シェイブテイルのデフレ脱却実践記

シェイブテイル日記ではデフレ経済研究を行ってきました。今後はこれをデフレ脱却実践につなげます。

恐妻家が考える「消費税増税に賛成した人々」

(妻がこの駄文を目にする前に書いておきますが、以下の文章の一部、もしくは全てはフィクションです)

私は恐妻家である。 むしろ狂妻家、と書いてさえおかしくないほどである。

 

ただ、ここにひとつ問題がある。私の家にはペット以外には私と妻しかいない。

 

すると、恐妻家、つまり「妻が恐ろしい人」という単語に、二通りの解釈が発生してしまう。 すなわち、「妻が恐ろしい、人」。 あるいは「妻が、恐ろしい人」。

狂妻家でも同じことである。つまり「狂った妻を持つ人」というのが、「狂った、妻を持つ人」なのか、「狂った妻を、持つ人」なのか。

 

そんな馬鹿な話が、などと思わないでいただきたい。

 

少しでも相対性理論を噛じった人なら誰でも分かる通り、虚空に観測者Aと観測者Bが相対的に運動している場合、実際に動いているのは観測者Aなのか観測者Bなのかを決める手段はないのである。

 

観測者Aもしくは観測者Bが互いに自分が静止し、「相手こそが運動している」、と判断するのと同様に、私と妻は仲の良いことに、ふたりとも全く同じ結論に達している。  「相手こそ狂っている」と。

 

狂っている、というのはものさしがない話ではある。尾籠な話になるが、性器を出したら狂っているのなら、人はトイレで用を足すことも文字通りはばかられる。

ならば人前で性器を晒せば狂っているか、といえばそれを生業にする人々が多数いて、それをお金を出してまで観察する「正常な人々」がいる。

 

逆に、特定の数字に色がついて見える症状があると聞くが、その人が普通に暮らしている分には誰もその症状のある人を狂っているとは思わないだろう。ただ、その人の脳内での化学反応や神経伝達の一部は完全に異常である。

こうしたことは多数知られていて、例えば戦争などで右腕を失った人が「右腕の先が痛む」と訴えるいわゆる幻肢は、不幸にも腕を失った人びとには「よくあること」だという。しかしこれもいくらよくあったところで異常ではある。

 

人がある人を狂っている、と判断するのは観察者側の常識に照らして異常なことをするからである。 では常識とは何か。ある価値観なり能力で人々を数値の高い順に並べていった時に、普通は正規分布に近い分布となる。その正規分布の真ん中あたりの人々が判断することこそ「常識」である。

 

ある価値観によって人を分類した時同じσに属する人とは話が最もよく通じる。

同じ人種で知能や家庭環境も似ていればお互いが正常と判断できる。

それが、1-2σ外れると、ちょうど日韓や日中のように、両者の違いが最も目立って感じられる。

更に3σ以上外れると、互いに相手がなぜそう考えるのか理解しようとしても困難を感じられる。 例えばアフリカのルワンダ内戦で、我々が「そっくり」だと思うフツ族ツチ族が殺戮を繰り返すのは、私を含め、大抵の日本人には理解不能である。だが彼ら同士は日韓・日中程度に、価値観が「少々」異なるからこそ相手が殺したいほど憎いのであろう。

 

二人しかいない観測者A、Bが相手を互いに狂っていると感じるのはその価値観で測定すると例えば5-6σ価値観が異なっている結果かもしれない。 従って自分が狂っているか相手が狂っているかを決めるためには、その閉じた空間に第三者、第四者が入ってきて「多数決」により決するしかないのである。 

要するに狂気とは多数決で決めるものなのである。

 

たとえば、私のように、ドン・キホーテよろしく、たった一人ででも日本のデフレを打ち破りたいし、もしかすると方法論を選べば現実に打ち破れるのでは、と考えている人は、世間の常識に照らせば明らかに異常であり、明らかに狂っている。 

そう、私は狂っていると自覚しているのである。 つまりは「狂った、妻を持つ人」、なのである。 

 

ただし。

 周囲の人に同化し、出る杭とはならないように必死に努力し、首都圏に居れば巨人が好きで、関西圏なら阪神を応援するくらいなら文字通り正常であろうが、たまたま家が教育資金が潤沢な程度に裕福だったり、稀な突然変異により”トンビがタカを産んで”、親や世間の期待を背負って東大法学部を出て霞ヶ関にいってさえ、やはり日本人一般と同じく、周囲の空気を読むことに必死となり、同年入省者たちによる、たった一つしかない次官の席を目指しての、「矩を超えないというルールから脱落しない競争」の結果、多数の優秀な人々があたかもコックリさんにでも興ずるかのように空気で動く姿を正常とは思わないし、正常と思おうにも思えない。 

 

権力に近い、いわゆるインナー・サークルの人々が、デフレによる経済的困窮を引き起こし、毎年1万人の単位で同胞を余計に殺す消費税増税に我も我も、と賛成する姿は異常を通り越し狂気の沙汰ではある。

 

あなたがたの内輪での多数決などどうでもよい話、と狂った私には思える。*1 

 

 

 

*1:エエかっこし~で、ホンネ的に書いておりますが、消費税に賛成した安部首相らインナー・サークルの方々との連携なしに脱デフレもないと理解しておりますのでそこんとこはよろしくおねがいします。テヘペロ