シェイブテイル日記2

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量的・質的緩和は財政ファイナンスだが、だから何だというのか

 日銀は今月4日の黒田総裁最初の政策決定会合後、2年程度で消費者物価上昇率2%の「物価安定目標」を実現するため、量的・質的金融緩和を決定しました。
その骨子はマネタリーベースおよび長期国債ETF保有額を2年間で2倍に拡大し、国債買入の平均残存期間を、現状の3年弱から7年程度に延長するなどの措置を講じることです。これにより毎月の長期国債買入額はグロスで7兆円強となります。

これを2013年度の政府発行国債額との対比でみたのが図表1です。 

黒田日銀では市中発行国債の7割を買入れる

図表1 2013年度政府発行国債額と日銀買入国債
数値の出典:ブログ「大西良雄ニュースの背後を読む」 日銀「異次元緩和」で起きた2つの異常事態
2013年度の政府発行国債予定額と、黒田日銀による量的・質的緩和での国債買入額を比較したもの。
黒田日銀では市中発行国債の7割を買入れると同時に、新規国債発行額を上回る長期国債買入を実施することに。

 黒田日銀の量的・質的緩和により、2013年度市中発行国債の7割相当、あるいは政府による新規国債発行額を上回る長期国債を日銀が買い入れることから、政府の債務を日銀が引き受ける、いわゆる財政ファイナンスかどうか、という点が問題視されるようになってきました。

 今回の量的・質的緩和が財政ファイナンスに相当するかどうかについて、識者の意見は次のようです。*1

黒田総裁
「日銀の多額の国債買い入れが、ひとたび財政ファイナンスと受け取られれば国債市場は不安定化し、長期金利が実態からかい離して上昇する可能性がある」
「量的・質的緩和による長期国債買い入れは金融政策上の目的で日銀自身の判断で行うもので、財政ファイナンスではない。日銀による国債買い入れが増加する中、それが財政ファイナンスではないかという議論を惹起しないためにも政府が今後の財政健全化に向けた道筋を明確にし、財政構造改革を着実に進めていくことがきわめて重要」(4月12日、読売国際経済懇話会)

野口悠紀雄一橋大学名誉教授早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問)
「今回の緩和策の本当の目的は私の解釈では国債を買うことだ。つまり財政ファイナンスということ。毎月7兆円くらい買うといっているが、それは年間では新規国債発行額より多い。財政赤字がいくら増えて国債が発行されても日銀が買いますと言っているわけだ。財政規律が弛緩する」

与謝野馨・元経済財政担当相
「政府と日銀が、これは財政ファイナンスではないと言っても、財政ファイナンスであるということは明らかだ。決して健全な金融財政政策とは言えない」と述べています。

山本幸三自民党衆議院議員
「(物価上昇率)2%までは国債を買うが、それを超えたら止めるのが物価安定目標政策だ。物価安定目標政策こそ、最大の財政ファイナンスに対する歯止めであり、ハイパーインフレに対する歯止めだ」

黒田日銀総裁自民党リフレ派の師匠格・山本幸三議員は、量的・質的緩和は財政ファイナンスではないという立場で、財政再建派の与謝野馨元経済財政担当相や野口悠紀雄氏らは財政ファイナンスだと見做しており、見解には相当の開きがあります。

ただ、いずれの論者の場合にも、財政ファイナンスは悪という見方では一致しているようです。
これと関係して、ちょっと面白い記事が昨日19日の日経朝刊に載っていました。*2

 日銀は18日、金融緩和の手段である市場からの国債購入の回数を従来の月6回から月8回に増やすと発表した。国債購入の総額は変えない。1回あたりの購入金額を小さくすることで、市場への影響を和らげる。

 日銀は金融機関が保有する国債をオペレーション(公開市場操作)と呼ばれる手法で購入する。従来は毎月6回のオペで計約7.5兆円を購入する計画だったが、5月から月8回に増やす。4月中も従来計画では2回のオペが残っていたが、3回に分散する。

 また財務省が実施する国債入札日には、入札銘柄と満期までの期間が重なる国債のオペは実施しないというルールを示した。一定のルールを示すことで、市場が日銀の動きを予想しやすくした。国債入札日を避けることで、日銀の国債購入が財政赤字を穴埋めする「財政ファイナンス」と受け止められることを防ぐ狙いもある。

 記事の後半の、財務省による国債入札日には、日銀はそれを直接購入したと受け取られるようなオペは実施しないという新ルールは、市場から「日銀は国債を政府から直接購入したのと同然で、財政ファイナンスだ」と断じられることを回避しているのでしょう。 細やかな気遣い、というべきかもしれませんが、市中発行国債の7割かつ、新規国債発行額を上回る国債を日銀が継続的に買い入れるとなれば、新ルールがあろうがなかろうが「財政ファイナンス」と考えて差し支えないように筆者は感じます。

量的・質的緩和開始後、国債市場である程度の波乱がありましたが、*3その原因は日銀内守旧派の「自爆テロ」によるものとの見方 *4がある一方で、市場が財政ファイナンスとみなしたから、という見方は今のところ全く聞かれません。 

市場参加者にとっては、量的・質的緩和が財政ファイナンスに当たるかどうか、なんてことよりも、日本の国債や円を持つことで損をするのかどうかが問題であり、日本国債については潜在的に無限に買い入れ可能な買い手、日銀がいる以上、近い将来国債を投げ売りせねばならない状況は考えにくく、また円についても、円が毎年2%減価させられるかどうかが議論されている日本の状況では、キャピタルフライトもまず起きないでしょう。

 従って野口悠紀雄氏や与謝野馨氏のような「量的・質的緩和は財政ファイナンス」論が市場に伝播していったからといって、黒田総裁が言う「国債市場は不安定化し、長期金利が実態からかい離して上昇する」可能性があるかといえば、可能性(possibility)としてはゼロではないでしょうが、蓋然性(probability)としては相当低いのではないでしょうか。 個人的には、2-3%のインフレ目標を順守する限りおいては、デフレ日本では財政ファイナンスは実施しても問題は生じないと思います。

 ただ、日本の金融政策をあずかる黒田総裁が慎重に言葉を選び、可能性は低いにせよ金融市場で無用な波紋を起こさないように、大胆な政策を繊細に運営しようとしていることには敬意を払いたいとも思います。