銀行券ルールと飴玉・マリアテレジア銀貨・Bitcoin
日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁は26日午前、衆院財務金融委員会に出席し、「日銀が国債の買いすぎを防ぐために定めている「銀行券(日銀券)ルール」は欧米でも(ルールは)なく、撤廃も含めて検討する」として、廃止したうえで国債購入をさらに増やす方針を示しました。 *1
これに対し、先に退任した白川日銀前総裁は、銀行券ルールは、「財政ファイナンスを目的として買い入れたとなれば、長期金利への悪影響が懸念される。(銀行券ルールは)一国の通貨の信認にとって望ましい」との認識を示していました。*2
白川前総裁の考えでは、日本がデフレであっても守るべきは通貨の信認であり、通貨の信認を守るための装置として発行体の日銀には通貨の発行過剰を防ぐ、銀行券ルールが設定されている、ということになります。
この通貨の信認というものを考える上で、考える手がかりになりそうな事例を3つほど挙げてみましょう。
1.東南アジアの飴玉通貨
東南アジアでは、少額のお釣りのかわりに飴玉を渡されることがあります。 インドネシアでは1000ルピア(約10円)以下のお釣りとして飴玉が使われることがあるようです。
この飴玉通貨、流通量が多過ぎないか、あるいは「発行体」のお菓子メーカーの財務状況を勘案して受け取るかどうかを決めている人はあまりいないでしょう。
それでも人口2億の国で、1日1個10円の飴玉が流通しているとすると、年間流通高7000億円となり、これはラオスのGDPにも匹敵します*3。
2.1780年銘のマリアテレジア銀貨
エチオピアの西部とイエメンでは1977年頃まで1780年銘のマリアテレジア銀貨が流通していました。 *4
エチオピアの西部にあるカファ地方は、コーヒーの語源にもなったところです。 コーヒーの商取引には、他のどんな貨幣でも受け入れられず、マリア・テレジアの銀貨だけが200年近くにわたって使われ続けました。
発行体のオーストリー政府は、マリアテレジアの没年1780年以降も同年銘の銀貨の発行を続け、第一次大戦敗北後の1935年、貨幣の鋳造権をイタリアに譲り渡しました。 この年から、イギリス、フランス、ベルギーもこの「1780年銘のマリアテレジア銀貨」を発行しました。 フランス政府はこう言ったとか。「オーストリーが貨幣鋳造権を手放した以上、もはやこれは貨幣ではなく、単なるメダルである。どの国が発行しようと構わない」
発行体がこううそぶく通貨が、イエメンでは、1977年まで公式貨幣として認可されていたそうです。
3.Bitcoin
Bitcoinは2009年に創られた電子マネーで、アルゴリズムを駆使したP2P方式の仮想通貨であり、ソフトウェアもオープンソースで公開されています。
このBitcoin、現在1Bitcoin=約7100円あるいは75ドルのレートで通用しています。*5
現代日本でも多数の電子マネーは相当普及していますが、これら一般的電子マネーの場合、中央銀行や市中銀行による信用創造で創りだされたマネーの代替に過ぎず、銀行以外の場所で新たに通貨が創造されているとは言えません。
ところがBitcoinの場合には、発行体がなく、特定の通貨と直接に結びついているわけでもありません。
価値の裏付けが別の価値では無くアルゴリズムに過ぎないというわけです。
これらの事例を見てみますと、通貨の信認、あるいは発行体の信認というものは、通貨が滞りなく流通することに普段はほとんど影響していないように思えます。
それよりもはるかに重視されていることは、その通貨を受け取ったとき、その通貨で受け取れる商品・サービスが潤沢にあるかどうか、ということでしょう。
そうであれば、デフレ状態つまり商品・サービスの供給が需要を上回る状態で通貨の信認を持ち出すのはピントがズレていると言わざるを得ないのではないでしょうか。
そもそも通貨の信認の欠如(lack of confidence in currency)という言葉はハイパーインフレーションの説明にしばしば使われていて、デフレ状態の国で心配するべき事柄なのか相当に疑問です。
こうして見てみますと、通貨の信認といった呪縛に囚われず、黒田日銀総裁が日銀券ルールの撤廃を考えていることは、2%のインフレ目標の達成に資するものと考えられます。