シェイブテイル日記2

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「いかにして政府債務を減らすか」という問いが間違い

「経営における最も重大なあやまちは、間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えることだ」(ピーター・ドラッカー)。

財政再建問題でも同じことが言えます。 
今政府で問題とされている、「いかにして政府債務を返済するか」という間違った問いに答えても何ら有用な結論は得られないことについて本日は書きたいと思います。

早速ですが、図1をご覧ください。

家計純資産は、「相手」となる負債があって形成されている

図1 家計純資産と政府・企業・海外の純債務
出所:日銀資金循環統計から筆者作成 縦軸:兆円
家計純資産は、政府純債務と企業(民間非金融部門)純債務と海外部門の純債務(日本から見れば純資産)の合計にほぼ等しい。 政府純債務は著しく増えているが、それと並行して家計純資産が増え、企業純資産は減っている。

金融資産の世界を、家計、企業(民間非金融部門)、政府、海外に分ければこれらで全て網羅されています。
日本の家計に純資産があるということは、同額の純債務が残りの企業・政府・海外にあって全体でバランスしているということです。
この関係は全体で見れば過不足はなく、電池のプラス・マイナス、磁石のN極・S極のようなもので、片方だけでは存在し得ません。

ここで「いかにして政府債務を削減するか」という問いを家計純資産がその他の純負債とバランスしている図1から考えれば、政府純債務(緑)を減らすには、政府に代わって企業の債務を増やす、海外の債務を増やす、あるいは家計純資産を減らすしか手がないことが分かります。

◯政府債務を減らして企業の債務を増やすのは妥当な解決策です。ただ、それを実現するには、企業が債務を減らす原因となったデフレを脱却して実質金利を下げ、企業が銀行から融資を受けられる環境を作ることです。

◯政府債務を減らして海外の債務を増やすというのは、オーストラリア・ノルウェーのような資源国では十分あり得る話で、資源国の中には政府純債務がない国もあります。(家計と政府に純資産があり、海外が大きな純負債を負う)
ただ、日本の場合、これをすぐに実現する方法に乏しいでしょう。

面白いことに、資源国ではない国でも政府のプライマリーバランスが黒字化して、債務が減る時期があります。
バブル期の日本、欧州危機直前のアイスランドアイルランドなど。これは家計や企業が一斉に過剰債務を抱える結果、バランスする政府が黒字になるのですが、その後はいずれも過剰債務の返済局面(バブル崩壊)により、政府債務は急増しています。

◯残るは家計純資産を減らす方法です。これが一番手っ取り早いですね。増税で簡単に実現します。現在問題となっている消費増税もまさにこれです。 

ただ、これで将来世代がラクになるかといえばどうでしょうか。
現在の世代の家計純資産が減ればこれを遺産として受け継ぐ将来世代の純資産が減っただけです。 現在の世代が家計純資産を減らし、政府債務が減ったからといって、将来世代の家計純資産が増える要素は何もありません。

ここが重要なポイントですが、私達家計の金融純資産について考えれば、これらの大半が銀行預金などの金利付きの債権です。つまり放っておいても増大するわけです。となれば、その純資産と対をなす負債の方も増大していかなければバランスしません。 無理に減らそうとすると必ず歪みが生じるのです。

現在はデフレで企業は実質高金利を避けて純負債を圧縮しています。とすれば、デフレ経済ではこれを補って政府債務が急増するのは仕方がないことなのです。

 デフレ気味の経済環境下、消費税増税・緊縮財政で債務を減らそうとした1997年以降どうなったかといえば、急速なデフレ化により、山一など金融機関破綻を招き、1998年11月に緊急経済対策 24兆円、1999年11月にも経済新生対策16兆円、計40兆円もの財政出動が必要となり、政府債務増加は加速しました。(図2)

デフレ下で増税緊縮策をやれば政府債務増加が加速する

図2 政府粗債務対GDP比の推移
出所:世界経済のネタ帳のデータから筆者作成縦軸:パーセント。
財政再建を狙った消費税増税、緊縮財政の1997年頃から景気が急速に悪化し、
景気対策を実施せざるを得ず、債務指標の増加が加速した。
逆に景気が良かった2006、7年頃には自然増収により債務指標は減少に転じている。

 現世代が政府債務を減らせば、将来世代は政府債務を被らずに済む、というのは日本経済全体の金融資産バランスシートを見たことがないことからくる、「いかにして政府債務を返済するか」という間違った問いに答えようとした結果に過ぎません。

政府債務を減らしたいのであれば、実は企業に儲けてもらい、多額の自然増収が発生するデフレ脱却が最も有効なのです。

【蛇足のコラム】
97年の消費増税での債務積み上がりをアジア危機のせいだとか、その後の減税のせいと言う方がいますが、アジア危機は2000年代初頭には収束していますし、小渕内閣で緊急に減税が必要となったのは、橋本増税による深刻な金融危機への対応によるものです。従って名目GDPは減税があっても減り始めました。小渕首相が99年に減税しなければ、政府債務増加は多少減ったかも知れませんが、経済危機は当然一層深刻化したでしょう。