シェイブテイル日記2

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説明的MMTと規範的MMT

ランダルレイ「MMT現代貨幣理論入門」にはいろいろと少々聞き慣れない用語もでてきますが、「説明的」と「規範的」という用語もそれにあたるでしょう。

 

「説明的」、あるいは「記述的」(descriptive)とは、現実を観察して「こうである」と客観分析すること。一方の「規範的」(prescriptive)とは、いわば「こうあるべき」という理念といったところでしょうか。

 

同書9章6節「結論-MMTと政策」を引用します。

ーーーーーーーーーーーーー(レイ「MMT現代貨幣理論入門」p477)

ある面において、MMTアプローチは「説明的」である。MMTアプローチは、主権通貨がどのように機能するかを説明する。我々が、キーストロークによって支出する政府について述べ、主権通貨の発行者が貨幣不足に陥ることはあり得ないという時、それはやはり「説明的」である。 国債売却を、中央銀行金利誘導目標を達成するのを手助けする金融政策の一部に分類することも「説明的」である。そして最後に、変動相場制が最大の国内政策余地を与えると論じる時、これもまた「説明的」である。

 

一方、機能的財政論は「規範的」な政策の枠組みを提供する。機能的財政論は、主権を有する政府は完全雇用を達成するために財政・金融政策を運営すべきという。

(中略)

就業保障の提案(注:いわゆるジョブギャランティプログラム、JGP)をMMTアプローチに含めることについては、議論が分かれている。MMTは純粋に「説明的」であるべきで、いかなる政策も推奨すべきでないと主張する者もいれば、就業保障プログラムは最初からMMTの一部だと主張するものもいる。

我々は20年前にMMTアプローチを展開し始めたが、最初から就業プログラムを取り入れていたので、実のところは後者が正しい。(後略)

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レイはMMTを構成するフレームワークのうち、租税貨幣論や会計的なアプローチは「説明的」で、事実を述べていだけであるのに対し、機能的財政論やJGPは社会的な理想、つまり「規範的」なものと分けて捉えています。

そしてその上で、レイ自身はMMTを構成する「説明的」要素と「規範的」要素は不可分としているわけですね。

 

ところがその後でレイはこう続けています。

ーーーーーーーーーーーーー(レイ「MMT現代貨幣理論入門」p481)

とはいえ、MMTの教義の大部分は誰でも取り入れることができる。その政策「規範」に同意することなく、単にMMTの「説明的」な部分を利用したいならば、それも可能である。MMTの「説明」は政策立案のための枠組みを提供するが、政府が何をすべきかについては意見を異にする余地がある。主権通貨を発行する政府にとって支出能力は問題とならないことをひとたび理解したならば、今度は、政府は何をすべきかという問題が最も重要になる。我々はそれについて意見を異にすることが可能である。

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要するに、レイは「規範的」要素もMMTの不可分の一部とする一方で、MMTの「説明的」な要素を政策立案に援用することも可能としているわけです。

 

さて、MMTでは「政府支出が先行して後から民間預金が生成する」というspending first とよばれる事実もまた「説明的」に理論づけられています。spending first は租税貨幣論の中で、政府支出額>納税額でなければ原理的に納税が不可能という説明も可能ですし、内生的貨幣供給論(銀行貸出により同額の預金が生成する)の仕訳を通じても説明可能ですが、財政支出が民間預金に先行するという事実は、一般社会の常識を覆すもので「貨幣地動説」とよんでも良いと思われます。*1

 

このspending first を理解しているかどうかを横軸に、積極財政を支持するかを縦軸に取ると下図のような財政政策地図を描くことができます。*2

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この図の中で、レイ、ケルトンら米国MMTと、日本で最初にMMTを紹介する書籍を出した中野剛志氏の推す政策(ここでは”中野MMT”と記載しました)は、積極財政に対する支持の程度が明らかに異なりますので、上下に別の場所にプロットされることになります。つまり、中野MMTではインフレが制約となるまでは公共投資を含む積極財政を支持しますが、米国MMTでは、裁量的な財政政策を嫌い、完全雇用につながる財政政策を推しています。

 

とはいえ、上述の通り、レイ自身がMMTの「説明的」フレームワークを政策立案に活用できるとしていることから、レイが中野MMTあるいはデフレ日本型MMTといった派生MMTを容認する可能性はあるでしょう。*3

 

シェイブテイルが日本でMMTにもっとも詳しいと捉えているリッキー氏のブログによれば、Seccarecia および、Kadmos & O'Hara といった人々は、MMTの中にJGPが入っているべきとする「MMT第一世代」とは異なる「MMT第二世代」なのだとか。*4

 

以上の考察から、シェイブテイルとしては「説明的」MMTを否定すればもはやMMTではありえないが、「規範的」MMT部分については国情、思想背景などから複数のMMTが併存してもおかしくないと考えています。みなさんはいかがお考えでしょうか。

 

 

 

 

 

*1:西田昌司議員も国会質問で貨幣地動説について説明していました。

*2:拙書「MMT現代貨幣理論で解ける財政政策」4-2より引用

*3:もっとも、中野剛志氏自身は自分がMMTerだと思われるのは不本意だといったとの話もあります。

*4:MMT⑩ 第2世代? - 断章、特に経済的なテーマ