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マネーの正体は貸借-21世紀の貨幣論

最近出版されたフェリックスマーティン著「21世紀の貨幣論」(原題:Money: The Unauthorized Biography)は、貨幣史を検討した上で、貨幣とは金貨でイメージされる商品貨幣ではなく、誕生したころから信用・決済のシステムだったという結論を得ました。この「異端の貨幣観」からみると、現代経済学や現代ファイナンス理論が現代人の常識とは全く別の姿に見えてきます。*1

流動性があれば信用(平たく言えば貸し借り)はマネー。
流動性がなければ信用は単に二者間の信用。

 ウォルター・バジョット、ジョン・メイナード・ケインズが強調したかった金融と実体経済の極めて重要な関係*2を簡単に言えばこうなります。

しかし現代経済学は流動性が枯渇する状態は想定せず、モノ中心の貨幣観をつくりあげました。

正統的貨幣観と異端的貨幣観を概観すると次のようになります。

◯正統的貨幣観に基づく古典派経済学
・ジャン=バティスト・セイ(1803)「貨幣は正貨とも呼ばれるが、貨幣は商品であり、その価値は他の全ての商品の価値を決定するものと同じ一般的法則によって決定される」*3
ジョン・スチュアート・ミル(1848)「貨幣は一個の商品である。そしてそれの価値は、他の商品の価値と同じように決定される」*4
ワルラス(1874-77)著書「純粋経済学要論」で古典派価格形成理論を定式化*5
各々の市場とは相互依存の関係にあり、最終的には貨幣という財も含め、あらゆる市場が均衡状態になる一般均衡を考察。

異端的貨幣観に基づく見解
ブラックフライデー(1866.5.9)オーバーレンド・ガーニー商会破綻→1866年恐慌
・ウォルター・バジョット(1873)は著書「ロンバード街Lombard Street」で、「中央銀行金融危機に際して最後の貸し手として無制限に流動性を供給すべき」と指摘。
ウォール街大暴落(1929)→世界大恐慌
ジョン・メイナード・ケインズ(1936) 大恐慌の経験を踏まえ「雇用・利子および貨幣の一般理論」を著し、古典派経済学が基礎とするセイの法則の不成立を指摘し、有効需要の原理を基礎として非自発的失業の原因を説明。

以下、正統的貨幣観と異端的貨幣観はせめぎ合うようになります。

・ヒックス(1937) 古典派とケインズ一般理論の両立を主張*6
ヒックスはケインズ理論を体系化し、IS-LM理論・流動性の罠を主張した。ただし本流ケインジアンからはヒックス理論はヒックス経済学と揶揄されている。*7
・1954 ケネスアロー・ドブリュー 「一般均衡理論」一定条件下では市場経済一般均衡、全ての市場の需給が一致する水準に価格形成=「供給は需要を生む」とするセイの法則の厳密な証明。*8
・ハーン(1965)一般均衡理論はマネーを介さない経済でのみ成立と反論*9
ミルトン・フリードマンも経済分析でのマネーの重要性を主張
一般均衡理論が経済は静的ではなく動的との批判→動学的枠組み
決定論的との批判→確率モデル導入
合理的完全市場批判ついに、正統的貨幣観経済学では、動学的確率的一般均衡理論(DSGE)という「鉄壁」を形成*10

古典派理論の新バージョンに新ケインズ派と名付けた。
中央銀行この洗礼名で防御を解き新ケインズ派のDSGEモデルは瞬く間に中央銀行の政策に影響を与えるようになった*11

ところが…
サブプライム住宅ローン危機(2006-)、リーマン・ブラザーズ破綻(2008)→リーマン・ショック
・英国女王(2008) ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて「なぜ、誰もこのようなことが起こる事を予測できなかったのですか?」
・ローレンス・サマーズ・*12 ブレトンウッズコンファレンス(2011)にて「DSGEモデルなど、第二次世界大戦後の正統派経済理論の膨大な体系が危機対応においてはまるで役に立たなかった」
イングランド銀行総裁(2012) 「現代経済理論では金融仲介機能が説明されておらずマネー・信用・銀行が意味のある役割を果たしていない」

そして筆者はこういいます。”経済学者はマネー・銀行・金融は存在しない経済の一般均衡理論の抽象化と言う神秘の超越瞑想に耽ってもいいが為政者は現実世界と向き合わなければならない。”*13

その一方でファイナンス理論はといえば…。

ファイナンス理論は逆にポートフォリオリバランス理論・資本資産価格モデル(CAPM)、オプション価格理論は金融専門家に熱烈支持された
新古典派理論が金融抜きのマクロ経済理論を構築したのに対し金融論は金融債券とマネーシステムの重要性を無視することでマクロ経済抜きのファイナンス理論を構築した。

これらの現代マクロ経済モデルとファイナンス理論とに決定的に欠けるのは信用の特性としての流動性の概念です。
流動性があれば信用はマネーだが、流動性がなければ信用は単に二者間の信用に過ぎない。異端の貨幣観を持つ筆者はこう指摘しています。

21世紀の貨幣論

21世紀の貨幣論

*1:このエントリーは基本的には「21世紀の貨幣論」、特に13章の書評です

*2:同書p335

*3:同書p317

*4:同書p317

*5:同書p329

*6:同書p330

*7:wikiヒックス

*8:同書p330

*9:同書p330

*10:同書p332

*11:同書p332

*12:オバマ政権の国家経済会議(NEC)委員長

*13:同書p332