アベノミクスで物価を上げる原動力は何か
リフレ派の理論的支柱、岩田規久男氏は、単純な貨幣数量説ではなく、株価上昇などを介した複雑なルートで物価はあがると説明していますが、量的質的緩和が始まって2年以上経った今でも、物価上昇のルートが明示的に解明されたと考える向きは少ないかもしれません。*1
とはいえ、最近公表された品目別東大月次物価指数によれば、アベノミクス開始以来殆ど初めてこの物価指数がプラスに転じたようです。
東大月次物価指数は5月には乳製品が牽引する形でプラスに転じました。(+0.2%)
それが6月には乳製品以外の製品についてもプラスに転換しています。
(乳製品寄与度: 0.25%、その他製品寄与度:0.26%、全品目+0.51%)
東大月次物価指数はPOSシステムを通じて得たスーパーなどでの食料・日用品などでの物価を調べたものですが、アベノミクス開始以来、一般物価でみても少しずつ水準が上がってきています。
図表1は、アベノミクス開始以後の、日銀が保有する国債の比率物価(GDPデフレーター)との相関をみたものです。
アベノミクス開始以来物価は徐々に上がってきた
図表1 日銀保有国債比率と物価の関係
出所:国債=日銀資金循環統計、物価=内閣府SNA
ただし2014年の物価は消費税増税分を抜いた推定値。
このグラフをみる限り、日銀保有の国債比率が上がるにつれて物価も上がっているようで、黒田日銀総裁が常々自信を見せているように、リフレ政策は一見上手くいっているようにみえます。
では、黒田日銀が現在同様の量的質的緩和を続けることで、日本経済の将来には明るい展望が開けるのでしょうか。
この点を考えるために、リフレ政策の手本となった高橋財政とアベノミクスを比較してみます。(図表2)
高橋財政に比べるとアベノミクスは効率が悪い
図表2 アベノミクスと高橋財政の比較
出所:アベノミクス(●)は図表1に同じ。
高橋財政は、「昭和恐慌の研究」p173 図5-1を改変。
政策としては■が高橋財政と高橋死後の馬場財政期。
☓と緑線は高橋財政に先行する戦間恐慌期。
図表2で、アベノミクスと高橋財政を比較すると、両者とも日銀の国債保有比率と物価は正の相関があるのですが、その傾きには20倍以上という大差があります。(図表2のグラフの傾き、0.11と2.83)
この差の一部は2014年春の消費増税という可能性はありますが、2010-2013年の間でも日銀が国債保有比率を高めた割に、物価上昇はわずかにとどまりました。
高橋是清は昭和恐慌デフレに際して、国債の日銀直接引き受けを行ない(高橋財政)、その高橋財政後半の1934-36年には、既に物価は2-3%のマイルドインフレ水準に達し、高橋はもはや日銀保有国債の増加の必要性を認めず、日銀保有国債の大半について市中消化を行ないました。
ところが、この出口戦略による軍事予算の縮小が軍部の恨みを買い、1936年の二・二六事件で高橋是清は斃れます。
その後は軍部の言いなりの馬場えい一(「えい」は金偏に英)が、無謀な軍費拡大を行ない高インフレを招きました。
アベノミクスの大量の市中国債の買い切りでは、金融機関が保有していた国債が、日銀当座預金、つまりマネタリーベースに置き換えられます。 市中銀行保有のマネタリーベースが増えても、それが直接金融機関外に流出するわけではなく、また民間非金融部門がお金を借りに来る動機とならないため、物価はあまり上がりません。
ところが高橋財政・馬場財政での国債の直接引き受けでは、政府の新発国債を日銀が買い入れ、その代金は政府を介して、財政政策の形で民間非金融部門に渡され、マネーサプライとなります。
要するに民間非金融部門の保有するお金、マネーサプライが急増すると物価は急上昇する想定できます。
さて、現在のアベノミクスでは、国債を毎年80兆円のペースで買い入れる他に、日本株ETF等を3兆円買い入れています。
このETF等の買い入れの場合、国債の市中買い入れの場合とは異なり、民間非金融部門などが保有していたETFなどと引き換えに、マネーサプライが信託銀行経由で日銀から民間非金融部門に供給されたことになります。
民間非金融部門のマネー、マネーサプライを増やせば物価があがるという単純な捉えをすれば、黒田日銀が物価を少し上げている主体はETF等の買い入れであって、国債の買い入れではないという可能性は否定できないのではないでしょうか。
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昨日31日に発表された総務省家計調査では、家計消費が予想外の前年比マイナス2%に落ち込んだと報じられています。
(ブルームバーグ):6月の国内経済指標は家計消費支出 が予想外のマイナスになった上、全国消費者物価指数(生鮮食品を除いたコアCPI )の前年比が低い伸びになり低調だった。4−6月期の国内総生産(GDP)のマイナス成長は確定的との見方が出ている。
総務省が31日発表した家計調査によると、2人以上世帯の実質消費支出は前年同月比2.0%減の26万8652円。ブルームバーグによる予想中央値は1.9%増だった。消費税が上がった2014年4月以降マイナスが続いた消費支出は5月にプラスに転じたが、再び落ち込んだ。気温が低く被服や履物がマイナスになり、住居も落ち込んだ。
消費が減少に転じたことで4−6月期GDPはマイナスに転じるとの見方が強まっている。6月の鉱工業生産も前の月の落ち込みに比べて反発力は鈍かった。8月17日に発表される4−6月期GDPのブルームバーグがまとめた予想は現時点で前期比年率0.8%増。
Bloomberg2015/07/31 12:09 JST 消費支出が予想外の減少、GDPマイナスへ−物価伸び低水準
この結果から考えるとやはり昨年4月のデフレ下の消費税増税の影響は大きかったと言わざるを得ません。
現在のアベノミクスは、大量の国債と少量のETFなどの資産買い入れ+緊縮財政というパッケージになっていますが、金融政策と財政政策について、それぞれもたらされた結果から政策転換の是非を考えてもいい頃かもしれません。