたことを示す最も説得力ある証拠は、それら紙幣を偽造することが利益になるということに人々が気付いたことにある。モハメド・ファラ・アイディードは、1996年に約1650億ソマリア・シリングをオタワに本拠を置くBritish American Banknote Companyに発注した。モガディシオのビジネスマンたちは、2001年に600億ソマリア・シリングをさらに輸入した。1991年以来、合計にして4810億の非公式ソマリア・シリングが印刷されたと推定されている。

 ソマリア無政府状態に陥り、中央銀行が破壊された後も、偽造紙幣が発行されるまでの間は、ソマリア紙幣は価値を維持し続けていたというのです。 
 考えてみれば、市場にいけば商品やサービスがあり、偽札が横行していない限りは、ソマリア国民としては昨日まで通用したソマリア紙幣を手放すいわれは何もない、ということでしょう。

こうしてみますと、白川総裁が何より大切にする通貨の信認、あるいはその要素、物価の安定と、政府・中央銀行による通貨流通の担保は、どちらも通貨が使われることや、日本経済にとって本質的に重要な要素なのか、疑問になってきます。

 白川総裁は日本金融学会2011年度春季大会における特別講演*1では、定義も明確となっていない「信認」という言葉を30分ほどの間に、70回も使用しています。その一方で、数百年の金融史上まれな程の日本の慢性的デフレにはただの一言も言及していません。
 その定義はウヤムヤ、内容からも本質的な重要性に疑問が残る「通貨の信認」というものを守るため、国債発行量や通貨発行量に制限をつけ、デフレが続く金融政策を行なっているとしたら、白川総裁は一体誰の何を守るために何がしたいのかを国民の前で、同行内以外でも通じる日本語で説明する責任があるのではないでしょうか。

*1:http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2011/data/ko110530a.pdf 蛇足ですが、この講演資料の図表3では、縦軸・横軸のスケールに小細工がしてあり、日銀の政策の失敗が目立たなくなっています。通貨の信認には、講演者である日銀総裁の人柄への信認は関係ないのでしょうか。