シェイブテイル日記2

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2003年のバーナンキ理事から2012年の日本への示唆

ネットで資料を探していたところ、たまたま自民党山本幸三議員の資料庫にあった資料を見つけました。*1
 どうやらこれは2003年5月に来日する直前のバーナンキFRB理事(当時)を山本議員が表敬訪問した時の応接メモのようです。内容は、現在の日本での金融・財政政策をを考える際にも参考になるものなのですが、どうやら紙の応接メモをコピー機でPDF化したものなので、ネット検索にかかりにくいため、文字起こしをしてみました。

応接メモ山本幸三衆議院議員−−FRBバーナンキ理事
2003年4月29日(水)午後2時−3時
於 ワシントンDC FRBバーナンキ理事執務室

山本議員)別途お渡しした論文の通り、私は日本では伊藤隆敏教授や岩田規久男教授らとともにインフレターゲット導入を強く主張している。 国会でもこの問題を幾度となく取り上げてきた。理事はインフレターゲット導入に積極的な立場と承知しているが、FRBでの議論はどうか。

FRBバーナンキ理事)我々はインフレターゲットを明示的には採用していないが、実際的にはインフレを一定幅内に収めるよう努めており、PCE(Personal Consumption Expenditure;個人消費支出)をみても1.5%近辺で安定している。

山本議員)今指摘されたPCEとCPI(Consumer Price Index)はどのように異なるのか。

FRBバーナンキ理事)両者とも消費者を対象とした物価指数であるが、次の二点において異なる。 第一にCPIは構成要素のウエイトのかけ方が一定である。 時間の経過に伴い、需要は相対的に価格が高いものから低いものに移行していくにもかかわらずウエイトを一定にしていることから、CPIだと上方バイアスもかかってしまう傾向がある。 この点、PCEはウエイトを変化させているためこうした問題は起こらない。 第二に構成要素の取り方だが、CPI家屋等あまり一般的でない要素もバスケットに入れている。
 FRBは物価と雇用の安定という二つの目標を持っているが、特に雇用の方は政治的に難しい問題を伴う。 ただプラクティカルには、インフレは1.5%を中心に2%を越えないよう、他方で1%未満ともならないようにすべきであると考える。

山本議員)暗黙にはインフレターゲットを採用しているということか。

FRBバーナンキ理事明示的には採用していないが、そういうことだ。

山本議員FOMCではインフレターゲットを議論しているのか。

FRBバーナンキ理事)物価の安定はFOMCのゴールの一つである。

山本議員)フィリップスカーブにもあるとおり、物価と雇用の安定はトレードオフの関係にあるのではないか。

FRBバーナンキ理事)二つの目標は矛盾するものではない。物価の安定は強い経済につながり、ひいては雇用の安定に結びつく。

山本議員)二つの目標を両立させるとなるとインフレターゲット導入は困難か。

FRBバーナンキ理事)この10年間でFRBの政策決定過程は相当透明になった。10年前には利率変更すら公にしていなかった。こうした取組みにより、議会においてもFRBの金融政策に対する理解が深まった。他方で今でも金利に関心を寄せる議員もいれば、雇用に関心を寄せる議員もおり、こうした中インフレターゲット導入と物価及び雇用の安定の両立がどのように結びつくのかもう少し時間をかけていく必要があろう。

山本議員)議会はインフレターゲット導入に賛成か反対か。

FRBバーナンキ理事)両方だ。インフレターゲット導入の法案を提出する議員もいれば、中央銀行の立場を尊重すべきという議員もいる。個人的には法律で導入するより今の枠組みでやるべきと思うが。

山本議員)自分は自民党インフレターゲット導入等の日銀法改正案のドラフトを作成した。自民党はこれでよしとなったが、公明党中央銀行の独立性を尊重する立場から反対の立場であった。自分は新日銀総裁についても候補を推薦したが最終的にはその通りとはならなかった。ただ、経済の状況については強く憂えており、場合によっては第二大恐慌に陥る可能性もあると考えている。今後とも将来的にインフレターゲット導入するよう日銀にプレッシャーをかけつづけていくとともに、国会でも自分の考えを主張していくつもりだ。

FRBバーナンキ理事中央銀行の独立性について二点コメントしたい。まず独立性の定義であるが、これは二つのレベルを分けて議論すべきである。一つは目標設定のレベル、もう一つは操作手段のレベルである。この内目標設定については議会・政府が関与することがあっても、操作レベルについては独立性を維持するというのが独立性に関する一般的な見解である。英国の例も然り。目標の設定を他の主体が行なっても独立性を侵したことにはならない。
 第二はバランスシート上の問題である。日銀は、リスクのある資産を購入し、その価値が劣化すると財務状況が悪化し、それがひいては政府の介入を招くのではないかと危惧している。 これに対しては、バランスシートの健全性を保つような手段を講じるべきである。 一つの例だが、日銀が買い入れた国債は、政府がブックバリューで買い取る旨保証するという案が考えられる。

山本議員)それは興味深いアイディアだ。アメリカ経済の現況に関する見解をお聞かせ願いたい。

FRBバーナンキ理事)先ほどお話したようにインフレ率は安定している。景気回復の途上にあるが、第一四半期のGDP伸び率が1.6%に留まるなど、減速感が強い。 グリーンスパン議長は、イラクに関する不確定要素が除去されれば投資も促進され消費も伸びると予想していた。私も景気上昇の好機ではあると考えているが、デリケートな状況ではある。FFレートもゼロに近づいており、我々のスタッフも非伝統的な操作手段につき研究をしている。

山本議員)仮に政策金利がゼロとなったらどのような手段を取るのか。

FRBバーナンキ理事)スタッフは色々と研究しているがFOMCレベルでは未だ議論しておらずオフィシャルな見解はない。 ただ手法は幾つかある。第一のステップは残存期間の長い国債を買い入れて長期イールドを下げることだ

山本議員)自分も日銀に国債買い入れを増額せよと主張しているが、中にはETFREIT、株式などを買い入れろと主張する者もいる。こうした見解についてどう考えるか。また法制上こうしたものを買いオペの対象とするのは可能か。

FRBバーナンキ理事国債買い入れについては賛成だ。日本の抱える巨額の財政赤字をマネタイズすれば金利低下につながるし、予算上の制約も緩和され、減税なども可能となる
 国債以外の資産としては、RCCのように銀行再建計画に関連した機関が発行する債券、その他政府関係機関債、株等が考えられ、それぞれ心理的な効果はあるだろうが、実態的には長期国債借入れ(ママ)と大差はない。 ABSも考えられるが市場規模が小さい。
 法律的にはアメリカは日本より厳しく、国債、地方債、政府機関債等しか購入できないことになっている。

山本議員)担保についてはルールが緩いと聞いたが。

FRBバーナンキ理事)その通り。担保についてはラフなルールしかない。

山本議員グリーンスパン議長が再任ということだが、インフレターゲット導入も先送りということか。

FRBバーナンキ理事)ご承知のとおりブッシュ大統領もメッセージを発し、2006年1月までは議長を続けることになるだろう。ただ、インフレターゲットについてはFRBの中でも外でも議論を深めていきたいと考えている。
 自分は5月末に日本に行く。一橋大学の清水啓典教授がホスト役となり、日銀、財務省金融庁等で会談するほか講演も行う予定だ。

山本議員)お時間があれば自民党でもお話をして頂けないか。

FRBバーナンキ理事)日本での会談以外の日程はよく承知していないが、ウェルカムだ。

山本議員)本日はご多忙中有難うございました。

 バーナンキ理事(当時)は、消費者物価指数(CPI)には下級財シフトによる上方バイアスがあるため個人消費支出(PCEデフレータ)を使っていると言っています。 日銀総裁山本幸三議員の同趣旨の質問に「日本では(コアコアでもコアでもない)消費者物価指数が国民に馴染みがあるので」と語っていましたが、上方バイアスがあってデフレに誘導しやすいCPIは使わないというバーナンキ理事の認識とはずいぶん違います。

インフレターゲットにしても2003年段階で、バーナンキ理事はCPE1.5%を中心とし、2%以下1%以上のインフレ率を目指し、1%以下は許容しないとしています。 今年2月以降、日銀はインフレ率の目処としてCPIで1%までは量的緩和を続けるとしていますが、上方バイアスのありなし(約1%)と目標数値の違い(0.5%)により、両国が目指すインフレ率が、マイルドインフレ米国よりも、いまだにデフレ日本の方が1.5%も低く設定されているわけです。

更に中央銀行の目的と手段の独立については、バーナンキ理事は手段さえ独立していれば目的は議会等他で決めて構わないという立場で、目的から独立してしまっている現在の日銀法下の日銀とは違いがあります。

そして「国債買い入れについては賛成だ。日本の抱える巨額の財政赤字をマネタイズすれば金利低下につながるし、予算上の制約も緩和され、減税なども可能となる。」と米国中央銀行の理事が積極的に財政マネタイズの効用を説き、日本の抱える大きな経済問題とされている巨額の国債削減、予算財源(そしてマネー増発によるデフレ脱却)への有効策を明示してくれていることが印象的です。