シェイブテイル日記2

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アベノミクス成果と課題

今回は「徹底分析アベノミクス 成果と課題」という本の書評です。
シェイブテイルの感想は「大変興味深いのに歯がゆい本」でした。

この本にはリフレ派、反リフレ派、財政健全派など、日本デフレ脱却の議論に登場し、対峙する立場の論客がオールスターといっていいほど登場しています。
それにもかかわらず、何が歯がゆいかといえば、デフレ脱却の肝心要の議論だけを全員が慎重に避けているようにみえることです。

立場主張こそ違え、デフレ脱却が必要という点では一致しているはずですので、その観点から主要な章を追って、各論者の視点をみてみます。

■第1章 ゼロ金利制約下では金融政策で物価はコントロールできない 翁邦雄氏
翁氏は日銀内部における金融研究の第一人者でした(現在は京都大学公共政策大学院教授)。
紙幅の大半はリフレ政策批判に使われています。

ただ、注目すべきは以下の主張です。

(ラルススベンソンの名目為替レート減価による流動性の罠脱出提案の記載の後で)物価目標を達成するうえで、原理的に有効性の高い政策のもう1つの例として、FRB理事長時代のベン・バーナンキが提言したマネタイゼーションが挙げられる。 彼は、2003年、日本金融学界において「日本の金融政策についての考察」と題して講演し、日本銀行国債購入を原資として財政当局が大規模な減税を行うことで物価を上昇させることが可能とした(Bernanke 2003)

マネタイゼーションは財政規律を破壊するリスクの高い劇薬であるが、その是非及び持続可能性をひとまず措けば、物価を押し上げるうえでの理論的有効性はスベンソン提案以上にほぼ自明と言える。

インフレ抑制を組織目的として作られた日銀の研究者として、マネタイゼーションを貶めたいというのは理解できますが、日銀が2%のインフレターゲットを有している現在、なぜマネタイゼーションが「財政規律を破壊するリスクの高い」劇薬なのか、その説明がないことには、翁氏はアベクロミクスの量的緩和は無効だが、日銀がマネタイゼーションに踏み込めば確実にデフレ脱却できると暗に主張しているようです。

■第2章 金融政策で物価をコントロールできる 片岡剛士氏
片岡剛士氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの主任研究員でよく知られたリフレ派論客です。
ただ残念なことに、この本では片岡氏はデフレ派を意識してか、輸入品デフレ説、生産性・人口デフレ説、賃金デフレ説などの否定に紙幅の多くを費やしておられます。

肝心の金融政策の有効性については、高橋是清の昭和恐慌デフレからの脱却の事実と、Krugman(1998)に端を発するゼロ名目金利下でも実質金利を低下させれば、総需要を喚起することができデフレ期待からインフレ期待へのレジーム転換が起きる、というリフレ派の教義を唱えるにとどまっています。

黒田日銀の量的質的緩和でマネタリーベースは2013年4月の150兆円から現在の300兆円と、予定通り2倍となりました。
ただ、肝心の物価は、目標2%に対して、実際は4月段階でほぼ横ばい。 

残念ながら片岡氏の主張とは裏腹に、現在の量的質的緩和ではデフレ脱却は困難と実証中、というのが実際のところではないでしょうか。

一方、片岡氏が指摘したように、高橋財政では国債の直接引き受けと資本規制という手段で、2年以内にはデフレを脱却し、その際日銀が引き受けた国債保有シェア増加はわずかでした。(図表1)

日銀の保有国債比率拡大はアベノミクスで著しいが、
物価上昇は高橋財政ほどではない

出所: アベノミクス 物価(GDPデフレータ)=内閣府GDP統計、日銀国債保有比率=日銀資金循環統計
高橋財政の物価・日銀国債保有比率は「昭和恐慌の研究(2004)」図5-1から改変

黒田日銀が実践している量的質的緩和より高橋財政の方が効果的だったわけですから、リフレ派の論客片岡剛士氏にはデフレ派相手の不毛な議論よりも、今後日本で日銀の翁氏も効果を保証するマネタイゼーションを行えばどうなるか、なぜそれを行わないで効果薄弱であることが実証されつつある、量的質的緩和という政策にこだわるのかを論じていただきたかったですね。

■第5章 金融政策の財政政策は危険 河野龍太郎氏
■第6章 現在の金融政策に危険はない 高橋洋一

河野龍太郎氏はBNPパリバ証券のチーフエコノミストです。 財務省・旧日銀の主張に近い体制派エコノミストとして知られています。
高橋洋一氏は嘉悦大学教授で、ご本人は上げ潮派を自称してらっしゃいますが、事実上リフレ派の論客でもあります。

河野氏も翁氏と同様、金融政策に財政政策が加わることでデフレ脱却は不可能ではないとしています(同書p86)。
ただ、河野氏は日銀がリスク資産を大量に保有することの危険性も指摘しています。

一方の高橋洋一氏は、河野氏マネタイゼーション懸念に対してではなく、現在の量的質的緩和について、危険はないと論じています。

 図表1でもわかるように、日銀がマネタイゼーションに踏み出せば、現在の量的質的緩和とは異なり短期間にデフレ脱却が可能ですから、河野龍太郎氏の懸念とは異なり、その間に日銀が保有する資産の量は少なくて済みます。 しかも1934年以降の高橋財政にみられるように(図表1参照)、インフレ高進がみられるようになり、日銀が機動的に保有資産を市場消化すれば、日銀のリスク資産は金融政策進展に伴い減っていきます。

仮に現代日本でデフレを脱却したとした場合、量的質的緩和で大量に保有した資産(=市場のMBと裏表)をそれ以後どのような形で日銀が減らしていくのかは量的質的緩和の大きな課題ではないでしょうか。

■第8章 デフレ脱却と財政健全化 中里透氏
中里透氏は上智大学経済学部准教授で、専門はマクロ経済学・財政運営だとのことです。

中里氏は冒頭で「デフレ脱却と財政健全化の間にはトレードオフの関係がある」と述べています。(p143) 何の論拠も示さずに。
また、財政政策を公債財源で行うと、家計が合理的ならば将来の増税を予想し景気対策としての効果を持たない可能性(リカード=バーローの中立命題)を指摘しています。(p147)

これ、どう考えてもアベノミクスの第二の矢「機動的な財政運営」の実証的分析を任せるには人選間違いでしょう。
主流派、新古典派の物々交換に立脚した経済観(セイの法則)では、教義上貨幣の保つ意味は殆ど無意味でしかなく、財政政策もまた意味を持たないでしょう。そうした教義を信奉する人に、デフレ脱却に向けた財政政策の意義が公正に検討できるものなのかどうか。一般経済人は中立命題も非ケインズ効果も知らないし、そんな教義を知らない一般経済人の方がまともです。

中里氏の主張はアベノミクスとは無関係で、単に編者の原田泰氏や斎藤誠氏らと同じ経済観であるに過ぎないのではないでしょうか。

確かに今の経済学ではケインズ型の経済観は少数派、異端ではあります。 しかし金融政策が全面に出ていたこの四半世紀、それ以前の戦後時代よりも多くの経済危機とバブル型好況を繰り返していることや、リーマン・ショック後の是正処理も上手くいかずいまだに欧州では危機の気配があることから考えても、機動的な財政政策は主流派経済学の教義で切ってすれられるほど軽いものではなくなっているように思います。

以上、この本を読むと、反リフレ派の方々こそ、財政マネタイゼーションというデフレ脱却の妙薬をよくご存知だと分かります。
問題はこれらの論客が指摘するリスクは本当に実在するのかどうか。 この点こそリフレ派の方々に検討していただきたかった点です。

対するリフレ派の方々は、Krugman(1998)の提言にこだわりを持ちすぎているような気がするのは私だけでしょうか。

デフレ脱却は日本の喫緊の課題です。 デフレ脱却する際の手段として、黒田日銀の円安政策のような方法では、国民の購買力は減るだけですから、ぜひコストプッシュインフレではなくデマンドプルインフレになる方法をリフレ派の方々には検討していただきたいと思います。

その際、翁氏、河野氏ら反リフレ派の方々が推奨する(?)財政のマネタイゼーションは検討に加えていただき、現在の量的質的緩和との優劣も論じていただきたいところです。

徹底分析 アベノミクス

徹底分析 アベノミクス