囲碁ソフトの発達と日本の衰退にみるシナリオ検証の重要性
囲碁の世界では、現在静かな革命が進行しています。
囲碁ソフト、進化急速 「Zen」アマ高段者レベルに 2012/4/17 日本経済新聞
コンピュータ囲碁ソフトの進化が著しい。将棋ソフトのようにプロ並みとはいかないが、数年前までの級位者レベルから、今やアマチュア高段者レベルの実力だ。
右はソフトに連敗し苦笑いする武宮九段(3月、調布市の電気通信大学で)
「まさか4子で勝てるとは……」。3月半ば、東京都調布市の電気通信大学で行われたプロ棋士とコンピュタソフトの対局。企画した同大の伊藤毅志助教は、ソフトの予想以上の“進化ぶり”に興奮を抑えきれなかった。
06年以降に一変
タイトル経験豊富な武宮正樹九段に挑んだのは、目下、最強といわれる「Zen」。最初に5つ石を置く5子局でZenが勝ち、次にハンディを4子に減らしたところ、これも勝利。「碁の内容を見ても優にアマ5、6段の実力はある」と、解説を担当した王銘琬九段は太鼓判を押す。
ハンディなしで米長邦雄永世棋聖を破るまでに進化した将棋ソフトに対し、囲碁ソフトは長らくアマの級位者レベルにとどまっていた。着手の選択肢が多いことや、一手ごとの評価の難しさがネックになっていたが、2006年にモンテカルロ法という確率重視の考え方を採用したソフトが登場し、状況が一変した。
終局までの図を瞬時に数千通りも作り(プレーアウト)、その中でもっとも勝つ確率の高い手を選ぶというのがモンテカルロ法。それぞれの図は級位者が考え出したようなレベルでも、多くのデータを集計すればそれなりに信頼できる結果が得られるという理屈だ。
フランスで採用されて一気にアマ初段の壁を突破。これに触発されて日本でもモンテカルロ法を使ったソフト開発が進み、目下、コンピュータ同士の囲碁大会で圧倒的な強さを示しているのが日本のZenだ。すでに「天頂の囲碁」(マイナビ)という名前で商品化されている。
ここ数年は「プレーアウトの精度を上げることに努めている」と、開発者の一人である加藤英樹さん。ランダムに図を数多く作るのではなく、より実現性の高い図に絞り込んで、その中で勝てそうな手を選ぶというイメージだ。
この手法により、この1、2年はモンテカルロ法がやや苦手にしていた中盤での接近戦で正確さが増し、ソフトの中で頭一つ抜け出した。対局したアマ高段者は「石が競り合ってどちらかが取られるような場面で間違えない」と話す。
チェスの世界ではIBMのスーパーコンピュータ「ディープブルー」が早くも1997年には当時の世界チャンピオン、カスパロフ氏を破っています。
チェスに比べると打てる手がはるかに多く自由度が高い囲碁ではその当時アマチュアの相手も満足にできませんでした。
その状況が変化したのは囲碁ソフトに「モンテカルロ法」が導入されてからのことです。
モンテカルロ法では、複数のシナリオを描き、それぞれのシナリオごとの結果評価と各シナリオに確率の重み付けをした上で、乱数発生を用いて数千回以上のシナリオを実際に検証します。 シナリオを描いてそれぞれの手の有効性を評価できるようになって、初めてコンピュータにもプロ棋士同様に「将来を見る」ことが可能になったわけです。
モンテカルロ法は囲碁の世界に入ってきたのはまだ年数が浅いのですが、産業界、とくに将来に不確実性が伴う産業では以前から企業の意思決定にも活用されています*1。
さて話は飛びますが、日本の衰退が指摘されるようになって既にずいぶん経ちました。
その理由は日本が少子高齢化社会だから、とか円高だから、などいろいろ言われていますが、元をたどれば日本が官僚主導国家だということに行き着くように思います。 日本の場合、GDP全体で500兆円であるのに、一般会計と重複を除いた特別会計の合算ではほぼ228兆円規模と言われており、日本の運営のかなりの部分を官僚が行なっています。
ただ、日本や北朝鮮のような官僚主導だとなぜ衰退していくのでしょうか。 同じ官僚主導のように見える中国は近年は繁栄を謳歌しています。
筆者は日本の官僚はシナリオを一本しか提示しないことが日本を衰退させる大きな原因なのではないかと見ています。*2
身近な所では、例えば空港を作ると言えば、その前提となる経済見通しでは「空港開港時にはデフレはすぐに収束し、経済は活性化し…」、といった具合に採算が合うという結論を導くように前提を最楽観値で予測するなど平気でやり、結局地元が赤字空港に泣く、といった光景は日本中で繰り返されています。 最近原発の継続を国民投票で問うたイタリアや、約40年前に原発と風力発電それぞれのメリット・デメリットを記した啓発資料を国民に配って国民投票で脱原発を決めたデンマークなどの国の運営状況とは比べるべくもありません。
消費税増税論議もまた然りで、増税しなければ経済は破綻、というところ(マスコミによる刷り込み)から議論が出発しますが、デフレを脱却して経済が活性化してもなお財源が不足するのかどうか、不足するならするでそれがどれだけ不足か、といった議論なしに平成2◯年、消費税は◯%にするかどうかに議論を歪曲しようとします。
日銀も同様です。 デフレを脱却するのに金融政策だけでは無理だと決め付け、白川方明総裁は「中央銀行による国債の買い入れが、金融政策運営上の必要性から離れて、財政ファイナンスを目的として行われていると受け止められると、かえって長期金利の上昇や金融市場の不安定化を招きかねない」常々述べるなど、中央銀行による大規模な国債の購入には慎重な姿勢を取り続けていますが、景気が良くなればそれに伴って名目金利が上昇するのは当たり前ですし、そもそも日銀が積極的に民間にマネーを流せば、デフレ脱却に伴い実質金利は下がるでしょう。 また金融市場の不安定化とは国債の値下がりのことかも知れませんが、同じ金融市場でもデフレを脱却すれば株価は上昇し日本市場の時価総額は増えるに決まっています。 白川総裁からこうしたデフレ脱却のメリットが語られることは一切ありません。
要するに、政策の選択肢を国民に提示しようとはせず、官僚が持論に沿ったシナリオのメリットと持論に沿わないシナリオのデメリットをマスコミも巻き込んで展開することが日本の衰退の根幹にあるように思います。
日銀についていえば、円の価値を維持するためにデフレ政策に固執する偏狭的な人々がこの20年来日本経済を没落に導いていることから、やはりまずは日銀法を改正し、政府のコントロール下にマイルドインフレを実現できるようにするしかないでしょう。
将来へのシナリオが複数示されてその中から国民が選択する時代は日本ではいつ頃やってくるのでしょうか。