シェイブテイルのデフレ脱却実践記

シェイブテイル日記ではデフレ経済研究を行ってきました。今後はこれをデフレ脱却実践につなげます。

日本語にならない英語、英語にならない日本語

英語圏では日常使われる言葉が日本語では適当な訳がなく、また日本語圏では良く使われる言葉に適当な英訳がないことがあります。
これらはそれぞれの社会の特性を表しているのかもしれません。

昨日finalvent氏が自身のブログで単純に情報操作にひっかかる人々について: 極東ブログ 単純に情報操作にひっかかる人々について: 極東ブログと題し、ネット社会に現れるアレな人々について語っていました。

 どうでもいいかあとも思うけど、これはけっこう私に向けられた陰湿な攻撃なんで、しかも、そのレベルがかなりトホホなものなのでちょっと言及しておくかな。
 話は、よくあるtogetter、つまり、ツイッターの発言をまとめたもので、これである(参照)。まとめた人は@xxxxという人。まとめの意図は以下の通り。

 2013年9月12日に、安倍首相が来年4月に消費税を8%に引き上げ、また経済対策として5兆円を投じる決断をしたと報じられました。9月19日にはそれと合わせて、法人実効税率引き下げを検討していることも報道されました。
 これらをデマだ飛ばしだと憤っていた方々の呟きを、10月1日の首相による増税発表後の呟きと合わせてまとめてみました。

 まとめを見るとわかるように、筆頭に私の9月12日時点のツイートが掲載されて、まあ、普通に読めば、私を「デマだ飛ばしだと憤っていた方々」の筆頭に置いて、揶揄してみた、という趣向と理解していいだろう。
…。
 この話題を追ってきた人にとっては、こんなずさんな情報操作にひっかかることはないので、ほっておいてもよいのだけど、真に受ける人もいるみたいだった。全部が全部ではないけど、はてなブックマークのコメントを見るとけっこう見つかる。

 ただし、そのコメントがすべて私に向けられたものではないけど、私を筆頭にまとめられてはいるので、いくばくかは私にも向けられている。
 さて、こんなチープな誹謗みたいなものは、議論の余地なく、事実を見れば明らかなこと。その前に対比として、揶揄されている私の冒頭のツイートは以下。
(中略)
 以上、私の9月13日のツイートはデマどころか、正確な指摘だったとしてよいと思うし@xxxxさんが「これらをデマだ飛ばしだと憤っていた方々の呟きを、10月1日の首相による増税発表後の呟きと合わせてまとめてみました。」に、私の9月13日のツイートを含めていることのほうがデマだと私は考えます。
 @xxxxさん、以上を理解され、事実というものを理解されるなら、あるいは、そしてこの世界にあっては希有なことなのでそこまでは求めることはいけないかもしれないけど、かりにもしも私が市民社会に信頼したい良心というものをあなたがお持ちなら、該当のtogetterから私の該当ツイートを削除してくださいね。

要するにfinalvent氏は、消費税増税という安倍首相の苦渋の決断に至る過程をつぶさに追いかけ、きちんと政府から公式の裏を取らないいわゆる飛ばし記事と政府からの公式発表を比較しながら記事を書いてきたわけです。

かたや@xxxx氏は政府発表のあと、「finalvent氏の飛ばしというのは結果的に間違っていただろう」、と上から目線でtogetterに安直にコピペで貼り付けてドヤ顔批判しているのです。

こうした輩は、英語、というか米口語ではmonday morning quarterbackといいます。

アメリカで土日に行われたフットボールの試合について、「あそこでタッチダウンを狙うのは阿呆で、フィールドゴールしか手はなかったんだよ。」てな具合で一流プロのクォーターバックのような講釈を後からする人のことで、会社などでも「あいつはmonday morning quarterbackだ」と呼ばれてバカにされます。

ただ、このmonday morning quarterback、日本語訳をみてみると「 結果論からあれこれ文句を言う人 、すでに終わったことをこうすべきだったと批評する人」となっていて、ピッタリの日本語訳がないようです。

後講釈、あるいは結果論といえば行為であり、「その人」ではありません。 

うがった見方をするならば、ウェブ社会になる前の日本では、恥の文化があり、ことの良し悪しはともかくとして、人前で馬鹿げた話を赤提灯でもない場所ですることが村八分的な社会的制裁の対象であり、上から目線の後講釈師は出てくる余地がなかったが、匿名ウェブ社会となってからは、匿名の恥はかき捨てとばかり、カキコミする人々が急速に大量発生するようになったのではないでしょうか。
そこでこうした大量発生した後講釈師をdisるいい言葉もまだ発生していないのかも知れません。

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話はまるっきり飛びますが、新聞によく出てくる「財政ファイナンス」という言葉は逆に英語の適切な訳がないようです。
収録語彙が多いウェブ和英辞典にも記載がありません。

2003年の金融学会に先立って講演したFRBバーナンキ理事(当時)の講演内容でも日本語で言えば財政ファイナンスを肯定する内容が出てきます。

My thesis here is that cooperation between the monetary and fiscal authorities in Japan could help solve the problems that each policymaker faces on its own. Consider for example a tax cut for households and businesses that is explicitly coupled with incremental BOJ purchases of government debt--so that the tax cut is in effect financed by money creation. Moreover, assume that the Bank of Japan has made a commitment, by announcing a price-level target, to reflate the economy, so that much or all of the increase in the money stock is viewed as permanent

 (Some Thoughts on Monetary Policy in Japan  Remarks by Governor Ben S. Bernanke Before the Japan Society of Monetary Economics, Tokyo, Japan May 31, 2003)

(拙訳)

ここで私は日本の金融当局と財政当局が協力することで、それぞれの政策担当者が直面する課題の解決を促進することを論じましょう。

例えば、家計や企業への減税の原資が、明示的に日銀による政府債の購入による場合を考えてみましょう。
この場合、減税は実質的に貨幣創造により財政ファイナンスされていることになります。
それに加えて、日銀がマネーストック増加の全てまたは大半を恒久化することで、物価水準目標を通じてリフレーション政策を実現すると公約するとしましょう。

 財政ファイナンスという日本語がいつから、また誰が使い始めたのか浅学な私はしりません。

 ただ、政府財政の財源は税収と政府負債と通貨発行益という当たり前ことを知っている、普通のインフレ国の政府・中央銀行なら、通貨発行益を異端視したり、それによる財政財源化を「財政ファイナンス」と呼んであたかも財政破綻の元であるかのように喧伝する宗教めいた奇説を唱えてデフレ経済を10数年続けたりはしないのでしょう。