仕事で使える「実験をする前に論文を書け」
免疫学の権威、石坂公成氏(ラホイヤ・アレルギー免疫研究所名誉所長)がアメリカのカリフォルニア工科大学化学部研究員だったころ、恩師のダン・キャンベル先生から、「実験をする前に論文を書け」と言われて驚いたそうです。*1
実際にノーベル賞医学生理学賞受賞者、ランドシュタイナーもそうやって論文を書いていたたとか。
これは、ある分野で集められるだけ実験データを集め、そこからぼんやりと見えてくることを書く論文作成法の対極に当たる方法で、まず妥当そうな仮説を設定して、その仮説を検証するのによさそうなデータを、適切な対照とともに取るということになります。
これは免疫学や理系の分野に限らず、社会経済分野でも大いに使える考え方です。
例えば、最近1000兆円を超えたと報じられる、日本政府粗債務の増え方は異常だと私が思い、「粗債務増加率が著しい国は破綻しやすい」という仮説を立てたとします。
次はこれを検証するデータ取りです。日本と同じく先進国でも財政の状況は多様です。
そこで、まず日本の粗債務増加率から見てみます。(図表1)
日本の粗債務増加率は先進国では中位
図表1 一般政府粗債務増加率
出所:IMF WEO Apr2013 縦軸:%
先進国での1990年から2012年までの政府粗債務増加年率。
このグラフを見ると、日本よりも政府粗債務伸び率が高い国として、ノルウェー・シンガポール・フィンランドなど、日本より財政が健全といわれる諸国も混じっています。
また、データは示しませんが、これら21カ国の22年間にわたる政府粗債務推移で、前年比で減った年が13%、増えた年が87%。
要するに政府粗債務というのは政府の財政状況によらず、増えるのが普通なんですね。
では政府粗債務増加率と実質GDP増加率は相関しているのでしょうか。
仮説からは両者が逆相関していることが予想されます。
ところが実際に両者の相関性を取ってみますと(図表2)、両者には殆ど相関性がありません。
政府粗債務と実質GDPの増加率には相関性がない
図表2 政府粗債務と実質GDPの増加率
出所:IMF WEO Apr 2013
横軸:政府粗債務増加率(%)、縦軸実質GDP増加率(%) 赤い丸が日本。
この辺りまで進んで、仮説とデータを並べてみると、どうやら最初に立てた仮説「粗債務増加率が著しい国は破綻しやすい」が怪しい、と思えてきて、例えば粗債務に代えて純債務ならどうか、というように仮説の修正へと進むわけです。(これ以上の深入りはしませんが)
この「まず論文を書け」という話には二つのポイントがあります。
ひとつは、全てのデータを揃えて仮説を立てる、というのは全てのデータが揃うことなどないし、全ての仕事には納期・タイミングがあるので、時間は待ってくれないということです。
もうひとつは、最初の仮説は自分の直観に従って立てて構わない、ということです。 その仮説を検証するための対照付きデータを検討すれば、元の仮説の筋の良し悪しが分かるので、検証により仮説が外れていそうだと思えれば、次の仮説を立てればいいだけのことです。
こうした仕事の進め方は、先が見えにくいビジネスの現場でも大いに使える方法です。
ピーター・ドラッカーも経営において「最も重大な過ちは間違った答えを出すことではなく、間違った問いに答えることだ。」と言っています。
問いの正しさをまず先に検討する「実験をする前に論文を書く」方法を一度試してみることをお奨めします。
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*1:「仮説思考」内田和成著p43