シェイブテイル日記2

シェイブテイル日記をこちらに引っ越しました。

トリダスの開発と名目GDP向上

ここ2回ほど「目指すべき頂は見えている」というタイトルで、日本経済の問題は名目GDPの伸びの低さであり、それに対する処方箋も、立場を超えた人々から、ある程度は最大公約数的には見えているという記事を書きました。

そこで私はとりあえずツイッターに #名目GDP増加 というハッシュタグを立ち上げてディスカッションの場を作ったわけですが、そこから現実の為政者に名目GDPを増加するような政策を採ってもらうまでには相当の距離があります。 

明日の衆議院選挙では安倍自民は圧勝するでしょうが、それは野党らの自滅があってのことです。

絶対多数を率いるであろう、安倍さんはアベノミクスと共に消費税増税も避けて通れぬ道と思っているフシがあります。 消費税こそが名目GDPそのものに課税し、名目GDP縮小という日本経済の宿痾を更に悪化させるというのに。

今のままでは10年も経てば、経済評論家からは「安倍晋三首相はデフレ下の2度の増税を自ら選択し、当時の国民はこれを熱狂的に受入れ、2/3以上の絶対多数を得た政府与党は、予定通りの10%への消費税増税を実行し、日本の名目GDPは加速度的に縮んていった」というような論評さえ書かれかねません。


ここ数回にわたり、一連のブログを書いている私の意図は、読んでいただいている皆様に伝わりにくいことは承知しています。 そこで今日は全く視点を変えてある優良企業の成功事例について見てみたいと思います。

その企業は前川製作所といい、この会社が得意分野の業務用冷凍庫・冷蔵庫からは離れた、骨付き鶏もも肉の自動脱骨ロボット「トリダス」を開発した時の話です。


画期的骨付き鶏肉処理ロボット「トリダス」の動き(部分)

前川製作所。創業は1924年で従業員3000名ほどの中堅企業だが、業務用冷凍・冷蔵機関連のメーカーとしては日本のみならず、世界でもトップクラスの売り上げを誇る。
同社が標榜するのは、無競争による「棲み分け」。他社が真似できない、斬新な製品を開発し、誰もが邪魔できない地位を築く。だから〝戦う〝必要がない。

骨付き鶏もも肉の自動脱骨ロボット、トリダスという製品。もも肉の脱骨作業は人手に100%頼らざるをえず、腿鞘炎がつきもののきつい肉体労働というのが常識だったが、それを打ち破った。きつい労働から人間を解放するとともに、脱骨に要する時間もそれまでの1/5に締めた。類機がないため、今や国内シェアは100%、海外にも10カ国以上に輸出されている。
このトリダスが典型だが、本業である「物を冷やす」分野に拘泥せず、食品、環境、ロボット、超電導、バイオと、縦横無尽に事業を広げてきたのも同社の特長だ。それをリードしてきたのが創業者の父親の跡を継いで社長をつとめ、現在は顧問という肩書の前川正雄である。

1971年に社長に就任。この頃から、「経営の世界は禅の世界と同じだ」と思うに至る。どういうことか。「禅は中国から日本に入ってきたものですが、中国の禅と日本の禅はまるで違うものです。中国の禅はひたすら座って思索するだけですが、日本の禅は思索の後に必ず行動を伴います。それが端的に現れているのが剣道や弓道、華道といった日本独自の稽古事の世界。それらの基礎には禅が存在します。経営もそうで、何かに悩み、その解決策を徹底的に考えた後、その策を試すという行動が不可欠です」。
禅の考え方は現場の改善や製品開発にも生かされている。「禅とは自分を無にすること。自分が見たものをそっくりそのまま、相手に伝える。西田幾多郎のいう純粋経験の交換  であり、これこそが日本の禅の精神です」。*1

つまり、同じ事象を、科学技術者、生産技術者、マーケティング担当者、メンテナンス担当者、営業といった職能の異なる複数の専門家が、あたかも赤ん坊に戻った気持ちで見る。その後で、そうした言語化される以前の感覚をお互いすり合わせていくと、「ああ、そうなのか」という一致点が見つかる。
そこが改善ポイントであり、イノベーションのきっかけになるのだという。

無になるということは、自分という〝主"、相手という〝客"を捨てることである。前述のトリダスは形になるまで実に14年という歳月を要した。「肉を切る」という作業を機械化すること、がうまくいかなかったからだ。プロジェクトはいったん中止に追い込まれたが、なおも諦め切れなかった20代の若手社員が、文字通り、主客を捨てることでブレークスルーを果たした。
「人間の優れた手技はどうしても機械では真似できない。ならば、自分がその技を体得するしかない、と、彼は鶏の加工場に入り、見よう見まねでひたすら鶏をさばいたそうです。いわば機械設計者という主を脱ぎ捨て、鶏をさばく人という客になってみたのです。その結果、刃物を使い、肉を骨から切り離すのではなく、引きはがすという動作が鍵だということを体得し、その動作を機械で再現したところ、みごと製品化にこぎつけることができました」。
自分を無にして対象に入り込み、物事の本質を鋭敏に感じ取る能力。これが日本のものづくりカの根底にある、と前川は考える。それはもともと、日本人に備わっていたカなのだという。

President 2012.10.29号 p34 「経営を突き詰めたら禅の世界に行き着いた」

日本の経済停滞は既に20年に達しています。 
その本質は名目GDPの低迷であり、方法論もほぼ見えているのに、そうした視点からの論調は政界・経済学界・マスコミいずれからもほとんど聴こえて来ません。

そこで、ツイッターに集う人々つまり”主”の、経験と常識はバラバラでしょうけれど、そこから同じ”客”、ここでは 名目GDP増加 という問題意識を持っている方たちが意見を交え、主客渾然一体となった時に、アベノミクス+8%の消費税増税という現状から最短・最速で名目GDPを実現させる方法(政策手段とこれを為政者に実現してもらう方法)が見えてくるのではと考えたわけです。

そういった意見交換はやぶさかではないが、自分の”主”-identity-は外したくないという人は少なくないでしょう。 ただ、そうした方に問いたいのはその”主”だけで、現実に名目GDPを増加させられるのですか、ということです。そうした方、もしその方が与党の有力為政者なら一番簡単ですが、現実にそうした方法論と実行力を併せ持った人がいれば、日本の経済問題には既に解決の端緒は見えているはず。つまりそうした人は誰もいなかったからこそ、この20年近い日本の名目GDP停滞があるのではないでしょうか。

一方、遠くにみえる為政者というものも意外に近い存在でもあり、例えば私の知り合いにも政府首脳と何度も会っている人もいれば、別の自民党幹部と親しく意見交換している人もいます。

要は正しい現状認識に合った正しい方法論を考え、正しい伝達方法で為政者にそれを伝えなければならないということです。
仮にそれができず、少なくとも現在の政界では答えに近そうな安倍自民党の安定多数が続くはずのここ数年で政策転換が図られねば、日本の失われた20年はもしかすると半永久的に続きかねません。

*1:純粋経験」という概念とは、主客未分の状態における直接的な経験ということで、例えばゲノム解析以前の植物学での分類構造は人間の都合によるフィルタリングによる分類です。この分類をする前のすべての各項目を横一列に並べて行けば、立場(主)を超えた人々からも本来の客体の姿が見えてくる可能性が出てきます。