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消費税増税には慎重であるべきこれだけの理由

今日の新聞では安倍首相が消費増税について予定通りの引き上げから引き上げ見送りまで、複数案の検証を支持したことが報じられています。

 安倍晋三首相が来年4月に予定する消費増税による景気や物価への影響を再検証するよう指示したことが26日明らかになった。政府は法律で定めた通り消費税率を現行の5%から10%に2段階で引き上げる場合を含め、増税の開始時期や引き上げ幅を変える複数案を検討する。デフレ脱却を重視し、増税が来春以降の景気腰折れを招かないよう、追加的な景気対策の実施も視野に万全の準備で臨む構えだ。

消費増税、複数案を検証 首相が指示 上げ幅見極め 脱デフレ重視 日経新聞 2013年7月27日

こうした増税先送り案について、財務省は否定的な見解を示しています。
以下は、昨年5月に当時の民主党政権下で財務副大臣だった五十嵐文彦氏の名前で、財務省ウェブサイトに載せられている見解です。

Q.経済成長すれば増税しなくても財政再建は可能という説がありますが、どのように考えていますか?

A.ご質問にお答えいたします。

社会保障と税の一体改革等による財政健全化と、成長のための施策は、一体として進めていく必要があります。経済成長については、政府としては、「新成長戦略」等において、2020年度までの平均で名目成長率3%、実質成長率2%程度を政策努力の目標として掲げ、様々な施策に取り組んでいるところです。

しかし、高い経済成長を実現し、税収が増加したとしても、
(1) ただでさえ高齢者数の増大により毎年1兆円の自然増が見込まれる社会保障費等に、成長に伴う物価上昇などのためさらなる増加圧力がかかること、

(2) 名目成長と同時に国債金利も上昇するが、現在の債務残高は既に巨額に達しているため、国債の利払費が急速に増大すること
など、成長に伴って歳出も増加することに注意が必要です。歳出が約90兆円に対して税収が約42兆円(平成24年度一般会計予算)と、歳出規模が税収を大きく上回る現在の財政構造のままでは、場合によっては歳出の増加が税収増を上回ることも考えられます。そのため、社会保障の効率化や税制改革により、こうした財政構造の是正を同時に図らない限り、経済成長のみによって財政収支を持続的に改善することは困難です。

財務省ウェブサイト>よくあるご質問 > 副大臣がお答えします > 経済成長による財政収支の改善

ここで五十嵐氏が指摘した、増税不可避の根拠、(1)今後社会保障費の毎年1兆円の自然増がある他に、経済成長があれば物価上昇により更なる増加圧力が加わること、及び(2)名目成長に伴い国債金利も上昇するため、国債利払い費増大が懸念されること、このふたつの論点は一見妥当な論点に見えますが、仮にCPI2%、名目GDP3%増といった同じ経済成長局面を考えれば、増税があってもなくても等しく債務残高増加要因になります。 

従ってこれら二点は増税の可否を論じるにあたっては実は考慮するに及ばない論点であり、こうした増税とは無関係の債務増大要因は除いて、増税による総税収増減と経済成長にともなう自然増収について考えればそれで結論が出ることが分かります。

経済成長に伴う自然増収について、上記財務省ウェブサイトでは続けて次のように考察しています。

なお、近年の税収弾性値は高くなっており、経済成長により大幅な税収増が見込めるとの指摘もありますが、比較的安定的な経済成長を実現していたバブル期以前の平均的な税収弾性値は1.1です。研究者の分析では、近年は分母である成長率がゼロ%前後であることなどから数字が大きく振れやすくなっており、所得税の累進性が緩和されてきたことや、比較的弾性値の低い消費税のウェイトが上がってきていること等を踏まえれば、本来の税収弾性値は低下傾向(1強程度)と見られています。
(注1)税収弾性値とは、経済成長に応じて税収がどの程度増加するかをあらわす指標で、具体的には、税収の伸び率を名目GDP成長率で除して算出されます。

ここで出てきた税収弾性値という論点は大変重要です。

図1は1980年から2012年までの名目GDPと税収の関係をプロットしたものです。これを見ますと、高度成長期からバブル期にあたる1980年から1991年までと、デフレの兆しが現れた1995年ころから現在まででは名目GDPと税収との相関の様相が変わってきたことが分かります。

図2では名目GDPと税収の自然対数値をプロットしました。この傾きは税収弾性値を示します。*1 この図から分かるように、五十嵐氏の説明とは逆に、デフレ経済の現在は高度成長期やバブル期よりも税収弾性値が高くなっています。 実際には1980年-1991年の税収弾性値が1.2に対し、1995年-2012年では弾性値は2.6と二倍以上になっています。

デフレ期にはバブル期以前よりも税収弾性値は大きくなっている
図1(左)名目GDPと税収  図2(右) 名目GDPと税収の自然対数値
出所:名目GDP=IMF WEO April 2013 ,税収=財務省ウェブサイト

デフレ期に税収弾性値が大きくなることの説明を試みるとすれば、デフレ不況が進めば赤字法人は法人税を殆ど払わなくなります。また個人も失業したり年収が減少すると、所得税は累進性があるため、所得税収も大きく落ち込みます。
デフレ回復期はこれが逆に働き、法人の黒字化と個人の雇用増・年収増により法人税所得税とが大きく増えると想定されます。従って、完全雇用が実現している時代に比べて、不完全雇用しか達成されていないデフレ期には上下双方とも税収が大きく振れることが予測されます。
 実際2003年から2007年にかけての好況期と今回のアベノミクスでは政府が予想する以上の税収増がありました。
【デフレ期には税収弾性値が大きいということは、マネーを増やすなどの適切な経済政策で完全雇用に近づけることができれば大きな自然増収が生じますので、アベノミクスによりデフレ自身から税収財源が生じているという見方もできますね。】

結局のところ消費税を増税すれば、何らかの景気対策を行わない限り、名目GDPが落ち込み、税収弾性値が政府想定よりも大きいことから政府想定以上に税収が落ちこむことになります。(景気対策を実施しなければならない増税ならば、財政再建という観点から見ると増税する意味がありませんが。) 

1997年の橋本増税では消費税を上げたにも関わらず、デフレ不況を招いたためにその後の総税収は却って減りました。(こちらの図2、図3を比較してください。)

なお、1997年の消費増税後のデフレ不況は消費増税によるものではなく、同年7月に起きたアジア通貨危機によるものという説が根強く語られています。

しかし、この説は二つの観点から見て、根拠が薄いと考えられます。 

ひとつには当時のGDP推移を成分別にみてみますと(図3)、消費税増税アジア通貨危機があった1997年頃、落ち込んだのは純輸出ではなく、総固定資本形成だったことです。つまり1997年以降のGDPの落ち込みは内需から発生していて、外需が落ちこむのは1999年以降で、当時のGDPの落ち込みがアジア通貨危機を起点に発生したという説明には無理があります。

1997年にはアジア通貨危機に先んじて、内需からGDPが落ち込んだ

図3 アジア通貨危機当時の日本のGDP変化
出所:内閣府国民経済計算
1996年を基準としてその後のGDPとその成分の変化額を示した。
アジア通貨危機は1997年7月に発生した。
1997年以降のGDP減少は内需(主に総固定資本形成)減少から生じている。
純輸出はその後も増加し、減少に転じるのは1999年以降。

もうひとつは、この当時の物価推移を見てみると、唯一日本だけがこの時期以降、物価下落に転じているのに、アジア通貨危機の当事国タイにしてもその他の主要国にしても、デフレに陥った国はひとつもないことです。 アジア通貨危機がその後の日本のデフレ不況の転機となったのであれば、他の諸国にはデフレ傾向が全く認められないことをどう説明するのでしょう(図4)。

アジア通貨危機を経てもデフレ化したのは日本のみ

図4 1997年前後の物価推移(GDPデフレータ)
出所:IMF WEO  1990年=100。
日本は1997年頃からデフレ化が顕著だが、アジア通貨危機の当事者国を含め
日本以外にデフレ化した国は存在しない。
IMF WEO最新版によれば、アジア危機後15年を経た2012年時点で、日本の物価の
上昇率は、CPI(△0.0%)、GDPデフレータ(△0.9%)であり、IMFのデフレの定義
「2年以上続けて物価指標がマイナス」に合致するのは世界186カ国中日本だけ。


 筆者としましては、アベノミクスにより折角デフレ脱却の端緒をつかみかけつつあるのですから、デフレ脱却による大幅な税収増を享受することこそ、日本の債務問題への解決策であり、ここで消費税増税により景気の腰を折ってしまえば再びデフレを深化させ、却って債務問題を拡大してしまうものと考えます。 デフレ脱却により完全雇用が達成されれば、税収弾性値が下がっているはずですから、増税に対する日本経済の耐性は今よりずっと大きくなっているでしょう。

*1:その理由はこちらを参照してください。