シェイブテイル日記2

シェイブテイル日記をこちらに引っ越しました。

経営の神様でも悩むだろう現代日本の有り様

日本の物価は、わずかに上昇し始めたようにも見えます。
ただ、内閣府IMFでは2年以上の一般物価下落をデフレと定義されていることから考えても、コアコアCPIがわずかにプラス領域に入ったから、といって、それでデフレが終了、と捉えるのは早計です。

今後消費税が増税されるのに、その増税幅と同等以上のマネーを民間に還流しないのであれば、民間を巡るお金がないのですから、あたかも椅子取りゲームよろしく、日本経済は今後再び収縮に向かうでしょう。

ところで昨日、Policy Analist氏が自身のブログで、「ソニー化する日本」と題し、革新的企業だったソニーの変質について分析しています。

ソニーの凋落を示す象徴的な話だが、いったい何がソニーを変えてしまったのだろうか。元幹部たちの話を総合すると、その原因は以下の3点に要約される。
•経営陣の劣化
•米国型経営の導入
•モチベーションの低下

(某OB)
「……それにしても、ソニーは変わってしまった。われわれの世代が築いた技術屋の魂は受け継がれていない。人事部や営業部出身で、技術の先読みができない文系の人間が出世している。もうソニー精神のかけらも残っていないでしょう」

元副会長、ウォークマンの産みの親ほか かつての幹部が実名告白 あぁ、「僕らのソニー」が死んでいく (現代ビジネス)

Policy Analyst氏は更に、このソニーの凋落ぶりが、日本経済の凋落ぶりとに重なって見えることを指摘しています。

不気味なのは、ソニーの凋落が、日本の凋落の縮図に見えることです。たとえば、守りを重視し、リスクを極度に嫌う「凡庸な官僚的人物」が上層部を占め、「知力に優れた者」が排除される点です。
ソニー化する日本  2014-02-25 Think outside the box

ところで、経営の神様と言われた松下幸之助氏は「不況心得十訓」という不況対処法を遺しています。

  1. 不況といい、好況といい人間が作り出したものである。人間それをなくせないはずがない。
  2. 不況は贅肉を取るための注射である。今より健康になるための薬であるからいたずらに怯えてはならない。
  3. 不況は物の価値を知るための得難い経験である。
  4. 不況の時こそ会社発展の千載一遇の好機である。商売は考え方ひとつ、やり方ひとつでどうにでもなるものだ。
  5. かつてない困難、かつてない不況からはかつてない革新が生まれる。そしてかつてない革新からは、かつてない飛躍が生まれる。
  6. 不況、難局こそが何が正しいかを考える好機である。不況の時こそことを起こすべし。
  7. 不況の時は素直な心で、お互い不信感を持たず、対処すべき正しい道を求めることである。
  8. 不況の時は何が正しいか考え、訴え、改革せよ。
  9. 不景気になると商品が吟味され、経営が吟味され、経営者が吟味されて、そしてことが決せられる。 従って非常に良い経営者のもとに人が育っている会社は好況の時は勿論、不況の時は更に伸びる。
  10. 不景気になっても志さえしっかりと持っておれば、それは人を育てさらに経営体質を強化する絶好のチャンスである。

不遜にも経営の神様の結論に対して、筆者シェイブテイルに言わせていただくならば、松下幸之助氏がもし現在も健在だったとしても、15年から20年連続デフレという、世界金融史上にも前例がない日本のデフレの中にあっては、さしもの経営の神様でもそれほどリスクテイクしようとはしなかったのではないだろうか、ということです。

正直なところ、十訓の中でも2.〜5.、あるいは9.あたりは現代デフレ日本にいる私としては、その実効性について首をかしげてしまいます。

 「1000兆円を超す国の負債」を背景にして破綻寸前という理屈のはずの円貨は、現実には、ちょっとした世界経済変動でもなぜか「安全資産」として買われます。

 こうしていつ円高不況に陥るのかさえ分からないデフレ日本では、そうでなくてもデフレで実質金利が高いため、銀行としてはその実質金利を上回る収益を上げる稀な会社を探すよりも、単純に国債を買ってほっておく方がローリスク・ハイリターンが得られる状態です。

要するに、松下幸之助が想定したであろう「不況」とは景気循環する中での不況であり、現代デフレ日本の不況とは銀行だけはカネあまりなのに、民間ではマネーが不足し循環しない、右肩下がりの不況なんですね。 

そうした、普通ではない経済、デフレ経済にあっては、何もせず貯金すること、あるいは社内でもいわれた以上のことをせずに、リスクを取らず、ノリをこえないことこそが「人材価値」なんですね。

だから、昔のソニーOBが嘆くように(ソニーに限りませんが)、今のデフレ日本での経営者たちには「小粒であること、小役人のような性格であること」こそが求められているわけです。

 そして、政界でも、大きなことを考える政治家はデフレで政策的に失敗する可能性が高まっているため、ノリをこえず決められた通りを踏襲する能力が高い官僚たちが力を得、その振付通りに動くロボット型政治家が政界の中心付近にも進出する、という状態となっています。

なぜこのような、かつての日本、あるいは世界の他の国々とは価値観が逆転した日本になっているのでしょう。 

それは単に、民間に流通するマネーが不足する、デフレが継続しているからです。それだけの話です。

因みに、日本は先進32カ国では唯一中期的デフレ国です。

これは比較対象を物価水準取得可能な全世界175独立国に広げても、日本だけ。 *1
また15年を超える連続デフレというものは、1930年代の大恐慌や、19世紀の24年間にわたる「大不況」でもなかった、数百年にわたる世界金融史上での珍事です。

政府・日銀は今をもってしても、銀行にはベースマネーとして潤沢すぎる程のマネーを供給しながら、それ以外の民間には財政政策を活発化させるなどで必要なマネーを十分供給しようとはしていません。

そして、消費税増税を通じ、国債という、日銀でのマネーの元となっている資産の削減を当面の国策としようとしていますから、この世界金融史上の珍事、長期連続自主デフレ、ひいては自主的名目GDP削減はなおも続き、政官民ともに与えられたテストで100点を取る能力だけが優れた、何の面白味もない人間だけが幅を利かす世の中が今後も続くのかもしれません。

*1:短期で言えば、ここ数年は、日本のように不況下に緊縮を続けているギリシャも、以前の高めのインフレが一転してデフレになっています。

ヴェルグルの奇跡以前にも「老化するお金」は実験されていた

不勉強な私は、ゲゼル発案の老化するお金の最初の実践はチロル地方のヴェルグル町長によるもの、と思い込んでいました。

「みち」という雑誌の巻頭言を執筆されている天童竺丸氏によれば、ヴェルグル以前に、ドイツで実験されていたとのことです。

世界恐慌に喘いでいたヨーロッパでゲゼルの「老化するお金」の最初の実験となった自由通貨「ヴェーラ」(Wära)には紙幣の裏面に一二の小さな桝が印刷されていて、その空欄に月ごとに額面の一パーセントに相当する額のスタンプを貼るようになっていた。つまり、ヴェルグルの「労働証明書」と同じく、一月に一パーセントずつ価値が減るというお金だったのである。
 ヴェーラはゲゼル理論信奉者だったハンス・ティムとヘルムート・レーディガーによって準備が進められ、ニューヨーク証券取引所のブラック・マンデーによって世界大恐慌が勃発した一九二九年一〇月、まさにその月に誕生した。ヴェーラ交換組合がドイツのエルフルトで設立されたのである。
 ヴェーラ交換組合の組合員はまたたく間に増えて、二年間に一〇〇〇社以上になった。組合員は当時のドイツ帝国のすべての地域に分布していて、その職種は食料品店、パン屋、酪農場、飲食店、自然食品店、肉屋、花屋、床屋、手工業品店、家具店、電機店、自転車屋、各種の工房、印刷所、書店、石炭販売店などさまざまな分野に及んでいた。
●このヴェーラを最初に町ぐるみ採用したのは、実はヴェルグルではない。ドイツのバイエルン地方の石炭鉱山町シュヴァーネンキルヘンだった。恐慌のあおりを受け閉鎖された鉱山の石炭を担保に鉱山主ヘベッカーが一九三一年にヴェーラを発行して鉱山を再開したのである。そして、人口五〇〇人足らずの小さな町に奇跡が起こった。

●ドイツのシュヴァーネンキルヘンにおいても石炭鉱山の労働者に支払われた自由通貨のヴェーラを、当然のことだが地元の商店では受け入れなかった。そこで鉱山主ヘベッカーはみずから鉱山労働者専用の日用雑貨店を開き、品物をヴェーラで売ることにした。
 ここで奇跡が始まる。新しい店には鉱山の従業員だけでなく、それまで他の店で買い物をしていたお客までが殺到したのだ。老化するお金ヴェーラは「素早く回転する」というその本質から、すでに鉱山従業員の手から他の人々の手へとわたっていた。ヴェーラを受け入れてくれる店舗が他にないという事情から、新しい店で買い物をする。
 それまで自由通貨に冷淡だった商店主たちも新しい店の繁盛ぶりを見ると、エルフルトに本部を置くヴェーラ交換組合にドッと押しかけ「われわれにもヴェーラを扱わせてくれ」と申しこむ。多くの企業もヴェーラを受け入れるようになり、周辺の町や村も関心を示す。
当然ながらこの奇跡は、不況に喘ぐドイツで話題になってニュースが全国的に伝えられたのだった。
●その勢いが国境を越えてスイスに拡がり、ヴェルグルでも奇跡を起こしたことは本稿の最初に述べたとおり。
 その「いいことずくめ」のヴェーラがなぜ使用されなくなったのか。ヴェルグルと同様ここで登場するのが「国家による通貨発行権」なのである。ヴェーラの止まることを知らない流通ぶりを、ライヒスマルクに対する脅威と見なしたドイツ帝国銀行は一九三一年一一月、ヴェーラを禁止してしまう。奇跡はわずか数ヶ月しかつづかなかった。
●「国家の通貨発行権」が真に経世済民のためにあるなら、奇跡の経済復興を成し遂げつつある自由通貨というものを座視するはずはなく、まして禁止するはずもない。となれば、ドイツにおいてもスイスにおいても、通貨が経世済民のために発行されていたのではなく、「国家の通貨発行権」に寄生し、これを簒奪した一部の勢力の存在を疑わせるに足りる。
 もしも、敗戦処理の不平等と世界恐慌とに痛めつけられていたドイツ、そしてスイスで、国家通貨によって自由通貨を封殺するのではなく、両者が共存し、さらに進んで国家通貨そのものが自由通貨に倣ってその性格を変えていたとしたら……。
 経世済民のための通貨というものを徹底的に考えて自由通貨を提唱したゲゼルを、英国の経済学者ジョン・メイナード・ケインズも高く評価していた。ヴェーラ禁止の五年後に刊行した『雇用・利子および貨幣の一般理論』(一九三六)の中でケインズはこう述べている。

 こうした改革者たち(シルビオ・ゲゼルやアーヴィング・フィッシャーなど自由通貨の提唱者)は貨幣に持ち越し費用を課すことの中に問題の解決を見てきたのであるが、彼らは正しい途にいたのである。このような解決は法定の支払手段に決まった料金を負担するよう周期的に義務づけるものであろう。……スタンプ貨幣の背後にある理念は健全である。

 そのケインズは生涯最期の奮闘として戦後の国際通貨体制を策定する一九四四年七月に米国ブレトン・ウッズで開かれた国際会議で、「マイナス利子の観念に基づく国際精算同盟」を提案している。ゲゼルの「老化するお金」を国際通貨の決済基準にしようという大胆な提案だった。だが、この提案は葬り去られ、米国の獅子身中の虫たるハリー・デクスター・ホワイトの提案した「市場原理案」が採用され、今日にいたる虚妄のブレトン・ウッズ国際通貨体制が確定したのだった。
●本稿で紹介したように大きな起爆力を秘めていることが実証されている自由通貨を国家通貨と共存ないし合体させることができれば、実体経済からはるかに懸け離れてしまった今日の国際的なカジノ経済を正当な姿にもどすための決定的な秘策となりうるのではないか。「老化するお金」「マイナス利子」という考えは真の経世済民の思想に基づいている、と私には思えるのである。

引用元 :「みち」 (文明地政学協会) 

 みち144号(平成14年07月15日) 自由通貨と国家通貨を合体せよ  

 みち143号(平成14年07月01日) シルビオ・ゲゼル「老化するお金」   

 みち142号(平成14年06月15日) チロルの町ヴェルグルの奇跡

シルビオ・ゲゼルの理論を実行に移せばどの国でもデフレ脱却に向けて動き出すもののようですね。