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日銀の政策がデフレターゲティング政策であることの証明データ

【要約】
日本の物価を消費者物価指数(CPI)で測定し、精密にCPI=0%を維持している日銀。
しかしそのCPIは本当に正しい指標なのでしょうか。

昨年末発表された政府経済見通しでは、消費者物価指数(CPI)の僅かな上昇を見込むとの報道がなされています。

12年度の実質成長率2.2%=復興・輸出回復でプラスに−政府経済見通し
 政府は22日の閣議で、2012年度の国内総生産(GDP)成長率について、物価変動の影響を除いた実質で2.2%とする経済見通しを了解した。東日本大震災の復興需要や輸出の回復を背景に、マイナス成長を見込む11年度からプラスに転換すると予測。また、12年度の消費者物価指数は0.1%上昇と4年ぶりのプラスを見込む。
 政府経済見通しは24日に閣議決定する予定の12年度予算案の策定に活用される。物価変動を反映した名目成長率は2.0%で、名目が実質を下回りデフレを表す「名実逆転」は解消できない。
 欧州危機がもたらした金融市場の動揺は安定に向かうと想定。主要国経済が減速から持ち直しに転じ、日本の輸出が改善する姿を展望した。WSJ(2011/12/22-19:39)

最近実施された世論調査でも、消費者物価指数は弱含むとの回答は多かったものの、変わらないとする意見も多少増えてきているようです。

ところで、この日本の物価。次のグラフを見てください。横軸にGDPデフレータ*1を、縦軸にCPIをとってプロットしたものです。 物価の頂点は'97年。その後緩やかな物価下落が続いています。
ただ、このグラフ。ちょっとヘンだと思われませんか? '97年に物価がピークをつけたとして、物価は傾き45度の右上がり直線に沿って上がった後、「行ってこい」で、なぜそのまま左下に向かって逆戻りしていかないのでしょうか。

日本の物価推移 横軸にGDPデフレータ、縦軸にCPIをとって毎年の物価をプロットしたもの。
'80〜'11年 ( IMFWorld Economic Outlook2011APL )

では、他の諸国の物価変動を同様にプロットしてみましょう。 まず米国と英国 上のグラフと同じ'80〜'11年の間、両国ともデフレを経験していません。
 
米国と英国の物価推移 
横軸にGDPデフレータ、縦軸にCPIをとって毎年の物価をプロットしたもの。左米国、右英国。
両国のCPI及びGDPデフレータというふたつの物価指標とも、安定的な右肩上がりとなっている。

続いてドイツ、シンガポールと台湾、そして日本(再掲)。 日本以外の三カ国は日本ほどではありませんが物価上昇率が鈍かった国と地域です。
特に台湾は独立した国ではありませんが'98年から'08年までの間、軽度のデフレを経験しました。
   
ドイツ、シンガポール、台湾、そして日本の物価推移
物価上昇が弱いこれら4カ国の物価は欧米両国のように安定的に右上方に向かわない。
特に日本ではGDPデフレータ下落中にもかかわらず、CPIの「水平化」が生じている。

これらのプロットから、物価の上昇傾向が弱まり、デフレ傾向が強るにつれ、このグラフは次第に「水平化」し、予想されるように左下への下落には向かわないようです。 これは何を意味するのでしょうか。
意味するところは、物価上昇局面ではGDPデフレータ以上にCPIは上昇するが、物価下落局面では、GDPデフレータは下落するのにCPIは下落しないということです。 物価が下落するデフレでも、消費者物価CPIは下がらないんですね。これがいわゆるCPIの上方バイアスの実態です。同じ上方バイアスといっても、物価上昇局面と下落局面とではどうやら発生状況が違うようです。*2


もう一度日本の物価変化に戻ってみましょう。このグラフをマイルドインフレ期の'80年〜'94年とデフレ期の'97年〜'11年に分けて分析すれば、誤差が少ない連鎖方式GDPデフレータに対する現在の固定基準方式CPIの上方バイアスを算出できます。

CPIとGDPでみた日本の物価
マイルドインフレ期(80-94年)とデフレ期(97年-11年)を分けて年平均の変化を算出。 
(A)/(B)は両者の比。 

同じCPIの上方バイアスといっても、マイルドインフレ期にはCPIはGDPデフレータより4割増し(140%)も騰がり、デフレ期にはCPIはGDPデフレータのわずか18%しか下げません。 ところが、もしある中央銀行CPIという大変下がりにくい指標が下がらないことを根拠に、「デフレではない」と判断しているのであればどうなるのでしょうか。本当の物価を示すGDPデフレータは中長期的に下落を続けることになるでしょう。

この表から分かるように、デフレ期に、CPIを指標にしてデフレを脱却するなら、最低+1%、タイムラグその他を考えれば最低2%の水準をねらわなければなりません この状況なら優秀な中央銀行ならCPI=2-4%位を狙うのではないでしょうか。
 次の下の図は、物価変動率が小さい国々を示しています。これらの国は物価の絶対的水準とは無関係に左からGDPデフレータの変動率(GDPデフレータの年変化の標準偏差)が小さい順に並んでいます。  
は日本、 がいわゆるインフレターゲティング政策導入国、 はそれ以外の国です。それぞれのマークの上下に、過去13年間の物価(GDPデフレータ)の変動のバラつき(標準偏差)を示しました。左から、世界で最も標準偏差が小さい(物価が変動しない)順に13カ国並べてみました。 簡単に言えば、マーク上下方向の黒線の長さが短い順ですので、必ずしも物価が低い順には並んでいません。

 このグラフから分かる通り、日本の異常さは、物価変動は世界一狭い範囲にコントロールされているにも関わらず、その水準が他の物価安定国と比べて著しく低いことです。
 それは日本と他の12カ国を対比させると日本の異常さが際立ちます。下の図は、日本・それ以外の物価安定国・台湾・韓国の物価水準(13年平均)とそのバラつき(標準偏差)を示したものです。日本は、デフレになったり酷いインフレになったりするような、物価がコントロールされてない国ではありません。それどころか、物価水準は日銀が誇るだけあって、(標準偏差で見れば)世界一コントロールされています。  ただその水準は他の物価安定国や韓国などが狙う水準よりも著しく低いGDPデフレータ=約−1%を狙っている わけです。 日銀はあるべき物価水準として'06年にはCPI=プラスマイナスゼロ、その後同+1%を中心とするプラス領域と低いながらもプラスの物価領域を狙っていることになっています。これに対し、日銀は0-2%狙いで実際はずーっと0%を精密に達成中です。

以上の分析結果から実証されるように、日銀は実際にはずっと安定的にマイナス物価を狙ってまた達成していたという訳です。
  

 韓国などは、中央銀行の技術が日銀ほどではなく、日本よりも物価水準にバラつきが大きいですが、正しい物価水準GDPデフレータ2%を狙い、達成しています。隣国の日本からみて、拙くともプラスの物価水準目標を狙うまともな中央銀行を持っている韓国は、日本との比較ではまともな中央銀行のあるなし以外の他の条件が殆ど同じ(中国に近く、輸出立国で、少子高齢化社会)であるだけに羨ましい限りです

 このCPIの上方バイアスの原因について、ミクロ経済レベルの企業活動とのつながりで推測すれば、個別の物品・サービスについては各企業ともできるだけ価格を維持しようとするのですが、日本をめぐるお金が少なくて、回りきれていないため、消費者はより低価格で同様の便益が得られる財にシフトし(低級財シフト)、企業売上が下がります。これがGDPデフレータには反映されているが、ラスパイレス指数であるCPI(=比較年と同じ物品が買えたと仮定した場合の物品バスケットの値段)は下がらないんですね。*3
 以前日銀の白塚氏は、CPIの上方バイアスは年間0.6%程度で、「最近ではそれほどバイアスは大きくなくなった」と論文で述べていますが*4その指摘は現在のデフレ日本の実態とは異なっていることがわかります。 実態に合わない物価指標を精密に0%に維持しようとする日銀。 日銀職員の給料はGDPデフレータに連動させるべきと思うのは筆者だけでしょうか。

【関連記事】
    IMF World Economic Outlook Database の使い方
    CPIとGDPデフレータの違い
    世界一優秀な中央銀行はどこか
    日本の物価は安定しているのかそれとも世界最低か

*1:GDPデフレータとは、名目国内総生産(GDP)から実質GDPを算出するために用いられる物価指数。名目GDPと実質GDPはそれぞれ物価変動の影響を排除していないGDPと排除したGDPであるから、その比にあたるGDPデフレーターは、物価変動の程度を表す物価指数であると解釈できる。従ってGDPデフレーターがプラスであればインフレーション、マイナスであればデフレーションとみなせる。

*2:CPIの上方バイアスをテクニカルな面から説明しようとする説もあるが、このエントリーの説明、つまり「デフレでの下級財シフト説」とどちらが説得力があるだろうか。

*3:実際の話、近所のおいしいレストランが潰れてコインパーキングに変わりました。これは長期デフレの影響によるものですが、日銀が観察を続ける固定基準方式CPIではこの店の閉店は何の影響も及ぼしません。一方、連鎖方式のGDPデフレータではレストランの物価の重みの減少を通じレストランの閉店が観察されます。

*4:http://www.esri.go.jp/jp/others/kanko_sbubble/analysis_02_10.pdf など。論文中、白塚は総務省統計局の努力により「上方バイアスは物価の判断上それほど大きな影響を与えるものではなくなっている。」と述べた。ただ元の日銀の白塚論文は日銀HPからは削除されたのかリンクがきれている。