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消費税が雇用の非正規化を促進する仕組み

【要約】
・賃金の下方硬直性という経済学の常識は次第に非常識化しつつあります。
・その原因の一つは、消費税が会社の付加価値部分にかかる仕組みだからです。
・特に資本金1000万円未満の法人では設立後2年間は消費税支払いが免除される規定が、人件費デフレを加速しています。
・今後消費税率が高くなれば、正規雇用者と非正規雇用者間での賃金格差は更に拡大が予想されます。

7月10日に「消費税デフレ環境では、増税で賃金格差はさらに拡大する」というエントリーを書きました。その時にerickqchanさまから指摘を頂いた点を補足しました。

 以前は、「賃金の下方硬直性」などと言って社員の人件費は簡単には下げられないため、人件費を下げる手段としてはリストラなど従業員数を減らすことが主眼というのが常識でした。
ところが、7月3日のエントリーで示しましたように、’97年の消費税アップ以降、デフレの進展以上に賃金のデフレが加速しているようです。*1 企業は下方硬直性のあるはずの労働単価を下げているということになります。これはどういうことかを考えてみましょう。

まず、非正規雇用者の比率は「社会実情データ図録」で示されているように、男女とも右肩上がりに上昇しています。*2

増大し続ける非正規雇用者比率  2009年頃に被正規雇用者比率が一旦下がったのは、いわゆる派遣切りの影響だそうです

 一旦非正規雇用の立場になれば、企業はその被雇用者の賃金を護る側から削減する側になってしまい、日銀デフレの環境では価格競争に曝された人件費はどんどん下がっていってしまいます。 ただ、被雇用者が非正規雇用の場合、雇われる側には当然雇用が不安定というデメリットがありますし、雇う側にだって会社への忠誠心が減るなどデメリットがあります。 それなのに、倒産間近でもない普通の企業が敢えて雇用者を非正規雇用にするインセンティブとはどのようなファクターが考えられるのでしょうか。

まずデフレ下では価格競争力がない中小零細企業は、消費税自身の持つ欠陥のために、貰ってもいない消費税を払わされるというバカな話がまかり通っているという事実があります。*3 元々零細企業などではその7割は収支トントンもしくは赤字と言われており、そこから自腹で消費税を払わされるとなれば、コスト圧縮をせざるを得ません。この一環として自社正社員の人件費にも目が向いてしまうことになります。
さて消費税というものは、企業の売上全体にかかるわけではありません。
企業の売上から仕入分を引いたもの、つまりその企業の付加価値部分が消費税の対象となります。
(右の図:消費税は煉瓦色の部分に対してかかるので人件費を仕入れ控除の対象にすれば節税が可能です)
 社員が正社員の場合、社員の給料は消費税の対象となる付加価値部分から支払われます。 ところが正規雇用の社員を非正規雇用にした場合、資本金1000万円未満の法人では設立後の2年間は売上高の如何に関わらず納税を免除されるという規定があるため、必要な労働力を派遣や請負、別の事業者に外注する形にすれば、それだけで大幅な節税ができてしまうのです。*4 そのための派遣子会社を設立するやり方も、近年ではごく一般的になっているようです。もっとも、企業が人件費を抑えるだけの目的で人材派遣会社を設立、正社員より安い賃金で親会社など特定の会社だけに労働者を派遣する「専ら派遣」は一応禁止となっています。 ところがその運用があいまいなため、事実上は野放しとなっているとの報道もされています。*5
 また 土木・建築の業界では中小零細企業の事業者が、大工や左官、鳶などの技能を持つ従業員を個人事業主として独立させ、請負契約を結んで"一人親方"として外注化する例が著しく増加ているとも言われています。こうして企業側から見れば人件費の仕入れ物件費化、従業員が分からみれば正規雇用の非正規化が進行していきます。
 一旦雇用が正規雇用から非正規雇用に切り替わってしまえば、賃金はもはや市場競争で決まる変動的なものになってしまいます。 
 そして、外注化された人件費も2年の猶予期間が終われば納税免除期間が終わり、税務署は派遣子会社や一人親方の「売上」から容赦なく消費税分を取り上げていく訳です。 こうなれば、デフレ環境では雇用側が消費税分を上乗せして払ってくれる保証はありません。 それどころか、人件費を外注化した経緯から考えれば、非正規化された被雇用者の人件費を消費税分だけ減額することが普通ではないでしょうか。

 日本では今や「賃金の下方硬直性」とは、賃金がデフレとは関係なしに人事院勧告で決まる750万人とも言われる公務員やその関係企業従業員*6と、民間では毎年減少しつつある正規雇用者だけのもので、正規雇用者と非正規雇用者の賃金格差は消費税率が高くなればますます拡大していくでしょう。

【追記】
コメント欄 tikani_nemuru_M さまへのお答えです。
筆者は税務には余り詳しくないので自信を持ってお答えする、というわけにはいきませんが。
 もしインボイス方式にすれば、「消費税のカラクリ-消費税によりなぜ零細・中小企業主が自殺するか」で書いた、価格弱者の損税・輸出大企業の益税という構図は相当解消するのではないかと思います。
そうすると、価格弱者が預かっていない消費税を支払わされるということがなくなるので、苦し紛れに人件費から消費税分を節約しようという動機が相当薄れるのでは無いかと思います。 今回のエントリーに限れば一番の問題は国は2年間の課税免除というアメ玉で雇用の非正規化を促進しておいて、3年目になると人件費支払側と受け取り側でこの2年払ってこなかった消費税をどっちが持つかという問題が必ず発生するにもかかわらず、この両者(価格弱者企業とそこへの人材派遣会社間)から預かっていない消費税とろうとすることかと。

【追記2】
コメント欄tanoshikumainichiさまへのお答えです。
正直なところ、正確な答えは持っていません。 ただ従業員規模別従業員数を見ると、日本企業の規模の中央値は30人程度と思われます。 大規模企業であれば、従業員全体を派遣会社に移す(違法な)「専ら派遣」などというのもありそうですが、わずか30人程度あるいはそれ以下の企業ならば、わざわざ別会社を起こす、というよりも「あなたには一旦退職してもらって、これからはあなたを自営業主として扱わせてもらうから。 これまでは給料だったけど、これからはあなたの会社の売上になるよ。」的なことをわけがわからないままに言われて唯々諾々従わされる、みたいなことかな、と。 で、大企業では派遣会社を設立してというよりも、単純に、これまで正社員女性にワープロを打ってもらっていたのを止めて、人材派遣会社から採るようにして、その上で人件費を相見積もり(競争)で決めるといった感じでしょうね。 この辺は実態をご存知の方がいらっしゃれば私も教えていただきたいところです。 十分満足には答えられず申し訳ないです。

総務省統計局平成18年事業所・企業統計調査日本の従業員の勤め先の規模(中央値)は約30人

*1:http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20110703/1309704830  デフレになったら消費者物価指数はあまり下がらないのに、単位労働コストはひどく下がる

*2:http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3250.html  社会実情データ図録 非正規雇用者の推移

*3:http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20110710/1310265638  消費税のカラク

*4:http://www.business-finance-lawyers.com/knowledge/establishment/tax.html 法人設立後2年間の消費税免除

*5:http://www.asyura2.com/08/senkyo49/msg/245.html 元報道が削除されていますので、★阿修羅♪ さまブログからの引用です。

*6:http://www.all-edunakama.org/kenri/kankoku03.htm