シェイブテイル日記2

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山中伸弥先生の5年前のお話

山中伸弥先生がノーベル賞を受賞されました。おめでとうございます。
平成19年に山中先生が講演をされたのをたまたま聴く機会がありました。 
以下はその時書いたメモです(ただ、自分用メモですので、一般向けとは言えません。いつも来られる方は基本的にスルーをお願いします…)。

1.ES細胞と山中教授の研究テーマ設定
 ES細胞は万能性、増殖性より全ての細胞・臓器になり得る潜在能力を持つ。
一方、ヒトでのES細胞の臨床応用については、ヒト受精卵由来となることの倫理的問題、自分自身由来のES細胞で無い限り、拒絶反応を惹起するという課題がある。
山中教授はこれらの問題を解決するべく、患者自身の体細胞由来のES細胞様細胞の樹立を研究テーマとした。

2.研究展開
 線維芽細胞などの体細胞と、ES細胞を融合させると、ES細胞様の細胞株ができることが知られていた。
この事実を中山教授はES細胞に多機能性を誘導させる「多機能性誘導因子」の存在を示唆するものと捉えた。更にこの仮想多機能性誘導因子は、「多機能性維持因子」と同一であろうという更なる仮説を置き、ES細胞のみに発現している因子の同定に取り組んだ。
当初はin vitro での検索を試みたが不成功に終わった。 そこで、in silicoに研究ターゲットを変更し、ESTライブラリを通常の体細胞の発現遺伝子ライブラリと比較し、更にノーザンブロットで未分化ES細胞にのみ発現する因子として、24個の多機能性誘導因子候補を得た。
これらのうち、例えばnanog遺伝子のKOマウスを作製すると、必ず死胎となり、nanog遺伝子産物が必須因子であることが分かった。同様にsox2、oct3/4もまたKOマウスが死胎となることから必須因子と考えられた。
ES細胞では細胞表面のLIFが細胞膜内のstat3と複合体を形成、ES細胞の維持に働いている。nanog遺伝子産物を過剰発現させた細胞では、LIFなしでも多能性が維持された。LIF阻害剤であるhLIF5存在下でもnanog過剰発現細胞では多能性が維持された。 LIFが外れると、stat3はリン酸化され、転写因子として何らかの遺伝子を活性化していた。
マイクロアレーによりstat3の標的遺伝子を探索した。その結果標的遺伝子はKLF4遺伝子と同定された。 なおKLF4はGKLFと同一遺伝子でもあった。
KLF4を過剰発現させると、ES細胞が維持されることが分かった。
続いて上述の24遺伝子候補より、ES様細胞の発現・維持に必要な必須因子を同定した。そのためには効率的な評価系の構築が必要となった。Fbx15遺伝子下流にNeo耐性遺伝子をつないでノックインマウスを作製、Fbx15遺伝子発現をネオマイシン耐性によりスクリーニングする系、更にMEF(マウス胎生線維芽細胞)でレトロウイルスベクターに候補遺伝子をつないでES細胞様細胞の樹立をみる系でスクリーニングを行った。
その結果、どの1遺伝子候補だけでもES細胞様細胞の樹立は不可能であった。 一方、24遺伝子候補を全て導入したMEFではES細胞様細胞(=iPS細胞:誘導性多機能性幹細胞)が樹立された。 24候補を順次取り除く実験の結果、4遺伝子群、つまりoct3/4, sox2.klf4, c-mycの4種が存在すればiPS細胞が樹立できることが昨年分かった。
ES細胞は、ヌードマウスで奇形腫を形成することが知られているが、iPS細胞を用いてもヌードマウスで奇形腫を形成することが出来た。

3.ヒトiPS細胞樹立
 成人皮膚線維芽細胞をiPS細胞化するための必須因子数もやはり4種と思われた。ただし、マウスではLIFの作用が必要であったが、ヒト線維芽細胞ではbFGFが必須だった。
ここでひとつ大変大きな問題がクローズアップされた。必須遺伝子とされているc-mycは癌遺伝子として知られており、実際iPS細胞導入胚由来マウスでは20-40%の個体に腫瘍を生じた。
c-mycが本当に必須因子かどうかを調べたところ、薬剤選択条件を変えたところ、c-mycなしでも遅いながらiPS細胞が樹立できることが分かり、真の意味では必須因子は癌遺伝子を含まない3個と考えられた。
これまで染色体に取り込まれるレトロウイルスベクターを用いてiPS細胞樹立を行ってきたが、臨床応用を前提に、現在はアデノウイルスベクター系での細胞樹立を検討中。 メラノーマとES細胞を融合させると、細胞は正常化することが知られており、正常分化細胞のみならず、癌化細胞もES様細胞により正常未分化細胞へとリセットされるらしい。

山中先生は発想が柔軟で、攻め口がうまくいかないとなればその攻め口にこだわらずに、二の矢三の矢と繰り出せる点は、当時からノーベル賞級だと思えたものでした。