シェイブテイル日記2

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ギリシャ債務問題にみる日経新聞の読み方

現在ギリシャ債務問題が進行しています。 ギリシャ側、EUトロイカ側の主張の隔たりはそれぞれの国民の主張の隔たりでもあり、ただでは済みそうにありません。

Twitterなどをみると、「借りたものを返さないギリシャが悪い」という声が多いようですが、海外の経済学者では意外にギリシャの肩を持つ声が多いようです。

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さて、EUトロイカ側はさらなる緊縮提案を出すようにギリシャに迫っていますが、そもそもギリシャが緊縮財政をすれば、財政は健全化するのでしょうか。

図表1に2001-14年でのギリシャ・日本・ドイツ・中国の4カ国で政府支出伸び率に対する財政健全化指標悪化率を示しました。
多くの場合、政府支出の伸び率が大きい国はずっと大きく、伸び率が小さい国はずっと小さい傾向がありますが、ギリシャは2009年までは放漫財政だったものが、それ以後はEUトロイカの圧力もあり緊縮財政に転向しています。
そこで図表1でギリシャだけは2009年までとそれ以後に分けて示しました。

緊縮財政をすれば財政健全化するとはいえない

図表1 政府支出伸び率と財政健全性悪化率の相関
出所 IMF WEO Apr.2015
財政健全性指標は政府債務残高÷名目GDPで算出。
悪化率(伸び率)は2001-14年の年平均伸び率を表示。
ただしギリシャは2001-09年と09-14年を分けて表示。

結果はなんと見事な逆相関。 これら5つの事例から政府支出の伸びが大きいほうが財政健全性が改善するケースが十分あり得るということが分かります。*1

特に注目のギリシャは放漫財政だった2009年以前より、緊縮財政に舵を切ったそれ以後の方が財政健全性は悪化を早めています。
また2009年以降の政府支出伸び率は緊縮を要求している側のドイツさえ下回っていることも目を引きます。

日本についても放漫財政をしているから財政健全性指標が悪化しているという意見は、他の4つの事例と比較すると、根拠が全くないことが分かります。

政府支出と名目GDPの関係も改めて確認してみましょう。(図表2)

政府支出伸び率と名目GDPには高い相関性がある

図表2 政府支出伸び率と名目GDP伸び率の相関
出所 IMF WEO Apr.2015
伸び率は2001-14年の年平均伸び率を表示。
ただしギリシャは2001-09年と09-14年を分けて表示。

政府支出の伸びが大きいほど名目GDPの伸びが大きいという相関性が認められ、ここに表示しなかった先進国まで広げても、この高い相関性は崩れません。 

高インフレでなければ政府支出を大きくしたほうが、国民経済は活性化し、それと同時に財政が健全化する場合も少なくないといえるでしょう。 図表1,2から考えれば、日本もまたその例のひとつかもしれません。

ところで今朝の日経新聞には「ギリシャ危機の日本への教訓」と題したコラムが掲げられています。

 ギリシャ国民投票欧州連合(EU)の緊縮政策に「ノー」を突きつけた。チプラス政権はEUとの再交渉をめざすが、この危険な賭けでギリシャはさらなるいばらの道を歩むことになる。ギリシャ債務危機は日本に大きな教訓を与えている。
 日本の財政はギリシャより深刻な状況にある。長期債務残高の国内総生産(GDP)比はギリシャがユーロ圏最悪の1.8倍なのに対して、日本は先進国最悪の2倍超である。ギリシャ基礎的財政収支の黒字化を実現しているのに対し、日本は2020年度の黒字化すら危ぶまれている。

 もちろんギリシャと日本を単純に比べることはできない。対外依存度が高くEUや国際通貨基金IMF)の管理下におかれるギリシャに対して、日本はまだ債務を国内主体で賄える。なにより、観光や海運のほかに目立った産業のないギリシャに対して、日本の産業競争力はなお強い。
 しかし、日本には少子高齢化による「2025年問題」が横たわる。この年を境に団塊の世代が75歳以上になる。貯蓄率は低下し、個人金融資産は減少し、債務を国内では賄えなくなる。財政への信認が揺らげば資金逃避が起き、悪い円安につながる。金利上昇が財政をさらに圧迫する。

 しかし、安倍晋三政権は社会保障制度改革を柱とする財政再建に真剣に取り組もうとはしていない。成長戦略は重要だが、成長による税収増をどこまで頼みにできるか。歳出削減と増税をかみ合わせないかぎり、財政再建はおぼつかない。

 最大の問題は、財政危機に対する危機感の欠如だ。それは「財政健全化」という曖昧な言葉に表れている。財政再建の旗を振るべき経済財政諮問会議の民間議員の姿勢は甘い。憎まれ役であるべき財務官僚は沈黙を守る。事実上の財政ファイナンスを担わされる日銀の発信力も萎えた。将来を見据え財政再建に真正面から取り組まないと日本の信認が失われるだろう。

 ギリシャ危機は01年のユーロ加盟で低利での資金調達が可能になり年金優遇など放漫財政を招いたために起きた。それに04年のアテネ五輪のブームが連動した。今の日本に重なるところもある。放漫財政の重いツケはいずれ払わされる。
 ギリシャ危機は対岸の火事ではない。(無垢)
日経新聞 「大機小機」 2015.07.07


日経は、あたかもギリシャが放漫財政に終始したから今の財政健全性指標の悪化を招いたかのような論旨で書いています。

ただ、実際のデータでみると、日経の主張はギリシャ債務問題の現実とは食い違いがあります。
またギリシャ危機を対岸の火事ではないとするのであれば、日経の主張とは逆に、日本は現在の緊縮財政から拡張財政政策に転換すべきだと私は思います。

[7/8追記]
ブコメで相関関係から因果関係はいえないのでは、というコメントが複数あります。 シェイブテイルとしては、これらの相関性のデータだけで因果関係を証明するなんてことは全く考えていません。

主張したいことのひとつは、日経記事は「ギリシャは放漫財政を続けた結果今の政府債務増加がある」という主旨の記事ですが、実際にはギリシャは緊縮財政に転換したら政府債務増加したという事実関係があり、それと合っていない主張だという点。

また、政府支出と名目GDPとが、インフレ率が比較的安定している先進国では国の方針、政府支出の対GDP比などを超えて増加率の間に正の相関が高いことも面白いと思うのは筆者だけでしょうか。 例えばドイツは高成長のイメージがありますが、実際には緊縮を国民が選択していて、他の例に漏れず低成長です。

あともう一点は、政府支出を増加させると、財政健全性指標が健全化するケースは少なからずあるという点です。 これは誰かがコメントされていたように、「当たり前」とまではいえないでしょう。なぜなら通常は逆に政府支出を増加させると財政健全性指標は悪化すると説明されているのですから。日経子もそう考えてコラムを書いているようですし。


政府支出は、財政健全性指標の分子、政府債務残高と分母、名目GDPを、それぞれ増加させる方向に働くわけですが、問題は、多種多様な背景を持つ国々のうち、どのような背景を持つ国で、分母を増大させて財政は健全化し、どのような国では逆に分子の方をより増大させて財政が悪化するのかです。

この点については筆者の見解は以下の記事に書いたことがあります。

この、金利も無視した簡単なモデルでは*2財政支出増大により中国のような財政健全性が悪くない国では財政健全性を悪化させてしまうが日本のような財政健全性指標がが悪い国では財政健全性向上をもたらす、という結果になりました。 もしこのモデルが正しいのなら、図表1に示した国々の中で日本やギリシャなどは政府支出増大により劇的に財政健全性が改善することになりますね。 

時間ができた時に、このモデルの妥当性をデータで検証してみたいと思っています。

*1:このグラフの相関係数は負の相関性を示していますが、比較的インフレ率が安定している国々をプロットしていますので、「どんな国でも政府支出の伸びが大きいほど財政健全化する」とまで風呂敷を広げることはできません。

*2:多くの政府債務は固定金利なので短期には金利を無視しても誤差は小さいという判断から金利を無視してモデルを簡単にしました。