シェイブテイル日記2

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信用創造の仕組みからみたQQEの帰結

日銀は昨日30日に開催された金融政策決定会合で、2%の物価目標達成時期を先送りしました。
2013年4月、量的質的緩和(QQE)に着手した黒田総裁は「マネタリーベースおよび長期国債ETF保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買入れの平均残存期間を2倍以上」にし、2年以内つまり2015年3月末までの物価目標2%達成を宣言しました。

その後、昨年10月にも量的質的緩和の拡大として、マネタリーベース買い入れ増額などの俗に「黒田日銀バズーカ2」と呼ばれる追加緩和も実施しましたが、今回更に物価目標達成時期が送らされ、当初予定より二倍ないしそれ以上の時間がかかることを追認する形となっています。

これは一体どういうことなのでしょうか。
筆者は、不遜ながら、黒田日銀の信用創造に対する理解がおかしいのではないかと感じています。

1.通常いわれている信用創造の説明*1
右はある大学経済学部の先生のサイトから引用した信用創造の説明図です。 
これは教科書などに記載される標準的な理解です。このサイトを運営されている先生をdisる意図は毛頭ありません。

これを単一の銀行の信用創造の連鎖として図を眺めるとそれほど違和感はありませんが、マクロで銀行と非金融部門との相互作用の図としてみるとかなり違和感があります。 

2.ここがヘンだよ、信用創造の説明
図表1は右上の信用創造の説明図をマクロの主体間の取引として眺めるためのものです。

図表1 簡略化した金融システムのモデル 
金融システムを金融界(=マネタリーベース界)と非金融界(=マネーサプライ界)に分けて表示。
二つの世界は金融システムという壁によって隔てられ、市中銀行部分から現金を介して連絡しているのみ。
現代の通貨制度では少額取引以外は預金形態のお金で回っている。
なお今回、政府(左)は説明には関係していない。

1)預金だけのモデル最初、ある人が銀行に預けたお金が現金ではなく、預金であった場合図表1でb−dのやり取り(と、aで日銀当座預金口座の振替え)が起きているだけで、お金が新たに生まれたわけではないことは理解が容易でしょう。

2)現金が持ち込まれたモデル
最初ある人が銀行に預けたお金が現金の場合、日銀からここに記載されていないルート−例えば日銀の職員が現金で給与を貰ったなどのケース−があれば現金がマネーサプライ界に現れ、それが銀行に預けられ…という「信用創造の図解」に描かれたようなシーンも考えられます。

その場合にはそのマネーサプライ界で現れた現金が恒常的にマネタリーベース界に流入しないことには「信用創造の図解」のようなスキームは成立しません。

ところが、現実の世界をみれば、日本ではマネーサプライも増えていますが、それと並行して日銀券が恒常的に日銀に向かって流れこみ、総量が減少するということは観察されていません。(図表2)

日銀券発行高は伸びている

図表2 日銀券発行高とマネーストック(M3)残高推移
出所:日銀資金循環統計
経済学の教科書に載っているモデルでは、マネーストックと並行して
日銀券発行高が伸びていることが説明できない。

3.現実の預金は債務と同時に発生
 実際の信用創造はどうなっているのかといえば、図表1のb、銀行と企業間取引で、新たな貸出がおこなわれると、貸し出された預金が貸出企業の預金として銀行のバランスシートに出現します。

この信用創造で生まれたお金は、銀行員のペン先からお金(預金)が生まれたことを意味する"fountain pen money"という言葉でよばれることもあるようです。*2

4.リフレ派とデフレ派が共に陥りやすい落とし穴
現実の信用創造市中銀行が企業にお金を貸すことで生まれるわけですから、日銀がaで市中銀行国債を懸命にマネタリーベースに変換したところで、企業に資金需要があり、同時に銀行がお金を貸すリスクが取れなければマネーストックは創造されません。
また、銀行員のペン先から民間が使うお金、マネーストックはマネタリーベースの量とは無関係に生まれるのですから日銀が一生懸命マネタリーベースを積み上げることに実質的な意味はありません。 従って日銀による市場からの国債購入を主体とする量的質的緩和で物価が上がらないのも無理はない話でしょう。

黒田日銀のパフォーマンスの悪さを嘲るデフレ派も同じ落とし穴に陥りやすいことも事実です。
デフレ派はしばしば「近い将来、政府負債残高が家計純債務残高を上回りそうで、財政破綻が予測される。だから消費税増税はやむを得ない。」といった発言をします。

しかし現実には以前ブログで書いたように、政府預金というお金もまた政府債務という負債と同時に生まれていて、政府預金は家計や企業の資産に姿を変えて家計資産が増える構造となっていますから、政府債務だけ返すこともできないしプラスの意味もないことになります。*3

国債は家計の預金量とは無関係に発行可能 - シェイブテイル日記 国債は家計の預金量とは無関係に発行可能 - シェイブテイル日記

それにしても、なぜ現実とかけ離れた信用創造のモデルがいまだに経済学の教科書に書かれているかは一種のナゾです。

これは筆者の想像ですが、現代は管理通貨制度という不換紙幣を中心とする経済であるのに、経済学はあったかどうか相当怪しい物々交換から議論を出発させ、また殆ど経済とつながりを持っていない商品貨幣をいまだに議論の中心に持ってきています。

従って管理通貨制度を正しく認識し、議論の中心に持ってくると、経済学の体系が崩れるから、現実(債務を裏付けとする貨幣システム)を教科書に記述することができないのではないでしょうか。(この辺の事情をご存知の方がいらっしゃれば是非お知らせ下さい。)

それにしても、現代主流派経済学のお金への認識が間違っていることから、効果不明の量的質的緩和や、明らかに悪影響しかないデフレ下の消費税増税が行われていることを考えると、そろそろ管理通貨制度をきちんと記述した経済学の教科書が現れてもいい頃ではないかと思います。

*1:出所:熊本学園大学笹山ゼミ資料

*2:イングランド銀行信用創造の説明p3

*3:日本がインフレなら政府債務を抑制することにはプラスの意味があります。