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 「2020年、日本は破綻する日」のトンデモ度

【要約】
明治大学教授・畑農鋭矢氏が、日米欧の財政問題の論点整理に有用と紹介している小黒一正著「2020年、日本が破綻する日」の論点を整理してみました。
・その結果、この本は議論に粗雑な点が目立ちました。

今日9月11日の日経新聞朝刊で、明治大学教授・畑農鋭矢氏が、日米欧の財政問題の論点を整理するのに、小黒一正著「2020年、日本が破綻する日」が有用と指摘しています。そこでこの本での論点を整理してみました。

【1】ギリシャと日本は同列?
 小黒氏によれば、”ギリシャが財政危機は対岸の火事ではない。S&Pは、日本も構図はギリシャと同じで、このまま国債残高が積み上がっていけば国債の国内消化も次第に難しくなるから、財政破綻のリスクは年々高まると見ている。”と指摘しています。
 この見方は単に国債残高の対GDP比率にだけ着目したもので、前回のエントリー*1で指摘したように皮相的な見方と思われます。

【2】2020年家計の貯蓄を食い潰す?
 著書のタイトルにもあるように、小黒氏は「2020年頃、家計貯蓄に一般政府債務の総額が追いつき、家計貯蓄を食い潰すことで日本が破綻する可能性がある」と指摘しています(著書のp23以降)。
 日本国債の多くを日本の金融機関が保持し、その金融機関の資金のもとは大半が家計貯蓄ですから、この考え方にも一理あります。
ただ、現在デフレ下で税収が減っていることから成長路線に復帰できれば今のペースで政府債務が積み上がることはないことや、政府支出の大きな部分を占める広義での公務員人件費(みなし公務員の人件費や、地方交付税を介した地方公務員の人件費)を削減するとどうなるかなどのシミュレーションも議論の端にも登っていません。更には、中央政府の歳入の源泉は主には税収と国債と通貨発行益ですが、この通貨発行益にも言及がなく、単に現状を延長し何の策も講じなければどうなるか、というのでは、議論としてどれほどの意味があるのか不明です。
 百歩譲って、仮に小黒氏の主張のように、国民が納税により政府債務を「返済」しなければならないとした場合、小黒氏は、少子高齢化の日本は今後成長はしないと断じているのですが、そうすると国民は蓄えを取り崩すなどして納税し、国債を買い支えることになるのでしょうが、蓄えを取り崩す時に預金を解約するとなれば、預金解約に応じるためには市中銀行国債を売却する必要が生じる、というジレンマに陥るように思います。 この点、小黒氏の見解を聴いてみたいものです。

【3】不況だからこそ財政が安定している?
 小黒氏は今後景気が回復局面に入った場合、多額の国債に対する金利が上昇し、利払い費が急増し財政が破綻しかねないと心配しています。しかし、現実の世界ではこの10年間の日本の財政を見ても国債残高急増にブレーキがかかったのは、小泉政権後期以降の好況期だけであり、逆に国債残高が急増したのは、橋本内閣が財政再建を目指して消費税増税・緊縮財政をやった以降であり、小黒氏の心配は杞憂でしかないといえます。 ただ、かつて財務省に籍を置いていた小黒氏が好景気を恐れるような見解を持っていることは筆者が以前指摘したように、財務省関係者が好景気を恐れる可能性*2が現実にもあることを示しており、興味深いところです。

【4】政府が増税しないと、国債の格付けが下がる?
小黒氏はまた消費税を3%から5%に引き上げた橋本内閣は良いとして、その後の内閣が増税に躊躇する間の2000年から2002年にかけて、格付け会社S&Pは日本国債をAAA格から段階的に3段階下のAA-まで引き下げた、と主張しています。しかし実際のところは橋本内閣が強行した消費税増税によりデフレが進行し、景気も税収も極端に落ち込んだため次の小渕内閣森内閣では大規模な財政出動をせざるを得なくなり、国債が急速に積み上がったことに対して国債の格付けが下がったことは経済に関心がある人なら大抵知っている話ではないでしょうか。小黒氏の増税ありきの議論にはかなり無理を感じます。

【5】社会保障安定化のための増税は負担にはならない?
小黒氏は著書の後半では、若年世代と老齢世代間の世代間不公平解消に論点を移しています。小黒氏によれば、世代間公平税的なものを設定した場合、その税金は自分が老齢になれば返ってくるから公平であり負担にもならない、というような主張をしています。 正直なところ小黒氏の不思議な主張を正確に把握するのも困難ですが、政府が税金として民間のカネを吸い上げて、それをすぐ民間に戻すのでなければ、増税は必ず景気に対してマイナスというのは経済のイロハであり、増税で景気が良くなった例をひとつでもいいから過去の世界経済史から挙げて欲しいとだけ思います。

結論として、小黒一正氏の「2020年、日本が破綻する日」は議論が全体に粗雑で、自説に近いモデルから結論を導くことが多く、逆に事実に立脚した議論は少なく、単にはじめに増税ありきという持論を展開しているに過ぎないトンデモ本の一種だと思います。

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