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最近の黒田総裁発言にみる日経新聞の読み方

7月29日に、デフレ脱却と消費税増税問題に関心がある人々にとって注目すべきニュースがありました。
黒田日銀総裁が、消費税増税に寛容と取れる発言をしたというものです。

日経新聞からこのニュースに関するコラムを引用してみましょう。 

ついに言った 黒田総裁「消費税発言」の真意  日経新聞コラム 編集委員 清水功哉 2013/8/2
 「ついに言った」。それが率直な感想である。黒田東彦日銀総裁が7月29日の講演で、消費増税によって日本経済の成長が大きく損なわれることはないと語った件だ。従来財政健全化の重要性を強調してきた黒田総裁だが、消費増税についてここまで踏み込んだ言い方をしたのは初めて。もちろん財政悪化懸念を招く増税延期論をけん制するためだが、政治的に微妙な問題にあえて触れた真意は何か。

「エッ」と驚いてしまった記者会見
黒田総裁の「消費税発言」は、正確にはこんな内容だった。「消費税の2段階の引き上げによって日本経済の成長が大きく損なわれるということにはならないと、日銀政策委員会のメンバーは考えている」。講演後の質疑応答で出たため、日銀がホームページ上で公表した講演原稿には載っていない。ただ「日銀政策委のメンバーは考えている」と語っており、単なる個人的見解ではないだろう。

このコラムでは更に、消費税増税が延期された場合の悪影響にも言及されています。

 図Bが示す通り、長期金利短期金利が今後どう動くかの予想(予想短期金利)と国債のリスクプレミアム(リスクに応じた金利の上乗せ幅)によって決まる。そして「2年で物価2%実現への決意」を打ち出したことは、インフレ期待を強めるため予想短期金利を上げ、長期金利に上昇圧力を加える(図Bのa)。この上昇圧力を打ち消し、金利低下を実現させる手立てが巨額の国債購入である。需給を改善させ、リスクプレミアム縮小を通じて金利に低下圧力を加える(同b)。

 今のところ前者の力が上回り、長期金利(新発10年物国債利回り)は異次元緩和の決定前に比べて0.25%程度高い水準で推移している。ただ今後も毎月巨額の国債を買い続けるため、bの金利押し下げ圧力は「さらに強まっていく」(黒田総裁)というのが日銀の説明。ところが消費税率引き上げの延期で財政悪化懸念が広がると、この構図がゆがむのだ。

 というのも、財政悪化の思惑によって国債のリスクプレミアムが拡大し、長期金利に新たな上昇圧力が加わる恐れがあるからだ(図Bのc)。政府が十分な税収を確保できないなら、日銀の巨額国債購入が財政ファイナンス中央銀行による財政赤字の穴埋め)の役割を担うようになるという受け止め方も広がるかもしれない。それも「財政規律低下→国債のリスクプレミアム拡大」という連想を招き、長期金利を上げそうだ。

 いずれにせよ、金利低下要因であるbをcの上昇要因が相殺してしまい、結果的にaの上昇要因だけが残りかねない。異次元緩和のメカニズムに問題が生じ、デフレ脱却努力に水を差す。

そして結論はこう結んでいます。

 アベノミクスや異次元緩和がうまくいってきた一つの理由は、前政権時代にはなかったような政府と日銀の協調イメージを作り上げ、市場心理を改善した点だった。消費税の扱いが安倍政権と黒田日銀の協調関係に影響を与えるなら、市場心理への波及も避けられそうにない。

 政府との協調が揺らぐ印象を与えることは、日銀にとってもリスクである。だが、日銀はそのリスクを冒してでも消費税率引き上げの延期やスケジュール変更を避けるよう訴え続ける構えだ。

 総裁就任時、黒田氏を安倍氏のブレーンたちと同様のリフレ派だとみなす空気もあった。だが、仮に「増税はできる限りデフレ脱却後にすべきだ」と考える人々をリフレ派と定義するなら、黒田総裁は彼らとは一線を画す覚悟を決めている。その点を忘れてはならない。

このコラムを読んで、筆者はなんとなく釈然としないものを感じました。

と言いますのは、財務官時代の黒田氏は、日本の財政が破綻するとは露ほども感じていなかったことが分かる文章が残っているからです。 次の文章は2002年に格付け機関ムーディーズが日本国債格付けを下げたことに対し黒田財務官(当時)からの抗議文で、今の財務省ウェブサイトから読めます。

6月24日付けの貴書簡等によっても、残念ながら我々が従来から抱いていた貴社のソブリン債の格付けとその方法論に対する疑問点を解消するにいたっていない。

 まず第一に、各国間の格付けの差の客観的な理由が引き続き説明されていない。デフォルト・リスクを反映しているというが、それなら各国についてどういうタイム・スパンで、どういうシナリオを想定しているのかを明確に説明すべきである。また、貴社の回答や公表資料では、各国政府の政策の方向性に関する記述はみられるが、それがどのように各国間の客観的な格付けの差につながるのかという説明が欠落している。

 第二に、貴社も、ソブリン債の格付けに当たっては、財政指標だけではなく、経済のファンダメンタルズも考慮しているとしているが、貴社の回答や公表資料は、結局は単純に政府債務のGDP比率等を引き合いにして特定の格付け水準の結論を出している。格付けの説明変数は、財政指標のみでないはずである。国債の格付けに当たって、なぜ、財政指標がほとんど常に経済のファンダメンタルズに比し、圧倒的に重要であるのか、明確に説明されたい。

ところで貴社は、日本の政府債務が「未踏の領域」に入ると主張しているが、巨額の国内貯蓄の存在という強みを過小評価しており、また、戦後初期の米国はGDP120%超の債務を抱えていたし、1950年代初期の英国は、同200%近くの債務を抱えていたという事実を無視している。また、貴社の格付けは、日本政府の債務支払い能力に対する市場の信頼を反映した低い実質金利とどのようにして整合性をとっているのか説明がされていない。貴社の分析がマクロバランスを十分反映させていないことについては、市場関係者、エコノミストからも批判がある。

第三に、我々は、格付けは市場で重視されており、客観的で数量的な説明がないと市場をミスリードすることになると考えているからこそ、こだわっている。貴社の5月の格付け引下げを市場は無視したが、将来影響を受けることもあり得る。ある国の政府や企業が不当にダメージを受けたときには損害賠償の対象になりうる。

第四に、各国間の格付けの水準の差を決定する方法論について、財政指標以外の経済のファンダメンタルズをどう考慮したか、具体的な例を用いて敷衍していただきたい。貴社は、1970年代の英国の格付けが間違いであったことを認めたが、1980年代半ばの米国をはじめとする多くの国と日本の格付けが明らかに釣り合いがとれていないことについて、説明する義務があることは確かである。
最後に、私から2、3の点を付け加えておきたい。

まず、貴社は日本の強い対外セクターは外貨建て格付けに反映されるとするが、それならば格付けはAAAでなければならない
また、貴社は、ソブリンの格付けは、標本数が少ないこともあって、その要素を統計的に有意な形で示すのは困難であると主張する。この主張は、ソブリン債の格付けの信頼性を著しく低下させるものである。それならば、デフォルトの前例のない先進国の格付けを行うのは無意味であり、格付けという形で示すのは、市場を無用に混乱させることになる。これを市場をはじめとして対外的に明確に公表すべきである。

我々は、貴社と意見交換を継続することを有意義と考えている。その際には、各国間の格付けの水準の差に関係する要素をより明確に評価することが不可欠であろう。

    ムーディーズ宛返信大要
    英文

 これが黒田財務官が書いた文章であることはこちらに明記されています。→ 外国格付け会社宛意見書要旨について

黒田氏は財務省の中でも税収を担当する主税局畑が長く、主税局といえば財務省の中でも政府債務と税収についてはもっとも熟慮されている部門でしょう。

2002年当時と現在での日本経済の違いといえば、アベノミクスが実施されていること以外では、政府債務が更に積み上がったことです。 

昨年の参議院予算委員会 (2012.4.4)で、当時の財務省主税局長・古谷一之氏に対し西田昌司氏が「デフレ下で国民の所得が減る時に増税をすると税収はどうなりますか?」と訊いたところ、主税局長は「減ります」と答えています。(このビデオの1分位から)

このように、黒田氏は日本のファンダメンタルズは政府債務の見た目の多さに関わらず大変健全で特に対外的にはAAAをつけても良いほどと指摘しており、なおかつ最近の財務省主税局長も消費税増税国民所得を減らせば税収が減ると答えたという経緯と比べて、先に掲げた日経コラムで読める黒田総裁の消費税増税に対する前のめり感にはどうしても違和感が残るように思われます。

改めて7月29日の黒田総裁の発言要旨資料をみてみますと次のように書かれていました。

(前略)
4.「量的・質的金融緩和」の政策効果を巡る論点以上、「量的・質的金融緩和」とわが国経済の現状及び先行き見通しについて、ご説明しました。次に、「量的・質的金融緩和」の政策効果を巡る、幾つかの疑問にお答えします。

(1)長期金利押し下げの効果
名目金利の抑制効果
まず、長期金利との関係です。「量的・質的金融緩和」導入後は、導入直前に比べて長期金利が上昇したことから、長期金利に強力な押し下げ圧力をかけるという政策効果がうまく働いていないのではないか、との疑問を頂くことがあります。

この点を検証する前に、まず長期金利の上昇・低下要因を整理しておきます。長期金利は、先行きの短期金利の予想とリスクプレミアムによって形成されます(図表18)。

例えば、10 年国債金利であれば、今後10 年間の短期金利のパスに、国債保有することに伴う様々なリスクプレミアムを加えたものになります。このうち予想短期金利は、先行きの経済・物価見通しによって決まってきますので、景気が改善して物価が上昇していくとの予想が拡がれば、長期金利には上昇圧力がかかります。また、リスクプレミアムは、金利変動リスクの高まりや海外での金利上昇といった要因で上昇し、長期金利に上昇圧力をかけることになります。これに対し、「量的・質的金融緩和」のもとでの日本銀行による巨額の国債の買入れは、このうちのリスクプレミアムを強力に圧縮し、長期金利に押し下げ圧力をかける効果があります。
そこで、こうした効果が実際に働いているのか、2つの事実から確認します。(以下略)
    最近の金融経済情勢と金融政策運営── デフレからの脱却に向けて ──  2013年7月29日日本銀行

この説明から分かるように、引用部分にある図表18は、アベノミクスを担う黒田日銀が長期国債大規模買入れにより、リスクプレミアムを圧縮する様子の説明のために使われた図、ということです。どこにも消費税増税延期のリスクなどとは書かれていません。

ところが、最初に掲げた日経コラム記事では図表18とそっくりな図を掲げつつ、リスクプレミアムの内容をなぜか「消費税増税による財政悪化懸念」という黒田総裁が解説した内容から変えてしまっています(小さく日銀公表の図を加工とは書いてありますが)。

結局最初のコラムは黒田日銀総裁による消費税増税支持の意見表明を論評しているコラムというよりも、コラム著者の清水直哉氏が黒田氏の姿を借りて自分の消費税増税支持を語ったに過ぎないのではいう疑念が残りました。

そうした目で見れば、そもそも、黒田氏が記者会見で語ったという「消費税の2段階の引き上げによって日本経済の成長が大きく損なわれるということにはならないと、日銀政策委員会のメンバーは考えている」というコメントも、黒田氏自身は肯定しているのか、他のメンバーの意見を紹介したまでで否定しているのかさえ明らかではないとも言えましょう。

 清水直哉氏は自らのコラムの結論を、「総裁就任時、黒田氏を安倍氏のブレーンたちと同様のリフレ派だとみなす空気もあった。だが、仮に「増税はできる限りデフレ脱却後にすべきだ」と考える人々をリフレ派と定義するなら、黒田総裁は彼らとは一線を画す覚悟を決めている」と決めつけていました。

ただ、シェイブテイルに言わせてもらえば、黒田総裁は、清水直哉氏の意見と一線を画しているだけ、という気がします。

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