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GPIF改革はアベノミクスを救う

今年の5月23日、日経平均が1100円の暴落を演じたことはまだ記憶に新しいことです。

10年もの物価連動債から算出される期待インフレ率は、昨年来上昇を続け、株価暴落前には2%弱にまで達していましたが、この株価暴落頃を境に低下し現在は1.3%程度にまで低下しています。*1

 早くから金融緩和の有効性を説き、安倍首相に実行を提言した1人である嘉悦大学ビジネス創造学部教授の高橋洋一氏は今年1月に次のように語っていました。

アベノミクスの一番大きな柱は、金融政策によって株高・円安に誘導することです。すでに成果が出ていることは間違いありません。日銀総裁人事や日銀法改正にまではっきり言及し、本気で株高・円安誘導に取り組む姿勢を鮮明にしたのは、歴代でも安倍首相が初めてではないでしょうか。
      NEWSポストセブン2013.01.29 安倍晋三氏 本気で株高・円安誘導姿勢示した首相は初との評 安倍晋三氏 本気で株高・円安誘導姿勢示した首相は初との評

株価は、アベノミクスの成果を測る重要指標のひとつと言えるでしょう。

リフレ政策論者の日銀副総裁・岩田規久男氏は、リフレ政策が実体経済に波及しインフレ率を上げるメカニズムについて次のようなスキームを想定しているとされています。*2

  • インフレ目標設定の設定、市場の期待への働きかけ
  • マネタリーベース増大⇒予想インフレ率上昇→株価上昇→トービンのq上昇(=予想実質資本コスト低下)→投資増大

     日銀が株価高騰政策を続けなければならない理由 - シェイブテイル日記 日銀が株価高騰政策を続けなければならない理由 - シェイブテイル日記

こうしたことから、2年間という短期でのデフレ脱却を目指す政府日銀にとっては、昨今の株価暴落・低迷といった事態はできれば避けたいところでしょう。 

では5月の株価暴落を招いた主体は一体誰だったのでしょうか。
これについては色々な意見があり、6月12日のNHKクローズアップ現代では、暴落前にうまく株を売り抜けた海外投資家を登場させて、ヘッジファンドなどの売り浴びせを連想させる番組となっていました。

実際の株式売買動向を調べてみました。
図1は、今年2月から直近までの株価(TOPIX)と投資家別の株式売買動向とを重ねてみたものです。図の煩雑さを避けるため、投資家動向では外国人と、年金基金などの動向を反映する信託銀行のみを表示しました。

株式を売り浴びせ続けているのは外国人ではなく年金基金など(信託銀行)

図1 最近の株価動向と投資家別株式売買動向
投資家別売買動向出所:Trader's Web
左縦軸:TOPIX。 売買動向の縦軸は図の煩雑さを避けるため省略したが、外国人が最大に買い越した4月第2週で1.6兆円の買い越し(最も長い紫縦棒)。
5月第4週以降の株価暴落局面で株を売り浴びせたのはまず年金基金だった。 外国人もこれに追随、株価は一時、異次元緩和以前の水準に。

この表示した期間、5月23日の暴落以外にも、4月4日の黒田日銀による異次元緩和発表といったイベントもありましたが、年金基金など(信託銀行)はそれらイベントとは関係なく、一貫して売り。
 我々の年金を預かる資金運用組織は、実際の外国人がそうだったように、黒田日銀が高株価政策を採っていることに追従して株式を買い続ければよさそうなものなのに、なぜ売り浴びせるような運用をしているのでしょう。

公的年金資金の運用を行なっている組織は「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)です。

このGPIF、運用資金残高は2012年度(平成24年度)末の運用資産額は、120兆4,653億円。2011年末時点では、世界の年金基金の中で、資産額は第2位のノルウェー政府年金基金(5,755億2700万米ドル)に2倍以上の差をつけて世界最大(1兆3,948億7300万米ドル)とされています。*3

120兆円という運用資産額は、ゴールドマン・サックスの9,113億ドル(90兆円)、最大級のヘッジファンドでもせいぜい数兆円規模であることと比較しても巨大であり、市場に与えるインパクトの大きさは半端ではありません。

現在、このGPIFの資産運用は、過半が債権(国債など)で行われています。
図2は世界各国での公的資金の運用ポートフォリオを比較したものです。

GPIFポートフォリオは債権偏重が目立つ

図2 世界の公的資金運用ポートフォリオ
出所:GPIFウェブサイトFAQ海外投資データバンク
略号 GPIF:年金積立金管理運用独立行政法人、GPF-G:ノルウェー政府年金基金−グローバル、CPPIB:カナダ年金制度投資委員会、CalPERSカリフォルニア州職員退職年金基金

 安倍政権以前の政府は、年金資金を累増する国債の買い支え手段とみなしているところがあり、現在のように債権偏重のイビツなポートフォリオとなっているものと思われます。

ただ、各方面からGPIFポートフォリオの債権偏重を是正して欲しいとの声があり、去る6月7日、GPIFは運用するポートフォリオの見直しを発表しました。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は7日、現在の第2期中期計画(2010−14年度)の変更を発表した。運用資産の基本ポートフォリオ比率に関し、国内債券を従来の67%から60%に引き下げる一方、国内株式は11%から12%に増やす。
     Bloomberg6月7日 GPIF:基本ポート債券60%に下げ、株式12%に上げへ

期待されたポートフォリオ変更に対し、実際には国内株式の枠を1ポイント増やした程度に留まりました。

その後の日経新聞インタビューでは、三谷隆博GPIF理事長は年金資産運用について次のように答えています。

――今後の運用計画見直しのスケジュールは。
「2015年4月まではよほどの変化がないかぎり、今(第2期)の基本ポートフォリオを続けていく。基本とついていることからもわかるように、そうしょっちゅう変えたらなんのための基本ポートフォリオかということになってしまう。厚生労働省で5年ごとに行う年金財政の再検証の結論が、来年の初めくらいに出る。それを踏まえて第3期(15年4月から)の基本ポートフォリオを検討する。もちろん市場の大きな変動や、特殊なことが起これば別だ」

――今回(6月7日)の資産構成の見直しは現状追認といえそう。
「結果的に直近のポートフォリオに比較的近い数字が出た。改定もしやすかった。あまり違う数字が出て来ると、見直し自体がマーケットにいろんな影響を及ぼしかねない」
「第2期の中期目標を与えられた段階で、市場に大きな影響を及ぼさないことになっている。大きく違ったことがでてくると、そこで悩まないといけなかった。当然(変更前との)差の部分については、マーケットはある期間内に(GPIFが)そのポートフォリオに合わせるように売り買いするとの思惑が出る」

――日銀が目指す2年で2%の物価上昇率を達成するという目標についてはどう考えるか。
個人的にはなかなか難しい目標だと思っている。しかも安定的に2%というのは本当に難しい。一般論としては、景気の好不況や円の価値に関わらず、せいぜい1%前後。よほどのことがないと2%まで届かなかった。しかも2年(という期間を設ける)となると相当難しい目標だし、キープしていくというのは極めて難しいと思う

――日銀が掲げた物価上昇率目標はGPIFの運用にどのように影響するか。
「いまのところ2%を前提に運用を見直すということにはまだならない」

       日経新聞2013年6月25日 GPIF理事長に聞く

政府・日銀が2年間の短期集中でデフレ脱却に努力している中、GPIFは「我関せず」といった態度を続け、デフレ脱却目標にも否定的見解を述べています。
少々手を入れたとはいえ、GPIFが120兆円という韓国GDPに匹敵する年金資産を今のポートフォリオで運用する場合、株価が騰がる毎に、今後も機械的に売り浴びせ、意図的かどうかは別として、インフレ期待をしぼませることでしょう。*4

ただ、このGPIFにも改革の動きが始まっているようです。

世界最大の機関投資家年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に「アベノミクス」の風圧が強まりつつある。日本国債など国内債券に偏っている安全・低リスク運用を転換、年金運用の収益を上げるとともに、株式や不動産関連などにも投資の分散を進めたいというのが政府の思惑だ。

しかし、変化とは縁遠い巨大な官僚組織が新たな環境に対応しにくいのは、GPIFも例外ではない。再浮上した同法人の改革論議が、安倍政権の期待する成果を生むかどうかはまだ不透明だ。

「(GPIFは)まさにまな板の上の鯉のような状態」。GPIFの清水時彦・調査室長は先週、都内で開催されたヘッジファンドセミナーでこう語った。今回、安倍政権が仕掛けようとしている同法人の改革が、部内の職員ではなく外部の有識者による会議で議論されるためだ。
…。

7月1日に初会合を開いた有識者会議の座長、東京大学大学院教授・東大公共政策大学院院長の伊藤隆敏氏はロイターのインタビューで、同法人の運用方針とガバナンスは一体的に議論するのが適切との見方を示した。同会議はGPIFだけでなく公務員共済などおよそ200兆円に上る公的資産の運用のあり方を全般的に論議し、今年の第3四半期までに改革案の取りまとめを行う予定だ。
…。

膨大な運用資金を持ちながら、独立した監視機能もなければ、独自のファンドマネージャーを採用する権限もない。こうした同法人の現状には、与党・自民党などからも不満の声が絶えずある。公的・準公的年金の改革を訴え続けている日本銀行OBの塩崎恭久衆議院議員は、GPIFの運用が「今はほとんど外出しで『おまかせ』の状態。これはだめだ」と手厳しい。
…。

今後の議論では、「GPIFの法人形態やガバナンスが重要なテーマになるだろう。最終的に資産運用の専門家ではない厚生労働大臣が実質トップとして運用の責任者になっている状態はおかしい」と塩崎氏は指摘する。

Reuter7月2日 焦点:動き出すGPIF改革、巨大年金基金に「アベノミクス」の風圧

GPIFに適切な改革がなされれば、巨大年金基金の資金運用が弾力化され、新たに雇用される有能なファンドマネージャーが、株式を含めた多様な資産運用で高パフォーマンスを挙げる可能性が出てきます。
これは年金運用益の積み増しというだけでなく、デフレ脱却を目指すアベノミクスにとっても大変有益なことと思われます。

もう一度図1を見てみますと、年金ポートフォリオの修正を発表した6月7日頃には株を売り越していたGPIFが、株価が反騰しはじめた6月第3週・4週には年金基金は株を買い越したようです。

もしかすると、政府の苛立ちがようやくGPIFにも伝わってきたのかもしれません。

*1:日本相互証券株式会社サイト

*2:浜田宏一編「リフレが日本経済を復活させる」p240

*3:ウィキペディア年金積立金管理運用独立行政法人

*4:三谷理事長は旧日銀OB,運用委員の一角にはデフレ派の小幡績氏がいることは気になるところです。