シェイブテイル日記2

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「今、財政再建」の何が問題なのか

今朝の日経新聞大機小機欄で、財政再建こそ最大の国益と題して財政再建派のコラムニスト氏が持論を展開されています。 財政再建派と呼ばれる人々の典型的な考え方と思われるこのコラムについて考えてみたいと思います。
なお、記事の中の注釈は、コラムニストの意見ではなく、シェイブテイルの意見です。

(大機小機)財政再建こそ最大の国益 2012/5/16 日本経済新聞 朝刊
 連休中に本屋に行って驚いた。*1 「財務省財政再建を訴えるのは、増税をしたいがため」といったことを主張する内容の複数の本が、山積みになっていたのである。*2
 異なる分野の著者がそれぞれ出版しているが、主な主張は「財務省はわが国の財政事情が本当はそれほど悪いわけではないのに、先進国最悪の状況といっている。これは増税を国民に説得するためのキャンペーンである。4%の経済成長を続ければ、わが国の財政は消費税増税がなくても再建できる。4%成長は、日銀がインフレターゲットを2%に高めて、国債の引き受けを行えば可能だ」というものである。
 4%成長のための方法論が学術的根拠に欠ける*3ことや、その結果生じる金利の上昇がかえって経済や財政を悪化させる*4ことについては、多くの論者が指摘しているので、ここでは繰り返さない。一方で、財政再建のために増税を担ぐことが、なぜ責められなければならないのだろうか。
 財務省の最大目標は、財政再建である*5 。このがむしゃらな財政優先の論理が、過去、経済成長をおろそかにしがちであったことも事実であろう。
 しかし、今日わが国の置かれた状況からいえることは、財政再建こそわが国最大の国益だという点である。国債は国民が保有しているので急落しないとの意見もあるが、保有しているのは機関投資家や金融機関である。急落のリスクが高まっても保有し続ける保証はない。投機筋に対しオールジャパンで対抗するので国債急落はない、と考えるのは現実的ではない。

 こう考えると、国債の急落リスクを軽減すべく財政再建に向けて増税を担ぐという財務省の考え方は、おおむね国民の支持を得ることができるのではないか。議論すべき中身が議論されなくなることこそ懸念すべきだ。

 重要なことは、増税とあわせて身を切る歳出削減を本気で実行することだ。*6  民主党政権の予算規模は、自民党時代のそれと比較して、10兆円上ブレしている。高齢化による社会保障費の増加により、やむを得ない部分はあるが、年金支給開始年齢の引き上げやデフレ下でのマクロ経済スライドの導入などの制度改革を怠ったためでもある。
 耳目をひきつける論に振り回されずに、世論や市場の声に真摯に耳を傾けることこそ重要ではないだろうか。(ミスト)

さて、国家財政は、最も簡単に図示すれば、次の図のようになっています。
 
図1 最も単純化した国家財政
財政再建派の主張のように増税・歳出削減を行えば、2.→1.→3.と民間(企業・家計)から
マネーが吸い上げられ、景気が悪化することが一目瞭然に分かる。

この図を使って、財政再建やデフレ対策に何が有効かを考えてみましょう。

(1)成長分野への投資などの効果
 政治家の仕事としては、税を集め、これを再配分する、といったことが頭に浮かびます。これは上の図で「1.政府」が仲介した「2.企業・家計」の中だけでの所得再配分ですね。 この簡略化した図で考えますと、近年の日本の政治家は、ほとんど「1.政府」と「2.企業・家計」の間のキャッチボールのだけを考えていれば良かった時代が続きました。例えば税収を自分の県の高速道路建設に使う、といったことですが、「1.政府」の実体を考えてみれば、「3.市中金融機関など」「4.日銀」とのマネーのやり取り以外は全て「2.企業・会計」を相手にしているのですから、税を財源とした財政政策とは、単に「2.企業・家計」という枠の中で所得移転をしているに過ぎません。
 
 その後税収が減ると景気対策として建設国債を発行する、つまり「3.市中金融機関等」に国債を買ってもらって(借金して)「2.企業・家計」に資金を提供する財政政策が行われました。 ただ、平成に入ってからの不況・デフレ対策として国債を発行して財政出動したものはデフレ脱却させる効果はなく、1000兆円にのぼる国の長期債務となって現在に至っています。

 デフレ対策として税収を成長分野に再配分する、といった向きもおられるようですが、現在の税収減の背景にはデフレによる不況があります。「2.企業・家計」の中でどのような所得移転を図っても、このデフレという「2.企業・家計」にマネー不足が起きている状況が改善されるとは思えません。

(2)増税による国債消却策
 上で引用した日経コラムニスト氏の主張は、2.から3.に資金を回すことが最大の国益となる、と主張しているわけです。
かつて国債を売って、3.→1.→2.と流したマネーを、今回は2.→1.→3.と逆回転させることが本当に最善の策なのでしょうか。

 財政再建とはなんだか立派なことを主張しているようですが、図を見れば分かるように、実体経済を担う企業・家計から、マネーを吸い上げ、国の借金である国債の償却原資にしよう、ということで、民間からは単純にマネーが減少します。 
 また、まず先に2.→1.とマネーが動くのですから、家計(労働者・年金)→家計(公務員)への所得移転をする原資を提供しているようなもので、官民格差が更に拡大するかもしれません。

 いずれにせよ、財政再建策とは元々マネー不足の2.から更にマネーを奪い、現在の長期デフレ・長期不況を更に加速させる ことはわかるでしょう。 特に現在議論されているように増税を消費税で行えば、赤字企業からでも、あるいは預かっていなくても消費税を吸い上げられ、2.企業・家計には還流しませんから、相当な不況は覚悟せざるを得ません。不況が深刻化すれば、企業売上が減少し、コスト削減の必要から給与も下がるため、消費税以外の法人税所得税も減り、トータル税収が減ることは以前のエントリーで見た通りです。
 要するに日経コラムニスト氏の主張通りに増税しても、財政再建というゴールに辿りつけないばかりか、更に遠ざかり、国民経済は更に疲弊するということです。

では、財政の不安を除くためには実際には何をすべきか。 これは次回の続きで考えてみましょう。*7

*1:マスコミ関係者なのにこのミスト氏はリフレ関連の本があることさえ知らないのでしょうか。さすがにそんなことはないのでしょうが、のっけから小芝居がクサいですね。

*2:産経・田村秀男氏のような一部を除き、大手マスコミがこうした正論を言わなくなったため、ネットや書籍で正論が国民に知らされているだけですが。

*3:そう思うのは、これを書いているミスト氏が不勉強なだけですね。

*4:ミスト氏は、4%成長という景気が良い状態になると、景気が悪くなり、税収も減ると思っているようですね。恐らく名目金利と実質金利が混乱しているのでしょう。

*5:財務省の最大目標は、権益拡大ですね。日本経済が落ち込んでも、財務省特に主計局の権益が伸びることが目標でしょう。

*6:図1で分かるように、増税も民間からマネーを吸い上げ経済を悪化させますが、更に歳出削減したら更に民間のマネーが減り、経済が冷え込みます。ミスト氏はどうやら経済人としての常識が欠落しているようですね。

*7:現在の欧州で行われていることが財政再建策の実例で、事態は一層悪化しています。自国通貨ベースでの債務積み上がりを財政再建で解消したという実例があったら知りたいところです。