シェイブテイル日記2

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国債は家計の預金量とは無関係に発行可能

報道によれば、6月末の家計金融資産、前年比4.4%増の1717兆円に達したとのことです。

 日銀が17日発表した2015年4〜6月期の資金循環統計(速報)によると、家計が保有する金融資産の残高は、6月末時点で前年比4.4%増の1717兆円だった。3月末時点の1700兆円を上回り、過去最高となった。民間企業が保有する金融資産のうち、現金・預金の残高は6.6%増の243兆円だった。

 6月末で日銀が保有する日本国債の残高は295兆円。保有者全体に占める比率は28.5%だった。国内銀行の割合は10.6%、海外勢の割合は9.2%だった。

6月末の家計金融資産、前年比4.4%増の1717兆円・過去最高 日銀統計
2015/9/17 8:54 〔日経QUICKニュース〕

かなり以前から、財政学者やマスコミから「政府債務残高が家計資産を越した段階で、金利は急騰、財政は破綻する。だから消費税を30%上げる必要がある。」といった論法で、政府の財政破綻を煽る声が聞こえてきましたが、何年経っても長期金利のトレンドはさがる一方で、財政破綻の兆候はみられず、家計資産は増える一方です。 これは一体どういうことなのでしょうか。

これについて、中央大学商学部の建部正義氏は、「政府はその預金口座を日銀以外には持たない」という事実(中央銀行は政府の銀行)という事実から出発して、政府が公共投資を目的とした国債を発行した際の市中消化について説明しています。(文末参照)*1

この内容、シェイブテイルは全く妥当な内容だと思います。 
ただ、文章を読んでも理解が少々困難です。また公共事業や政府小切手が登場すると話が一段難しくなるので、建部氏の説明をベースに、より単純なモデルを使って説明を試みたいとおもいます。
もしこのモデルが間違っていたとしたら、建部氏の説明の問題ではなく、シェイブテイルの会計・仕訳の知識不足によるものだということを予めお断りしておきます。(図1)

図1 国債の市中消化のモデル
モデルは政府、日銀、銀行(市中銀行)、家計の四者だけです。
最初の時点では家計には預金はないものとします。
あるのはただ、銀行が日銀に預けた日銀預け金と日銀がそれを預かった日銀当座預金だけです。動く金額は単純に100だけとしましょう。

段階a)日銀当座預金ありき
政府の円建て口座とは、ただ日銀に政府預金口座があるのみです。
これを通じて円建て国債を売却するとすれば、同じく日銀に当座預金を開設している市中銀行以外に売却する先がありません。
ここで重要なことは、予め家計には預金がない状態を想定していることです。 *2

段階b)国債発行
市中銀行は日銀に預けている当座預金を原資に、国債を買入れることになります。
日銀は銀行から預かっている当座預金を政府預金に振り替えます。 
政府は国債という負債を負う代わりに、政府預金を得ます。

段階c)政府支出と日銀当座預金の復活
政府が国債を発行する理由は政府支出をするためですから、政府預金は政府支出として出ていきます。
政府支出は政府預金の減少ですが、日銀はそれを市中銀行当座預金に振り替えます。
これは銀行が家計に預金を振り込むことで家計の預金が増加します。
この結果、当初銀行が保有していた日銀預け金(日銀当座預金)は国債に変わりましたが、政府が家計にお金を渡したことで、新たに日銀当座預金が復活しています。

従って、このサイクルが回る限り、家計の預金量とは無関係に政府は国債を発行することが可能です。

勿論、実際的には政府が国債を無限に発行して政府支出に充てれば、どこかの段階で民間の購買力は国内の生産力を超え、物価が上がり始めるでしょう。しかし、物価が上がるまでは徴税の必要さえないともいえるでしょう。

これに対し、金融機能を無視した議論を展開する財政学者やマスコミでは徴税を強化することで財政が安定すると主張します。

少し考えればわかることですが、家計から消費税を取り、これを原資に国債の償還原資に充てるという行為は丁度図1のモデルの逆回転ですね。 

ですから、安倍首相が骨太方針と称して8%、10%の二度にわたって消費税を引き上げるのは、民間のマネーストックの増加抑制あるいは減少につながり、デフレ脱却を最優先というアベノミクスの目的から180度外れた愚策ということがわかるでしょう。

【2015.09.19追記】
questiontimeさまからブコメをいただきました。
> 一番最初に、市中銀行に日銀預け金「だけ」がある状態を想定しているが、市中銀行が預け金という資産を持つためには、預金という負債か資本が必要。そのいずれの源泉も究極的には個人の「貯蓄」なのだが?

おっしゃるように、銀行BSで、日銀預け金の反対側には預金という負債が必要ですね。 ただ、注記2に書いているように、その保有主体が個人である必要はなく、企業でも構わないですから、やはり個人資産との比較で論じるのは無理があります。 

また、仮に企業という主体を無視し、民間には家計しかないこのエントリーのモデルであっても、根源的に必要な預金の額は、新規に発行しようとする国債の額100でよく、過去を含めた国債の残高全体に見合う預金量は必要がありません。

*1:国債問題と内生的貨幣供給理論 建部正義  p598
(以下、論文から引用)銀行が国債を購入するにあたって利用しうる資金源泉は,結局のところ,銀行が日本銀行保有する当座預金残高以外には見出しえないということになるであろう。
 つまり,こういう次第である。すなわち,
(1) 銀行が国債(新発債)を購入すると,銀行保有の日銀当座預金は,政府が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる,
(2) 政府は,たとえば公共事業の発注にあたり,請負企業に政府小切手によってその代金を支払う,
(3) 企業は,政府小切手を自己の取引銀行に持ち込み,代金の取立を依頼する,
(4) 取立を依頼された銀行は,それに相当する金額を企業の口座に記帳する(ここで新たな民間預金が生まれる)と同時に,代金の取立を日本銀行に依頼する,
(5) この結果,政府保有の日銀当座預金(これは国債の銀行への売却によって入手されたものである)が,銀行が開設する日銀当座預金勘定に振り替えられる,
(6) 銀行は戻ってきた日銀当座預金でふたたび国債を(新発債)を購入することができる,
(7) したがって,銀行の国債消化ないし購入能力は,日本銀行による銀行にたいする当座預金の供給の仕振りによって規定されているのだ,と。

*2:図1ではあえて書いていませんが、銀行BSの日銀当座預金の右側には何らかの主体から預かった預金があるはずです。しかしこの預金の保有主体は家計である必要はなく、企業でもなんでも構わないということです。