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連鎖方式での消費者物価指数算出の意義は意外に大きい

【要約】
・エネルギーや米以外の穀物価格高騰は日本ではデフレ要因となる。
・日銀はこれまでの固定基準方式CPIに加え、連鎖方式CPIを扱うことになったが、その意義は意外に大きい。

去る5日の日経朝刊では、消費者物価指数の二極化傾向を伝えています。

デフレ経済、実感とズレ 物価が「二極化」 テレビなど大幅値下げ 食品など必需品値上げ
2011/12/5付 日本経済新聞 朝刊  
消費者のデフレ予想が薄らいでいる。10月の消費者物価指数(CPI)は4カ月ぶりにマイナスに転じたが、消費者の7割は先行きの物価上昇を見込んでいる。モノやサービスの価格が「二極化」し、食料など必需品の価格が上がっていることが背景だ。ただ、日本の主力産業は値下げ競争が激しい分野にあり、生活感覚とは裏腹に、デフレ脱却の道のりは遠そうだ。(関連記事経済面に)
 10月の全国CPIは値動きが激しい生鮮食品を除くベースで前年同月比0.1%下落。前年のたばこ値上げなどの特殊要因が消え、より実態に近づいた。
原油穀物高騰
 専門家の間ではデフレ基調は続くとの見方が支配的だ。日銀は10月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)で2011年度、12年度とも物価上昇率は0%近辺と予想。民間エコノミストでは、マイナス0.1〜0.2%との予想が多い。
 にもかかわらず、消費者の見方は異なる。内閣府の10月の消費動向調査によると、1年後の物価見通しは「上昇する」との回答が69.6%と前月比2.4ポイント増加。直近の底だった09年12月(29.2%)から40ポイント以上増えた。消費者がデフレを実感しにくい最大の理由は原油穀物など商品市況の高騰で、生活必需品の値上げが増えていることだ。
 CPI(生鮮食品を除くベース)の個別品目をみると、価格が上昇した品目の割合は36%に拡大。下落は51%と、直近のピークだった10年5月(68%)に比べて縮小した。来年1月には家庭用小麦粉や蛍光灯などの値上げが相次ぐ。
 CPIは財とサービスに分かれ、構成比率は半々。財は家電など「耐久財」と衣類など「半耐久財」が各7%、残り36%が食料品やガソリンなど「非耐久財」だ。消費者のデフレ予想が強まった2002〜04年と09年は、3つの財すべてが下落基調だったが、最近は非耐久財が上昇している点が違う。
(以下略)

この「物価二極化」について、もう少し詳しく見てみましょう。

図1消費者物価指数の成分 エネルギーと教養娯楽用耐久財
 図1は、消費者物価指数を構成する製品群から、「エネルギー」と「教養娯楽用耐久財」とを抜き出したものです。
教養娯楽用耐久財、つまり薄型テレビなどの大幅な価格下落は、実態と生活実感に乖離はありません。
 これに対し原油を代表格とするエネルギー物資はリーマン・ショック以前、つまり’08年までの日本以外の世界的バブル傾向の中で価格が高騰し、欧州危機までは、新興国需要にも支えられて価格が高騰しています(図2)。
[世] 国際商品価格の推移(月次:2006年1月〜2011年10月)(原油価格(WTI)、原油価格(ドバイ)、原油価格(ブレント))  
図2 原油価格推移 *1
 ご存知の通り、日本ではエネルギー資源の大半は海外から調達しています。 
以前のエントリーで書いたように、ある製品の売上というものは、海外からの調達品に対する支払いと、日本国内の誰かの所得だけから構成されていますので*2、海外でエネルギー資源価格が高騰してエネルギー資源の費用を海外に支払う金額が増える、ということは、企業の売上が一定であるなら、国内企業に支払える費用や、自社従業員への給料支払原資が減ることを意味し、デフレ要因であることが分かります。
米国ではトウモロコシの利用先が畜産向けよりもバイオエタノール製造向けが上回るなど、米以外の穀物価格もエネルギー資源高騰に引きずられて高騰し、その結果パンなどの生活物資が値上がりしていますが、米以外の穀物の多くを海外に頼る日本にとっては、穀物高騰もデフレ要因だと理解されます。
 「ガソリンやパンが値上がりしたが、給料は下がった」という「庶民の生活実感」とは、日経新聞が言うような「物価の二極化」というよりも、単純にデフレの進行と見る見方が日本経済の実態に即しています。

同じ日の日経には、日銀が連鎖式CPIを使い始めたことも報じられています。

日銀、デフレ把握へ指標多様化 「連鎖式CPI」採用 金融政策の判断に影響も 2011/12/5 日本経済新聞 朝刊
 消費者の日々の実感とズレる物価指標。デフレの実態をつかもうと、日銀は10月の展望リポートから「連鎖式消費者物価指数(CPI)」を参考指標として扱い始めた。日銀は1%程度の物価上昇率が見込めるまでゼロ金利政策を続ける方針だが、金融政策の判断にも微妙な影響を与える可能性がある。
 公式のCPIは5年に1回、消費動向に合わせて構成する品目や割合を見直す「固定基準年方式」。基準改定の際に大幅修正する「段差」が生じやすい。
 今年8月の2010年基準への改定では0.6%下方修正された。家電エコポイントや地上デジタル放送への移行で販売が好調だったテレビの割合が高まったためだ。テレビは値下がりが激しく、基準改定前より全体の指数が下がりやすくなったとの指摘もある。
 「連鎖式」は毎年割合を見直し、「段差」を生じにくくしている。半面、基準が年々動くためデフレ局面では基準年から離れるほど公式CPIより低めに出る傾向がある。10年の連鎖式CPIは前年比1.0%下落と、05年基準の公式CPI(0.7%下落)より下落幅が0.3ポイント大きくなった。日銀は値動きの激しい品目を除いた平均値など複数の指標を見て、総合判断するとしている。

 この話は、見かけの地味さに比べ、大変重要な内容を含んでいるように思われます。
図3は、これまで日銀が専ら使っていた固定基準方式のCPI、連鎖方式のCPI、名目GDPと実質GDPの差であるGDPデフレータということなる物価指標による日本の物価推移を示しています。

図3 各種物価推移(2005年=100) *3
日銀が金融政策の基準に用いている固定基準方式CPIはこの6年間で殆ど下げていないにも関わらず、食料エネルギーを含まない連鎖方式CPI及びGDPデフレータは年率1%程度の下落を続けています。
これは固定基準方式CPIが、「基準年の2005年と同じ製品バスケットを買うとしたら」いくらかかるのかという計算方式をとっていることが関係しています。
 平均的なサラリーマンでは2005年から2010年の5年間に年収は437万円から412万円へと6%も減少しているため、昼食にレストランに行くのを諦めて、コンビニ弁当を買ったり、競馬や映画鑑賞を諦めてモバゲーで憂さ晴らししたりといった現実の消費行動変化があるわけです。経済学用語で言えば、デフレ経済では著しい下級財シフトがある、といえます。
ところが固定基準方式CPI算出では「2005年と同じ製品バスケットを買う」というの前提となっており、下級財シフトを考慮しない算出前提がデフレ日本では非現実化しているものと考えられます。 筆者としては、少なくともデフレ環境では固定方式CPIの上方バイアスは無視できないほどの歪みがあり、その主因はデフレでの賃金抑制を介した下級財シフトだと考えています。
 これに対し、連鎖方式CPIは、購入する製品バスケットを毎年見直す方式ですので、をより実態に即して反映していると言えます。 
 GDPデフレータも1994年以降、連鎖方式を採用していますので、これも正しく物価動向を反映していると言えましょう。*4
 「年間1%位、大した差ではないのでは?」とお考えの向きもあるかもしれません。 
しかし日銀は継続的に固定基準方式のCPIを精度よく0%に維持していることは統計的に明白です。*5
これをGDP全体でみれば、1年間で5兆円の差、デフレが継続し始めた’97年からの14年間では累積の差は500兆円以上になります。*6
 野田政権は年金問題財政再建にむけてと称し、消費税アップに血道をあげていますが、そんなデフレ不況深化策と比べて、政府・日銀が連鎖方式CPIをプラスに維持する金融財政政策を採ることの方がどれだけ優れているか論をまちません。*7 
これから、日銀が連鎖方式を重視してくれるのか、前例にこだわり、実態を反映しない固定基準方式での金融政策を続けるのかは不明ですが、注目される動きであることは確かです。

*1:世界経済のネタ帳より

*2:企業の売上は必ず誰かの所得

*3:出所:固定基準CPIとGDPデフレータIMF World Economic Outlook Apl.2011、連鎖方式CPIは総務省統計局

*4:古い文献にはCPIには上方バイアスがあり、GCPデフレータには下方バイアスがあると書かれていますが、連鎖方式ではバイアスは小さいわけです。

*5:世界一優秀な中央銀行はどこか

*6:1%+2%+…+14%=105%

*7:橋本政権でデフレ下に消費税アップをして、現在に至る不況があります。