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元日銀マンの主張の信頼度

日銀による国債引き受けについて、第一生命経済研究所の首席エコノミスト・熊野英生氏がDiamond Onlineに「日銀の国債引受けは、なぜ『悪魔的手法』なのか」と題するレポートを書いています。
レポートはかなりの長文ですので、要約すると次のようになります。

国債直接引受けはまず日銀による国債引受は究極の禁じ手である。
◯日銀が政府の当座預金に無制限に資金を振り込むことになり、もしも政府が、お札を刷って国民に対して、各種の支払いを始めれば、増税は絶対にできなくなり、安易な減税や歳出拡大が繰り返されて、日銀が便利な現金自動預け払い機(ATM)と化する。
◯恐ろしいのは、政府がお札をプリントして大々的に配ると、次第に国民が『受け取ったお札は1万円の価値がないのではないか』と疑い始めることだ。
◯江戸時代には、幕府が小判の金の含有量を減らして流通させ、財源不足を補おうとすることがあった。庶民は、品質が劣化した小判が流通することを知ると、手元に金の含有量費の高い小判を置き、品位の落ちた小判を率先して手放した。
◯現代においても、日銀の国債引受けが行われると、同じように『悪貨が良貨を駆逐する』現象が起こり、個人は、円を信用しなくなり、資産保全のために率先して外貨を保有しようとするキャピタル・フライト(資産逃避が発生する。
◯制御できない大幅な円安になった挙句、輸入物価が予想外に上昇して、国民は物価高に苦しむ。

こんなところでしょうか。
ではこれらの熊野氏の主張を検証してみることにしましょう。

 熊野氏が「究極の禁じ手」と断じる国債の日銀による国債の直接引受けですが、氏は毎年11兆円もの国債が日銀により直接引受けされている事実をご存じないのでしょうか。 この事実を当時の野田財務大臣も知らず、昨年3月の財務金融委員会で恥をかいています。*1 毎年恒常的に実施されている日銀による国債直接引受けが、なぜ究極の禁じ手なのか、氏の主張の根拠を伺ってみたいものです。

 次に熊野氏は国債の直接引受けをすれば日銀が政府の当座預金に無制限に資金を振り込むことになる、と言いますが、現在も粛々と11兆円前後の国債が直接引受けされているのに、なぜ国債の直接引受けだったら無制限に振り込むことになるのか、筆者としてはそのロジックには首を捻らざるを得ません。
「もしも政府が、お札を刷って国民に対して、各種の支払いを始めれば、増税は絶対にできなくなり」という下りも、例えば政府がこども手当をや地域振興券を家庭に配ったりすることは過去も現在もあるわけですが、だからといって「増税が絶対に出来なくなる」という論理に、飛躍はないのでしょうか。
 その次の「江戸時代の小判の価値を減ずる」話、小判の価値を減じて増やした小判を民間に配ってデフレを脱却し好景気を導いた徳川吉宗の元文の改鋳のことはどうやら熊野氏は全くご存じないようです*2

 国債の日銀直接引受けは、昭和恐慌のデフレを脱却した高橋財政期にも実施されました。その時、熊野氏が指摘するような制御不能の円安は生じませんでしたし、キャピタルフライトも生じず、国民を苦しめたデフレを脱却し、好景気が訪れましたが国民が物価高に苦しんだ事実はありませんでした。 高橋是清は日銀に直接引受けさせた国債がデフレ脱却した後に重荷にならないよう、その後9割を市中売却して消化しています。 要するに日銀が直接引き受けた国債だから、といって、将来的にも売りオペの対象とならないというわけではありません。

 熊野氏はかつての古巣、デフレ政策を続ける日銀に忠義立てしているのかもしれませんが*3、日銀デフレの日本で、事実に基づかない徒にインフレを恐れた言説を流すのはいかがなものでしょうか。

熊野氏のレポート記事の最後で実施された世論調査結果
第一生命首席エコノミストの力説にもかかわらず、
世論の過半は日銀に国債の直接引受けを望んでいる。
(2012.04.04.22時頃)

【追記】
今日のブルームバーグでは、自民党で日銀法改正案が討議され、物価目標と実績が大きく異なれば総裁解任が可能となる法案にするとの報道がなされています。*4 ノアの洪水(デフレ)で火事(インフレ)の心配をするような元日銀マンのレポートが掲載される時代もそう長くは続かないように祈っています。

自民党:政府が物価変動率目標定め日銀に指示−日銀法改正案原案

  4月4日(ブルームバーグ):自民党は4日午前の財務金融部会で、日銀法改正案原案を公表した。原案は、政府が物価変動率目標を定めて、日銀に指示し、物価変動が目標と著しく異なった場合には内閣に対し正副総裁の解任権を与えることなどを盛り込んだ。部会は報道陣に公開された。

*1:毎年11兆円の国債が日銀に直接引き受けされていることを財務大臣は知らなかった

*2:元文の改鋳については「貨幣を増やすと何が起きるかの実例」を参照してください

*3:熊野英生氏経歴: 1967年山口県生まれ。1990年に横浜国立大学経済学部を卒業後、日本銀行入行。同行調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。 第一生命経済研究所へ入社。現職、第一生命経済研究所 主席エコノミスト

*4:自民党:政府が物価変動率目標定め日銀に指示−日銀法改正案原案