日銀は今度こそ本気なのか
日銀が前回の金融政策決定会合で、事実上1%のインフレ目標政策を導入することを決めて約1ヶ月経ちました。
その間為替は1ドル77円台から82円台へと円安が進み、株式市場では日経平均が9000円弱から約10000円へと上昇し、日本経済へは好影響を与えています。
ただ、日銀は「もう十分金融緩和をしており、金融政策だけでデフレを脱却することは困難」という立場を今も変えていません。 リーマン・ショックの際には世界的に急激な景気後退が生じ、いくつかの国では消費者物価指数(CPI)が0%への落ち込みを経験しています。 これらの国々と日本とを対比してデフレ脱却への道のりについて考えてみましょう。
図1 リーマン・ショックでCPI<0%となった国々
2008−11年の各国CPI変動率推移。 リーマン・ショック当時、日本以外にもスイス・台湾・英国・ポルトガルといった国々でCPIがマイナスとなりました。*1
ただ、日本と異なり日本以外の4カ国は翌年にはCPI>0%に復帰しています。 一旦CPIがマイナスなった時、「金融政策だけではデフレを脱却するのは困難」という日銀の主張に説得力が薄いように思われます。
そこでまず2008年から2011年までのCPI上昇率4年平均値が低かった国々を17カ国集めてみました(図2)。
CPI上昇率低位国
2008−2011年の4年間のCPI上昇率が世界で最も低かった17カ国とそのCPI上昇率平均値。
この4年間でCPI上昇率がマイナスはこれらのうちでも日本だけだった。
日本だけCPI平均値がマイナスですが、これはリーマン・ショックなど、日銀の金融政策だけではどうにもならない要因のためで、日本だけマイナスとなったのは単なる偶然のいたずらだったのでしょうか。 このことを、ふたつの平均値の差が単に偶然だったかどうかを検定するt検定という統計手法で検討してみました。 CPI上昇率が低い17カ国のうちひとつを選び、その国の4年間のCPIのデータ4個と、別のある国の同期間のCPIのデータ4個との間でt検定を行ないます。そしてt検定で算出されるp値が5%を越えた場合、2国間のCPIの差は偶然生じたものと判定します。逆にp値が5%以下ならばCPIの差は偶然ではなく生じている(有意差がある)と判定します。
図3 4年間の物価平均が統計的に差がある国の比率
2008-2011年のCPI平均値を自国と自国以外の16カ国それぞれでt検定した時に有意差がついた国の比率。
日本は物価水準が最低だが、世界で2番目に物価水準が低いスイスとさえ4年間の物価水準に有意差があり、
統計的にどの国との間にも有意差がある。
これを見ますと、日本・スイス以外の国々は16カ国中70%以上の国々と4年間の物価水準に差がないと言えます。これに対し、スイスの場合は70%(11カ国)との間では物価水準に有意差があります。そのうち10カ国はスイスより有意差を持って物価水準が高く、残る1カ国(日本)はスイスより有意差をもって物価水準が低いという結果でした。 そして日本は他の16カ国とは統計的に有意に異なる物価水準(勿論他国よりも低い物価水準)を達成しています。
このt検定が意味するところは、世界中をリーマン・ショックが襲い、CPI<0%となる国々がいくつもあった中でも、物価水準の狙うところが最低の日本→それに次ぐスイス→その他の国々と、物価水準に有意差がある3グループに分けられるということです。*2
2009年には日本以外にも5カ国、CPIがマイナスに落ち込んだ国がありましたが、これらの5カ国は翌年にはいずれもすぐCPI>0%に持ち直しました。しかし日本だけはCPI=0%近傍にとどまりました。 少子高齢化もここに掲げた17カ国の殆どで問題となっていますが、物価が上がらないのは日本だけ。
統計的な考察からは、これまで日本だけはCPI<0%に留まっても敢えてそこから脱出する努力をしていなかったように見えます。
日銀は今後中期的にCPI=1%を目指すのだそうです。ただその対策としては今のところわずか10兆円の金融緩和でお茶を濁しています。 数10兆円規模のデフレギャップからみて、物価水準がスイス・その他の国々と有意差がなくなることは今のところなさそうです。
今後日銀が本気でデフレ脱却を目指すようになったかどうかはここに示したように統計学的に検証できます。日銀は今度こそ退路を絶たれていると理解してほしいものです。