日銀国債直接引き受け−tdam氏とのディベート
すでにご存知の通り、私シェイブテイルはマイルドインフレを達成することにより、経済成長路線に復帰し、税収も回復するという政策、リフレ政策を支持しています。
この拙ブログを読んでいただいている同じくリフレ派tdam氏から質問をいただきました。
この質問からリフレ政策での課題を考え、リフレ政策の最善案を考えてみたいと思います。
以下、立方体アイコンがtdam氏の意見です。
すでに別の場所で私がリフレ派であることをご存知かも知れませんが、当面の経済運営はデフレ脱却・マイルドインフレ維持を最優先すべきであるというのは全く同意でして、後はどのような方法・手順でリフレ政策を行うべきか、という点になると思います。
私もわが国におけるリフレ政策の前例である高橋財政に非常に興味があって(前例があるというのは、日銀という官僚組織にとって大きいはずです)、高橋氏の伝記を読んでいる最中なのですが、肝心な金融政策については詳しく書かれていません。岩田規久男先生の著作などを拝見するに、高橋財政は「直受け」ではなく通常の「買いオペ」に近いものであり、またインフレ高進を危惧して最終的に「売りオペ」によるMB収縮政策(90%程度?)も組み合わせた穏当なもの、と理解しております。
ご指摘のように、高橋財政はリフレ政策の前例で、学ぶべき点が多いと思っています。高橋財政について、私が最も参考にしているのは、富田俊基氏の一連の高橋財政研究と、日銀自身(金融政策研究所)の研究などです。
中でも特に、「1930年代における国債の日本銀行引受け」(「知的創造」2005年7月) は示唆に富むと思います。
日本銀行による直接引き受けによる国債発行は1932年11月25日から始まりました。その目的は「増大する歳出を容易にファイナンスし、金解禁で萎縮したマネーサプライを増やし、金利水準を引き下げること」にあるとされ、一石三鳥の妙手とまで高く評価されました(富田論文p14)。
というルートが想定されたわけです。
では、高橋是清が日銀引受け(あるいはそれに対する市場の期待)が、僅かな期間に当時のひどいデフレを脱却するほどの効果があり、市場引受けは効果がないと判断したか、といえば、それは買いかぶり過ぎで、実際には31年4月の国際金融危機、9月のイギリス金本位離脱、満州事変、金解禁の影響により国債価格が低迷、借換債さえも市中消化が難しい状況だったようです(同p15)。満州事変費・歳入補填・時局匡救事業と巨額資金調達が必要で、やむにやまれず日銀引受けが実施されることになったのでしょう。ただ、日銀引受けされた国債は、償還時まで日銀が持ったままと予定されたわけではなく、早期に市中売却は予定されていたようです。
高橋財政期(1931年-36年2月)とその前後の国債発行額と名目成長率
(富田論文p13)日銀国債直接引き受けに関するよくある誤った議論は、
高橋是清が1936年2月26日に軍部に殺害された後の放漫財政を死んだ高橋に
覆い被せて高橋財政は危険とする議論。
高橋死後の財政が誤っていること、が高橋財政の責任ではないことは別にしても、
その当時には軍部という現代にない需要セクターがあって、生産セクターは
空爆で完膚なきまでに破壊された戦中・戦後日本と、平和日本で少ししか軍需がなく、
また生産力は使われず温存している現代デフレ日本を同一視するのは
思考放棄の宗教としか言いようが無い。
リフレ派・反リフレ派を問わず日銀引受けに否定的な考えの論拠のひとつは最終的に市中消化するなら、最初から市中消化すればよく、日銀引受けという「奇手」の必要はない、というものです。
ただ、当時の日本、あるいは現在の欧州など、市中消化しようにもできない時、中央銀行が引受けざるを得ないと言う状況はあるものです。
現代日本ではまだ市中で十分消化できるではないか、という議論は後で書きます。
さて私が「直受け」に対して漠然たる不安を持っているのは、「緩和経路」自体というより主に「市場の感情と反応」に対してです。市中からの買いオペか、政府からの直受けかによって、市場がどう反応するかが違うのではないか、という点です。
従来の量的緩和(買いオペ、日銀による銀行からの国債買い入れ)では、銀行の日銀当座預金にたまる(ブタ積み)だけで、MSに寄与しないのでデフレ脱却に効果がない(一方で◯田◯夫氏のように、いったんインフレが高進すると止まらなくなる?←これは未だに理解不能ですが)という批判がありますが、むしろ2/14の「インメド」発表で株式と為替の市場が素直に反応したことから、継続的量的緩和政策には「自己実現」的な効果があると思います。
中央銀行が財政ファイナンスする、といえば、良くも悪くもどれだけでもマネーが出てくるという期待が生じます。 1930年当時の大恐慌デフレの日本、1997年から現代に至る日銀デフレの日本では、この効果は絶大でしょう。
実際、1932年9月2日の臨時国会でいわゆる「高橋財政」の補正予算が可決されます。ところが、1932年3月に、日銀直接引受けが報道されると、デフレ期待はインフレ期待に転換しています。 すでに32年11月末の実際の日銀直接引受け開始時は既にインフレ期待への転換後だったようです。
現代日本で見て、市場消化が難しかった事実や、日銀引受けのアナウンス効果が絶大であった事実を無視して、当時も現在も国債を市場売却すればいいのでは?というのはどうでしょうか。
再び、再三出した最も簡単な国家財政図(図1)です。
図1 最も単純化した国家財政
●歳出増大があるから、といって1930年代日本と同じく、近未来の日本も3.市中銀行→1.政府→民間(企業・家計)というルートで国債が消化できなくなる事態が出てくるかもしれません。
●マネーサプライを増やしたいからといって、デフレ日本で4.日銀→3.市中銀行とマネーを積み上げても、デフレ期待が強く、実質金利が高く、リターンが見込める投資案件が国内に乏しいなら、その日銀当座預金に積み上げられた資金は投資案件の豊富な海外に向かうでしょう。(実際向かっています)
すると、4.日銀→1.政府→2.企業・家計 という全く高橋財政と同じルートが浮上してきます。 デフレを脱却すれば、これも高橋財政と同じように、市場売却の環境(デフレ脱却・国債市中消化可能な国家信用回復)が整うでしょう。
ですので、shavetail1さまの仰る以下の手順であれば効果的かつ安全だと思います。3)の定額給付金などはバラマキという批判はありましょうが、「インフレ目標に達するまで」という期限付きであれば金融財政政策の一環と理解されるものと思います。下手に(震災復興以外の)財政政策を行うぐらいなら、「バラマキ」のほうが有効で民主的です。
>まずした準備としてインフレ目標を2−3%に設定する。
>1)その上で、50兆円量的緩和を実施する。 ここまで普通の話ですね。
>2)同時に50兆円新規国債を発行(市中銀行が買う)
>3)その50兆円で1人40万円配布などのデフレ対策の財政政策を行う。
同意いただきありがとうございます。 ただ、3)への給付は、バラマキこそ有意義です。 公共投資などはバラマキではなく、3.企業・家計へのマネーを流す方法かもしれません。しかし土建屋の社長に集中的にカネを回したところで、彼らは余ったカネは貯めるだけですから、消費性向の大きい人々にこそ広くバラマく必要があります。
そもそも、このバラマキという用語は有権者冒涜であり、印象操作の霞が関・永田町そして本石町の洗脳用語だと思います。
一方、財源の手当てという点に関しては、「買いオペ」と「直受け」のどちらかということになります。前者は発行済み債券を現在の評価額で購入することになりますが、後者は購入価格が不明であり、10年金利0%固定というようなことも可能かと思います。
財源捻出方法に関わらず、リフレ政策が実行されマイルドインフレが達成されれば、じきにデフレギャップが埋まり、名目金利も上昇していくはずですが、一方で、日銀が買い入れた債券価格は購入額よりも確実に下落し、日銀のバランスシートが痛みます。
これをどう捉えるかですが、日銀は政府の連結子会社のようなものですから、日銀法がなければ通常の「買いオペ」はもとより、「直受け」は本来容易であり、BS毀損に関しては「政府保証」をつけることで感情的にも解決可能であると思います。リフレが達成できれば円安になるので、外貨準備が円建てで膨らむから大丈夫ですね。
ここまで書いておいてなんですが、私も日銀券は不換紙幣なので、中央銀行の負債側への配慮はそもそも問題ないと思います。中央銀行のBSを過度に気にする時代遅れ「日銀理論」がデフレ脱却を困難にしているのでしょうね。白川さんは果敢なバーナンキさんに最新理論を学ぶべきですね。
日銀引受け国債は、後に市場売却するのであれば、市場取引可能な条件の方がいいかもしれません。金利0%なら、政府紙幣の日銀引受け(というか両替)とほぼ一緒でしょうか。 高橋財政期の史実にならえば、デフレギャップは直ちに埋められていくでしょうね。 失業者は減り、遊休設備は再稼働し、円は全ての通貨に対し、下降トレンドとなるでしょう。
もう一点は、金利の形成メカニズムについてです。「直受け」により日銀が政府から「10年金利0%固定国債」を買うという状況においては、他の市場参加者(既発行国債保有者)はどう考えるでしょうか?
特に、現在のように、インメドを決めたにも拘らず、総裁が国内外でその緩和効果打消しに躍起になり、欧州債務危機でむしろ円高が進み日本国債金利が低下するような「日銀の金融政策の実効性・継続性を市場が信頼していない」状況では、借換国債入札未達や本来円建てではありえないはずのリスクプレミアム高騰などの不測の事態が起こる可能性があると思います。その意味でも、期限・目標設定義務を含む日銀法改正、政府との政策協定などにより信頼、予測できる金融政策に変える必要があるでしょう。
さて、前述の"日銀がCPI=0%という間違った指標で15年間政府に吸い上げ上げさせた民間のカネを政府・日銀から返してもらう"というのはまさに「直受け」の適切な説明ですが、「インフレ税」とも言うべき名目負担を伴うリフレ政策を、貯蓄過剰の民間の一部(というか銀行等の運用担当者)といえども易々と受け入れるとも思えません。
捻出方法に関わらず、リフレ政策受け入れに当たっては、金融機関ごとに国債下落を受け入れられる名目限度というものがありましょうから、通常の市中からの買いオペで各保有体ごとのリスク管理(要するに国債を売って得た金で株などのリスク資産を買う、一方で金利は高騰する)機会を与えることが必要かと思います。
その意味ではこれまで運用実績のないゆうちょ銀行は心配です。(だからこそ、日銀はゆうちょから国債を買うべきです。)
以上の理由から、通常通りの「買いオペ」による財源捻出によるリフレ政策実行には大賛成ですが、「直受け」には不安、疑念を感じております。やはり日銀は銀行・生保などから「既存の市場メカニズム」(貴エントリの4.→1.→3.→1.→2.)を通じて国債を購入する、それを政府が新規財源とすることが肝要であろうと思います。
と、ここまで書きましたが、「直接引き受け」であっても市場金利と同じ利率・価格で発行すればOKですね。うーむ、金利市場が未整備だった高橋財政での「直受け」そのものですね。なら問題ないか…。
あとはてブでは書きませんでしたが、私が常に警戒しているもうひとつの懸念は「タイムリミット」です。あと10年以内に起こるであろう生産年齢人口の減少率が一人当たり実質(潜在)経済成長率を上回る状況、言い換えれば、実質経済成長率のマイナス化かつデフレギャップ="失業者や遊休設備がフル稼働"が殆どない状況までに実施できるかどうかです。それまでに達成できなければ、我々の期待するリフレ政策による通貨・経済膨張が国民生活(経済)に対しても財政再建に対して好ましい結果を生むかどうか確信が持てません。これは感覚的な不安ですが…。
"日銀がCPI=0%という間違った指標で15年間政府に吸い上げ上げさせた民間のカネを政府・日銀から返してもらうだけ"というのは端的で分かりやすい表現ですね。
バラマキだとか、日銀直接引受けという用語が霞が関・永田町・本石町で汚されていて、国民に受け入れにくいという問題があるのは私も承知しており、ご指摘の「4.→1.→3.→1.→2」ルートの活用なども考えてはいます。
ただ、それ以前に富田俊基論文の正しい理解など、リフレ派内でも理論を一歩進める努力があれば、きっとそれを実現する政治家は出てくると信じています。
【参考】
1930年代における国債の日本銀行引受け」富田俊基「知的創造」2005年7月
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