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「デフレ脱却は危ない」はここがオカシイ

最近書かれた「デフレ脱却は危ない−アベノミクスのジレンマ」(高橋淳二著)という本。

公認会計士という著者「デフレ脱却は危ない」という主張を具体的に検証してみましょう。
以下
❏:高橋淳二氏の主張(ページ数)
:シェイブテイルの主張
 です。

❏(5)アベノミクス金利上昇のないデフレ脱却は不可能ではないのか。金利上昇による危機に至らしめないデフレ脱却ルートを示せ。
:デフレを脱却すれば名目金利は上昇するでしょう。ただし同時に実質金利は逆に下降していき、投資が容易な環境となるでしょう。
黒田日銀の異次元緩和で実際そうした動きとなっています。(図表1)。
金融緩和で期待インフレ率が上がった

図表1 ブレイクイーブンインフレ率推移
出所:日本相互証券 ブレイクイーブンインフレ率
 10年利付国債複利利回り10年物価連動国債複利利回り ブレイクイーブンインフレ率(BEI)


❏(32)不必要な量の日銀券を発行しても、デフレでは日銀当座預金に積み上がるだけ。
:これは個人的にはそうした面があると思います。金融緩和だけでは、デフレ脱却に2年を要するとされていますが、強力な金融緩和と同時に、財政政策を実施すれば、景気に弾みがつき、日銀当座預金も貸し出しに回ることになるでしょう。
 ⇒アベノミクスとマンデルフレミングの呪い - シェイブテイル日記 アベノミクスとマンデルフレミングの呪い - シェイブテイル日記
財政政策の財源が気になるのであれば、こんな手もあるかもしれません。
 ⇒減価する地域通貨に関する参考文献 - シェイブテイル日記 減価する地域通貨に関する参考文献 - シェイブテイル日記

❏(34)ETF・REITなどのリスク資産購入は通貨価値安定の中央銀行の責務に反し大々的には実施できない。
:そんなことはありません。実際、米国ではFRBファニーメイフレディマックの減価した住宅債権を大量購入し、米国の住宅バブル崩壊の惨事を最小限に食い止めました。 バブル崩壊から5年後の今、米国経済は回復軌道に乗りつつあり、FRBの出口戦略が話題になっているところです。
 ⇒バーナンキはなぜ大量の債券を買ってきたのか - シェイブテイル日記 バーナンキはなぜ大量の債券を買ってきたのか - シェイブテイル日記

❏(43)金融政策は車のブレーキのようなもの。どれだけ緩めても加速は無理。財政政策は加速可能だが、財源に問題あり。
:これは(32)に対して述べた通りです。

❏(46)増税を先送りし財政政策を実施ても賢明な国民は消費・投資を抑え、貯蓄するので効果は減退する(リカードの等価命題)。
:高校教科書レベルの常識的な経済観では、財政政策を実施すれば景気は良くなり、増税をすれば景気は悪くなります。
実際、1997年の橋本龍太郎内閣の増税・国民負担増をきっかけに日本経済は明確なデフレ経済入りとなりました。
まだデフレまっただ中の現在、更なる増税を実施すれば、橋本デフレ以上の景気後退の惨状となるでしょう。

❏(51)乱暴だが確実にインフレを起こすには工場店舗などの操業を強制停止させれば良いが、それでは景気は回復しない。すなわちインフレ・デフレは経済活動の結果であって原因ではない。
:インフレでは失業率が減り、デフレでは失業率が高まるという関係があります。インフレ率と失業率の関係はフィリップス曲線と呼ばれています(図表2)。

図表2 日本のフィリップス曲線
インフレ率が高くなれば失業率が減り、インフレ率が低くなれば失業率が高まる。

❏(53)マネタリーベース量で、マネーストックはコントロールできない。マネタリーベースの量を減らした2006年頃にもマネーストックは漸増し、M2+CDで言えば1988年の400兆円が現在は800兆円と倍増している。つまり、日本では通貨量と物価の関係が崩壊していて、いくら金融緩和してもデフレからは脱却できない。
:マネタリーベースとマネーストックの関係はインフレの時よりもデフレ下では弱まるということはあるでしょうが、両者にはやはり相関関係はあり、関係が消失することはありません。(図表3)
マネーストックはマネタリーベースと相関がある

図表3 マネーストックとマネタリーベースの関係
1999年以降のMS・MBの変化。
出所:嶋中氏ペーパー図5
嶋中氏のペーパーではこの図のようにMS・MB両者間には強い相関があるとされている。
ただ、近年はMBによるMS刺激効果が弱まっているという分析も同時になされている。

❏(59)インフレターゲット政策をインフレ率引き上げに使った例はなく、実際にはインフレ抑制策だ。
:戦後20年もデフレを維持している国が世界中で日本だけであり長期デフレでインフレターゲット策を使った国がないことは自明です。ただ、リーマンショック後にインフレターゲット採用国のポルトガルやタイではインフレ率が一時マイナスに落ちましたが、すぐにインフレターゲット内に復帰しています。
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❏(60)しかし、その一方で通貨量を増やし続ければ、どこかでは悪性インフレとなってしまう。
:通貨が不足していればデフレで、通貨が大きく過剰であればひどいインフレになる。これは結論ありきのデフレ論者がよくつかうレトリックですね。 日本を除く先進国は大半がインフレ目標を採用しておりそれらの全てでインフレ率は、短期変動を除けば一定レンジに収めることができています。普通の国はデフレでもなく悪性インフレでもないマイルドインフレです。 日本だけがこの20年例外であったのは、日本だけがCPI=0%というデフレを目標とする特殊な金融政策を日銀が採ったためです。
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❏(67)債務削減の第一歩はプライマリーバランス黒字化だが、国債費除く歳出70兆円に対し、バブル期での歳入でさえ60兆円だから達成不可能。 PB黒字化には40%成長が必要。
:債務削減が至上命令のように書かれていますが、債務がなくなれば、貨幣経済もなくなると元FRB議長も言ってます。

また、国の債務を発散させないための条件、いわゆるドーマー条件にはプライマリーバランスがゼロであるということが必須ではなく、プライマリー赤字(対GDP比)であっても、それがどんどん大きくなっていくのではなく、ある値以下に抑えられるならば、成長率>金利の下で債務残高の対GDP比は収束する、つまり、ずっとプライマリー赤字が続いていてもよいということです。現実問題として、成長率>金利が成り立つならば、まず財政破綻は起きないとされています。

❏(68)国の債務をへらすには、<1>過酷な税制にする、<2>社会保障費など国債費以外を大幅減額する、<3>GDP成長率を高度成長期以上のとんでもない勢いに伸ばす、のいずれかしかない。
:(67)で述べた通りです。

❏(74)国の粗債務が1000兆円だが、資産だって多い、という主張があるが、非金融資産の多くは二束三文でせいぜい100兆円程度で、意味が無い。金融資産では例えば米国債およそ100兆円を売却すれば世界経済が崩壊する。
:世界経済が崩壊するかどうかは取り敢えずおくとしても、米国債を売るということが実際難しい選択肢であることには同意できます。

❏(80)日本の政府債務は内債であるため、債務者・債権者ともに国民という、いわばエセ債務である。エセ債務の場合、徴税権があるため、政府は自分で返す気がなく、国民も他人ごととして返す気がなく外債より危険。
:これは何を言っているのか第三者には分らない話です。世界中の経済学を学ぶ人の中で、内債が外債より破綻しやすい、などと考えている人は殆どいないのではないでしょうか。エセ債務といった訳がわからない用語を用いることで、せっかくのこの本がデフレ原理主義的色彩が濃くなっているのは残念です。

❏(86)財政破綻には<1>政府の債務不履行(狭義財政破綻)、<2>ハイパーインフレ(広義財政破綻)、<3>過度なインフレ税(広義財政破綻)、<4>極度円安・外貨準備枯渇(広義財政破綻)、<5>金利上昇、政府歳出激増による財政破綻(狭義財政破綻)、<6>金利上昇、国債暴落、国債保有者が大損害(広義財政破綻)といったシナリオがありえ、日本では<6>がメインシナリオ。
:シナリオとしてはそれでも結構ですが、過去800年に亘り、日本のような状況の国が破綻したことがないことは以下のエントリーで書きました。

❏(113)1%の金利上昇で金融機関は6・4兆円もの損失が出る。
:追試算はしていませんが、直観的にはそれくらいが妥当に思えます。

❏(117)銀行は国債運用損失を貸出業務利益とその他業務利益ではカバーできない。
:昨年来期待インフレ率が上昇しています(図表1)。これに伴い株式資産や不動産資産は評価額が増えます。実際、直近のメガ銀行の決算では、みずほFG社長は長期金利について「足元で徐々に上昇していることを認識しているが、収益に影響するほどの大きさではなく、株高の中でリスク管理は可能との見解を示した。そして、金利が1%上昇した場合、同行の債券含み損は1000億円から2000億円になる一方で、ポジティブな効果をもたらす可能性もあると指摘した。」との報道がなされています。*1

❏(149)日銀レポートによると、1%金利上昇によるTEAR1比率押し下げは0・3-0・4%で済む、となっているが前提が甘く結論は疑問。 (173)自国債は無リスクとされているがリスクがあるため。
金利上昇とTEAR1比率押し下げの相関の数値妥当性はわかりませんが、日本国債名目金利が世界最低水準で、保険料に当たるCDSも低いので日本国債を無リスクとする考え方は基本的に間違っているとは思えません。

❏(183)巨悪から目をそらすために日銀は利用されていて、「本当の悪人」がのさばっている。金利上昇の弊害に言及しない経済学者は信用してはいけない。
陰謀論、ですか。 「本当の悪人」というのは名前を出さないとわかりません。「金利上昇に弊害があることに言及しない経済学者」は普通経済学者とはよばないでしょう。

❏(193)日銀券は80兆円しかないのに、銀行預金は770兆円あり、日本には銀行預金を半分一斉に引き上げようとしても、実はおカネがない。金融資産は実物資産と異なり、「仮想資産」に過ぎずババ抜きである。
:日銀券も銀行預金も、ともに銀行の負債を背景に生まれているマネーで全く等価物です。昔の兌換紙幣の時代であれば、兌換可能な正貨(ゴールド)があるかどうかは関心の対象だったかもしれませんが、現代の不換紙幣時代では、全ての負債がなくなれば、マネー経済もなくなるという事実以外にはありません。

❏(198)しかし、通貨の信認さえ保たれれば危機は生じない。この意味でデフレでは日銀券に疑問を生じさせない。金利のコントロールが重要。
:通貨の信認。これは旧日銀理論の中核でした。通貨の信認など全くなくても普通に通貨が通用している事例もあります。貨幣経済で重要なのは通貨の信認などという定義不能の概念ではなく、その通貨の額面価値に見合う商品・サービスが潤沢にあるかどうかだけです。
銀行券ルールと飴玉・マリアテレジア銀貨・Bitcoin - シェイブテイル日記 銀行券ルールと飴玉・マリアテレジア銀貨・Bitcoin - シェイブテイル日記

❏(201)不換紙幣の現代では、通貨・内債乱発で為政者が財産を巻き上げても、逆に国民資産が増えている錯覚に陥る。
:国民の資産は高齢者世帯を中心に実際漸増しています。これは額面だけが増えて実態がないわけではありません。指摘されるような、貨幣が減価した状態は高インフレと言います。現代日本のデフレ、つまり貨幣価値が無用に高すぎる状態の対極です。

❏(207)日本では高い貯蓄性向があるので国債発行システムが維持されて際限なく国債が発行できる。
国債が日本ではどんどん増えていくのに、同時に国民と企業の預貯金がどんどん増えていくメカニズムについてはで書きました。

❏(228)磯野家での喩え話。結論は「日本円の価値の源泉は海外資産があること」
:喩え話の意味がよくわかりません。 ただ結論は間違っています。日本円の価値の源泉は日本円が通用する日本で潤沢に交換対象となる商品・サービスがあるからであり、海外資産とは無関係です。 海外資産がない国々の通貨もその国に商品・サービスが潤沢なら問題なく通用します。

❏(238)日本円には米ドルのような「国力」が伴っていないため、「本当の力」はない。
:本当の力の意味がわかりません。基軸通貨ではない、の意味ならその通りです。

❏(240)際限なく借金できるなら、国民に100万円ずつ配ればどうか。将来破綻を恐れる国民はそれらを全て貯蓄するであろう。ではひとり1億円配ればどうか。超インフレになるであろうからどちらもダメ。
:100万円ずつ配る、というのは悪くないアイディアです。その100万円を国民全員が貯蓄する、ということはありえません。貯蓄した残額でいままでできなかったささやかな贅沢をしてもいいですし、海外旅行するために外貨に替えても構いません。マネーストックが大幅に増えることで、名目GDPが押し上げられ、直ちにデフレを脱却できる可能性が高いでしょう。財源となる120兆円は国債を発行してそれと同額を日銀が引き受けることで生まれます。財政法という法律をちょっと変えれば、これは政府と日銀のPC画面から容易に生まれるマネーです。ただしひとり1億円は多過ぎるでしょう。

❏(249)消費税増税財政再建のためにやるのではなく、巨額の政府債務を崩壊させないためにやるもの。(252)財政再建にとっては焼け石に水である。
:これは根本的に間違っています。これを例えれば日本丸は沈没が決まっていて沈没を遅らせるために乗員がつぎつぎに海に飛び込むようなものです。ここまで述べてきたように、日本丸は沈没から程遠い状態です。そこで乗員を次々と海に飛び込ませるのは基地◯沙汰です。

❏(251)これを法人税増税所得税増税でやれば、カネのある法人・個人は海外に逃げる。逆進性がある消費税なら、徴税される庶民は海外に逃げられないからしっかり徴税できる。
:(249)に書きました。付け加えれば、著者の人格が疑われる内容ですね。

❏(256)デフレなのに名目GDPが維持されているのは名目GDPが水増しされているから。
:どんな思い込みですか。付き合いきれません。

❏(291)ほどよいインフレの実現は難しい。なぜならば、物価上昇の予想が生じた途端国債が暴落するから。
:(256)に同じ。

❏(300)日本円は政府信用(エセ借金)に裏打ちされている比率が高まっていて、エセ濃度が高い。コアCPIをプラスにするには、エセ濃度を50%以下に下げる必要がある。
:(256)に同じ。

❏(307)日本が財政破綻をせずに済んでいるのは、「低金利・不景気・デフレ」のおかげ。増税して公共投資をせよ。
:(256)に同じ。

全部読んで、ただのひとつも著者がデフレ脱却が危ないというまともな理由が書かれてないことに安心しました。
というよりも残念ながら、著者の発想の危なさには同情を禁じえません。

*1:ウォールストリート・ジャーナル2013年 5月 16日 09:22 JST 日本の3メガ銀の13年3月期、堅調な最終益―株高などが寄与