シェイブテイル日記2

シェイブテイル日記をこちらに引っ越しました。

あなたのMMTはレイ型?それともミッチェル型?

昨日のエントリーではレイの「MMT現代貨幣理論入門」の内容から、MMTとは何かを考察しました。本日もその続きから。再度引用します。

ーーーーーーーーーーーーー(レイ「MMT現代貨幣理論入門」p477)

ある面において、MMTアプローチは「説明的」である。MMTアプローチは、主権通貨がどのように機能するかを説明する。我々が、キーストロークによって支出する政府について述べ、主権通貨の発行者が貨幣不足に陥ることはあり得ないという時、それはやはり「説明的」である。 国債売却を、中央銀行金利誘導目標を達成するのを手助けする金融政策の一部に分類することも「説明的」である。そして最後に、変動相場制が最大の国内政策余地を与えると論じる時、これもまた「説明的」である。

 

一方、機能的財政論は「規範的」な政策の枠組みを提供する。機能的財政論は、主権を有する政府は完全雇用を達成するために財政・金融政策を運営すべきという。

(中略)

就業保障の提案(注:いわゆるジョブギャランティプログラム、JGP)をMMTアプローチに含めることについては、議論が分かれている。MMTは純粋に「説明的」であるべきで、いかなる政策も推奨すべきでないと主張する者もいれば、就業保障プログラムは最初からMMTの一部だと主張するものもいる。

我々は20年前にMMTアプローチを展開し始めたが、最初から就業プログラムを取り入れていたので、実のところは後者が正しい。(後略)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「説明的」、あるいは「記述的」(descriptive)とは、現実を観察して「こうである」と客観分析すること。一方の「規範的」(prescriptive)とは、いわば「こうあるべき」という理念といったところです。

このMMTの教科書を書いたレイは上記の通り、MMTの説明的部分と規範的部分は不可分という立場ですが、同じくMMT創始者のひとりであるビルミッチェルは、JGPには賛成の立場でありながら、

MMTが論ずるのは『現実が何か』であって、『現実がどうあるべきか』ではない」

としています。

econ101.jp

 

つまりビルミッチェルにとってはMMTとは「記述的」部分を指し、「規範的」なJGPは賛成ではあるが、MMTの議論を越えた政策論ということなのでしょう。

MMT創始者間でもMMT現代貨幣理論の中にJGPというひとつの政策を入れることには賛否があるようです。

 

さて、「MMTは貨幣の地動説」というのは国会での西田昌司議員の喩えですが、常識であった「預金があるから借金できる」「家計預金があるから国債は消化できる」という話はデタラメであり、実際には「誰かの借金と同時に預金が同額生成する(=万年筆マネー)」「国債があるから後から同額の民間預金が生まれる」という大きなパラダイムシフトから、MMTはまさに貨幣地動説とよんで差し支えないでしょう。

 

話は飛びますが、コペルニクスが発見した本来の「地動説」にまつわる話を。

コペルニクスは1473年ポーランドに生まれた人で、若くして聖職者としての知識をみにつけるため、1496年イタリアのボローニャ大学に留学し、当時聖職者に必要だった暦を読み解く技術向上のため天文学も学びました。

当時の天文学は紀元2世紀にプトレマイオスによって著された「アルマゲスト」に記載された天動説が信じられていました。

コペルニクスは星食や惑星大集合といった当時の天文事象の観測事実がアルマゲストからの予測と合わないことから1500年代の初頭には地動説のアイディアに行き着いていました。

ところが、キリスト教に結びついていた天動説の手前、地動説の公表は控え、1514年のローマ教皇による改暦に協力する要請も断ったといわれています。

コペルニクスの最晩年の1540年代、地動説を仮説として公表するも、今度はローマ教皇に無視されてしまったとか。

コペルニクス死後の1582年にはグレゴリウス歴への改定が行われ、この改定には地動説の成果が取り入れられましたが、その後地動説を確立し万有引力の法則も発見することになるガリレオでさえ、1500年代終わりでも私的な書簡の中でのみ地動説を肯定していたそうです。

 

当時の天文学でいえば、「地球は太陽の周りを回る」は「説明的」ですが、「キリスト教に従えば、太陽は地球の周りを回っていなければならない」は「規範的」ですね。

 

コペルニクスが地動説を発見した経緯を考えれば「コペルニクスが聖職者でなければコペルニクスは地動説を発見し得なかった」というのは事実でしょう。

しかし、地動説はキリスト教という枠組みの中の規範に反するという理由で地動説の活用が遅れたというのもまた事実ではないでしょうか。

 

MMTに話を戻せば、 ランダルレイが経済左派でなければMMTの発見もなかったのかも知れませんが、MMTには経済左派の、しかも特定の政策がビルトインされていないといけないというのはどうなんでしょうか。

 

地動説にしても貨幣地動説にしても、「記述的」事実と思想背景から来る「規範的」な結論は意識的に切り分けられている方が実りが多いと思うのは私だけでしょうか。

 

------------------

ということで、この点について、Twitter内でみなさんの認識を伺ってみました。

f:id:shavetail1:20190907183453j:plain

https://twitter.com/shavetail/status/1169944930514423808

 このアンケート結果をみると、ビルミッチェル型のMMTの「説明的」はひとつ、「規範的」は多様であるべき、という認識の方が約5割と多いようです。

教科書を書いたレイ型の、MMTの「説明的」「規範的」は共にただひとつであるべき(=MMTJGPという政策も含むので、JGPなしのMMTは存在しない)という主張は1割でした。

MMTの「説明的」部分も複数あり得るというご意見が約1割ありますが、これは投票していただいた方々に意図するところを伺いたいところです。

なお、「説明的」「規範的」という用語の意味がわからないという方も3割いらっしゃいますが、恐れ入りますが、前日および本日のエントリーを参照していただければとおもいます。

 

説明的MMTと規範的MMT

ランダルレイ「MMT現代貨幣理論入門」にはいろいろと少々聞き慣れない用語もでてきますが、「説明的」と「規範的」という用語もそれにあたるでしょう。

 

「説明的」、あるいは「記述的」(descriptive)とは、現実を観察して「こうである」と客観分析すること。一方の「規範的」(prescriptive)とは、いわば「こうあるべき」という理念といったところでしょうか。

 

同書9章6節「結論-MMTと政策」を引用します。

ーーーーーーーーーーーーー(レイ「MMT現代貨幣理論入門」p477)

ある面において、MMTアプローチは「説明的」である。MMTアプローチは、主権通貨がどのように機能するかを説明する。我々が、キーストロークによって支出する政府について述べ、主権通貨の発行者が貨幣不足に陥ることはあり得ないという時、それはやはり「説明的」である。 国債売却を、中央銀行金利誘導目標を達成するのを手助けする金融政策の一部に分類することも「説明的」である。そして最後に、変動相場制が最大の国内政策余地を与えると論じる時、これもまた「説明的」である。

 

一方、機能的財政論は「規範的」な政策の枠組みを提供する。機能的財政論は、主権を有する政府は完全雇用を達成するために財政・金融政策を運営すべきという。

(中略)

就業保障の提案(注:いわゆるジョブギャランティプログラム、JGP)をMMTアプローチに含めることについては、議論が分かれている。MMTは純粋に「説明的」であるべきで、いかなる政策も推奨すべきでないと主張する者もいれば、就業保障プログラムは最初からMMTの一部だと主張するものもいる。

我々は20年前にMMTアプローチを展開し始めたが、最初から就業プログラムを取り入れていたので、実のところは後者が正しい。(後略)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

レイはMMTを構成するフレームワークのうち、租税貨幣論や会計的なアプローチは「説明的」で、事実を述べていだけであるのに対し、機能的財政論やJGPは社会的な理想、つまり「規範的」なものと分けて捉えています。

そしてその上で、レイ自身はMMTを構成する「説明的」要素と「規範的」要素は不可分としているわけですね。

 

ところがその後でレイはこう続けています。

ーーーーーーーーーーーーー(レイ「MMT現代貨幣理論入門」p481)

とはいえ、MMTの教義の大部分は誰でも取り入れることができる。その政策「規範」に同意することなく、単にMMTの「説明的」な部分を利用したいならば、それも可能である。MMTの「説明」は政策立案のための枠組みを提供するが、政府が何をすべきかについては意見を異にする余地がある。主権通貨を発行する政府にとって支出能力は問題とならないことをひとたび理解したならば、今度は、政府は何をすべきかという問題が最も重要になる。我々はそれについて意見を異にすることが可能である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

要するに、レイは「規範的」要素もMMTの不可分の一部とする一方で、MMTの「説明的」な要素を政策立案に援用することも可能としているわけです。

 

さて、MMTでは「政府支出が先行して後から民間預金が生成する」というspending first とよばれる事実もまた「説明的」に理論づけられています。spending first は租税貨幣論の中で、政府支出額>納税額でなければ原理的に納税が不可能という説明も可能ですし、内生的貨幣供給論(銀行貸出により同額の預金が生成する)の仕訳を通じても説明可能ですが、財政支出が民間預金に先行するという事実は、一般社会の常識を覆すもので「貨幣地動説」とよんでも良いと思われます。*1

 

このspending first を理解しているかどうかを横軸に、積極財政を支持するかを縦軸に取ると下図のような財政政策地図を描くことができます。*2

f:id:shavetail1:20190906195523j:plain

この図の中で、レイ、ケルトンら米国MMTと、日本で最初にMMTを紹介する書籍を出した中野剛志氏の推す政策(ここでは”中野MMT”と記載しました)は、積極財政に対する支持の程度が明らかに異なりますので、上下に別の場所にプロットされることになります。つまり、中野MMTではインフレが制約となるまでは公共投資を含む積極財政を支持しますが、米国MMTでは、裁量的な財政政策を嫌い、完全雇用につながる財政政策を推しています。

 

とはいえ、上述の通り、レイ自身がMMTの「説明的」フレームワークを政策立案に活用できるとしていることから、レイが中野MMTあるいはデフレ日本型MMTといった派生MMTを容認する可能性はあるでしょう。*3

 

シェイブテイルが日本でMMTにもっとも詳しいと捉えているリッキー氏のブログによれば、Seccarecia および、Kadmos & O'Hara といった人々は、MMTの中にJGPが入っているべきとする「MMT第一世代」とは異なる「MMT第二世代」なのだとか。*4

 

以上の考察から、シェイブテイルとしては「説明的」MMTを否定すればもはやMMTではありえないが、「規範的」MMT部分については国情、思想背景などから複数のMMTが併存してもおかしくないと考えています。みなさんはいかがお考えでしょうか。

 

 

 

 

 

*1:西田昌司議員も国会質問で貨幣地動説について説明していました。

*2:拙書「MMT現代貨幣理論で解ける財政政策」4-2より引用

*3:もっとも、中野剛志氏自身は自分がMMTerだと思われるのは不本意だといったとの話もあります。

*4:MMT⑩ 第2世代? - 断章、特に経済的なテーマ

上座部(小乗)MMTと大乗MMT

よく知られていますように、仏教には大きく二つの流れがあります。

ひとつは小乗仏教(現在では上座部仏教という方が普通のようです)、もうひとつは大乗仏教です。

 

上座部仏教(小乗)の方は、悟りを開こうと努力したわずかな人だけが悟りを得られ、悟りを開く努力をしていない一般人は救われませんが、悟りを得た人は一般人から尊敬を集めます。現在でも東南アジア諸国スリランカでは上座部仏教が広まっています。

 

一方、大乗仏教の方は、悟りを得た人のみならず、一般大衆を救済しようとする思想から生まれた仏教で、現在、東アジアやチベット地域に広まっています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

さて、先日にはランダルレイのMMT現代貨幣理論入門の日本語訳(鈴木正則訳、島倉原氏監訳)が出版されました。

MMT現代貨幣理論入門

MMT現代貨幣理論入門

 

 さっそく、シェイブテイルも購入して改めて読んでみました。全体が500ページを超える大著ですから、まだ全部読み切ったわけではありませんが、もしMMTについて何も知らない読者として、この「入門書」を読んだ気になって読むと、あちらこちらに始めてMMTに接した読者の理解を越えそうな表現にであいます。例えば…。

 

商品貨幣論のような素朴な貨幣論を未だに信じている社会科学はもはや主流派経済学のみなのではないか。(巻頭解説p3)
 
貨幣(money)は一般的、代表的な計算単位をいう。特定のモノ--硬貨や中央銀行券--を指す言葉としては使用しない。(定義p18)
 
MMTは、言わば「巨人たちの肩を踏み台としてなりたっている」のである。(序論p38)
 
政府は支出のために自らの通貨を借りる必要がない!(同p42)
 
ハイマンミンスキーは「誰でも貨幣を創造できる。問題はそれを受け取らせることにある」と言った。(同p46)

等など…。

 

ランダルレイはMMTの開祖のひとりですから、レイのMMT入門書はまるっきり一般人向けに書かれたというよりも、主流派経済学者だとか、経済学部の学生だとか、ある程度の経済学の素養をもった人々に向けて書かれていたとして不思議はありませんが、もし、『この「入門書」を読めば、MMTについて、広く社会的な共通認識が広まる』というものであったならば、次のような「論戦」もなかったのかもしれません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最近ツイッターランドで、MMTの立場から日本経済を救いたいと考えている(らしい)I氏と、MMTを極めたいと考えている(らしい)M氏との論戦を目にすることがありました。その論戦に対する正直な感想として、I氏の大乗MMTとM氏の上座部MMTの論戦のようなもので噛み合っていないな、と思ったものです。*1 

 

MMTに対する正確な理解としてはM氏は「MMT四天王の一角」といわれる位ですから、日本でMMTについて詳しく理解しているという点では全ての経済学者を含めてもM氏を上回る人は数えるほどでしょう。

 

一方のI氏の方は、日本が長年患っているデフレ不況を根治したいという願いから積極財政を唱え、MMTの「こうである=descriptive」という面を活用したいという考えがあるように思います。

 

論戦のひとつに「無税国家はあり得るか」というものがありました。I氏は「(自身が関与した?)経済シミュレーションの結果から無税国家はあり得る」という立場でした。一方のM氏は「租税貨幣論MMTの1丁目一番地。無税国家なんてあり得ない」という立場でした*2

 

 MMTでいう「税」とは広義に、税金、年金納付、罰金、政府系企業への支払いなど、政府が自ら発行した貨幣が還流する過程全てを指しているのですが、I氏は狭義の税金を無税化したシミュレーションでも(おそらく高インフレにならず)問題は起きなかったという話をしていて、M氏は広義の税金(=税金、年金納付、罰金、政府企業への支払い等など)を全て止めたとした場合、国内での安定的な通貨の流通が可能かどうかという議論をしているように思えました。

 

両氏で議論している内容がそれぞれ違うので、建設的な結論が出せそうな雰囲気ではなかったのですが、まぁ、細かい話に入り込むのは今回のエントリーの本意ではありません。

 

要はM氏にしてもI氏にしても、MMTを日本で活かしたいという思いは一緒なのだと思うのですが、M氏はどちらかといえば上座部MMTを目指していて、I氏は大乗MMTを目指しているため、議論が噛み合っていないのではないのでしょうか。

 

もしシェイブテイルの推測通り、両氏が「日本でMMTを活かしたい」という思いでは共通なのであれば、それぞれが相手の立場の違いに配慮して協力関係を形成するというのはそう難しいものではないように思うのですがいかがでしょう。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

シェイブテイルもMMT現代貨幣理論入門の入門のような電子書籍を出版しました。Amazonで、Kindle Unlimitedを利用すれば無料で読めますし、読む時間も1時間半程度です。

 

*1:この大乗MMT,小乗MMTという用語はツイッター上でのbw氏の命名です。https://twitter.com/018BW018/status/1168408547215859712

*2:レイのMMT現代貨幣理論入門でいえば、2章自国通貨の発行者による支出3節「租税が貨幣を動かす」と、3章国内の貨幣制度2節「決済と負債ピラミッド」に関係した議論が書かれています。

安倍総理の「MMTの論理、実行しているわけではない」は本当か

去る4月4日の参議院決算委員会で、西田昌司委員からMMT(現代金融理論)について問われた安倍首相らは次のように答弁しました。

jp.reuters.com

このロイターの記事では、委員会の席上西田昌司氏がMMTの根幹について平易に解説した部分はカットされていますので、この部分から書き起こしてみます。

www.youtube.com

(ビデオ23分付近)

西田委員 銀行は信用創造で十億でも百億でもお金を創り出せる。借入が増えれば預金も増える。これが現実。どうですか、日銀総裁

黒田総裁 銀行が与信行動をすることで預金が生まれることはご指摘の通りです。

西田委員 最近MMTとよばれる理論がいわれていて、その本質は信用創造により通貨は成り立っているんだと。国債についても同じことがいえます。「これ以上国債を発行したら引受け手がいない」といわれています。「引受け手がいなければ財政破綻してしまう」と。ところがそうではない。政府が国債を発行して事業を行えば国内にお金を出すので政府の借金も増えるが、民間の資産預金も増えるんです。いつまで経っても破綻しないんです。 今黒田総裁がいわれた信用創造と同じことなんです。これまで、預金を集めて(政府は)借金すると思われていたのが、実際は借金するから預金が生まれる。まさに天動説から地動説なんです(会場薄笑い漏れる)。これが理解できないとなぜ日本がこのような事態になっているのかわからない。

 財務省はこのままほっておいたらいずれ金利が騰がる、財政破綻する、いずれ通貨が暴落すると言ってきました。ここ20年来言ってきたが落ちない。まさにオオカミ少年なんです。 なんでこうなったのか。それは自分達(財務省)が使ってきた学説が間違っていたんです。もし通貨が商品だったらそれはそうなるんです。だが実際の通貨は信用創造で出来ている。だから需要さえあればお金は創り出せるんですよ。

 

これに対し…

麻生財務大臣 日本をMMTの実験場にするつもりはない。

黒田総裁 MMTへの評価については体系化された理論ではないためその全容を掴むことはなかなか難しいが、自国通貨はデフォルトしないので債務残高や財政赤字は考慮する必要がないという理解であれば、それは極端な主張でありなかなか受け入れられないのではないかと考えている。

とちょっと頓珍漢な答弁がありまして…

西田委員 今日本をMMTの実験場にするつもりはないという答弁があったが、それは大間違いで、実はもうやっている。過去20年来政府債務がまだ400兆円位の頃から「GDPと変わらないほどの政府債務があったら金利は騰がり、通貨は暴落して大変なことになる」といわれてきた。これは(財務省が)商品貨幣説に立っていたから。ところがいつまで経っても金利も騰がらなければ物価も騰がらない。それを今でも何時か起きるはずだといっている。 私が言っているのは逆で、財政破綻するはずがないと。すでのMMTに基づいた政策を日本はやってしまっているんです。(財務省は)自分たちが学んだ理論に現実を合わせようとするから間違いで、現実をみて理屈が合っていなければ理屈が間違っていると気がつかなければいけない。

安倍総理 確かに2012年にアベノミクスを始めようとしたらマスコミらに「それをやったら金利が騰がり、円が暴落する」といわれた。実際には国債金利は下がった。自国通貨建て国債はデフォルトしないというのは事実だと思う。しかしだからといって債務残高がどれだけ増えても問題はないのだろうか。(場内笑い) 西田氏は純粋な理論としておっしゃっているが、政府としては無駄な支出は戒めていかなければならない。財政再建は進めていきたい。

 

これを視聴すると、西田昌司氏の主張を聴いても、少なくとも安倍総理、麻生財務大臣財務省の商品貨幣説的財政破綻論から目が覚めていないようですね。

ただ西田昌司氏の最後の締めが素晴らしかった。

西田委員 恩師だった西部邁氏が私に度々言ったことがある。「西田君、民主主義とは少数派が議論を通じて多数派になる過程のことを言うんだよ」と。私もこの議論、しっかり進めて多数派を作るようにしていきたいと思います。

 

西田昌司議員。MMTに親和的で積極財政派の我々としては今後共注目ですね。

 

 

3つの信用創造の仕訳(しわけ)

先日、信用創造には3つあるという記事を書きました(ここ)。

今回はそれらの信用創造の仕訳(しわけ)について詳しくみていきたいと思います。

 

1.市中銀行信用創造マネーストック

f:id:shavetail1:20190407163302j:plain

図表1 民間銀行の信用創造

まず市中銀行での信用創造です(図表1)。*1  私達家計や企業が銀行から借り入れをしたとすると、銀行はなにもないところから(1行目)、貸し出した金額に見合いの預金を我々の口座に振り込みます。 この時銀行はそのお金をどこからか借りてきたりすることなく、単にキーボードで金額を打ち込めば預金通貨(マネーストック、MS)が生まれます。これが民間銀行の信用創造の仕組みです。 こうして信用創造で生まれたお金は、銀行員のペン先から預金が生まれているので「万年筆マネー」ともよばれます。誰かが負債を負えば金融資産が生まれる、逆に誰かが負債を返済すれば同額の金融資産が消滅するという関係になっています。 ちなみに図の色分けは右側のMSが動く市場をここでは預金市場と名付けて緑色で表し、左側の中央銀行ネット内でマネタリーベースMBが動く金融市場は煉瓦色で表しています。(金融統計上は政府預金はマネタリーベースには含まれませんが、政府預金は銀行が中央銀行に預ける準備預金と同様中央銀行の負債という意味では同質のお金ですのでこの記事内では政府預金も含めてMBと呼ぶことにします) 

ここで、手に取れる紙幣という例外を除けば、緑色の市場のお金MSと煉瓦色の市場のお金MBは直接行き来できない別のお金ということには注意が必要です。従って我々は中央銀行ネット内にあるMBを直接受け取ることはできません。

 

2.中央銀行信用創造

中央銀行は銀行の銀行で政府の銀行でもあります。中央銀行信用創造の例として、政府が中央銀行からお金を借りる場合をみてみましょう(図表2)。

f:id:shavetail1:20190407165534j:plain

図表2 中央銀行信用創造

これは政府は政府短期証券(FB)という債券を発行して、中央銀行がこれを引き受けた場合です。 この場合も図表1の民間銀行の信用創造と同じく、政府が自ら負債FBを負ったことで見合いの政府預金が政府口座に生まれる「万年筆マネー」が信用創造の仕組みとなっています。

 

3-1)財政出動に伴う信用創造中央銀行引受け方式)

信用創造の3つめが財政出動の場合です。財政出動に伴う信用創造政府短期証券FBを中央銀行が引き受ける場合と、民間銀行で消化される場合のふたつに分けられます。まずは中央銀行がFBを引き受ける場合(図表3)。

f:id:shavetail1:20190407190951j:plain

図表3 財政出動(FB中央銀行引受けの場合)

政府がFBを発行して中央銀行がこれを引受けた場合、2行目までは先にみた中央銀行による信用創造そのものです。ただ、この段階で創られた政府預金は中央銀行に口座があるため中央銀行の金融ネットワークを越えて民間非金融部門へは出ていくことができません。

そこで政府が支出をする場合、民間へは例えば政府小切手などの形で支払いを行い、企業はこれを銀行に持ち込んで預金に変えてもらうという手続きを踏みます(3行目)。

政府小切手を持ち込まれた民間銀行は、中央銀行にその取り立てを依頼し、中央銀行は政府預金を振り替えて民間銀行の口座に準備預金を振り込みます(3行目)。

まとめると、政府支出に伴う貨幣の増加は中央銀行信用創造(2行目)で行われているが、生成したマネーは民間に流通できないため、政府小切手を受けた民間銀行がMSに変換するという二段階の手続きで行われているということです。*2

 

3-2)財政出動に伴う信用創造(市中消化方式)

現在の日本で財政出動する場合、FBは原則市中銀行で消化されることとなっています。*3 このFB市中消化の場合の仕訳は次のようになります(図表4)。

f:id:shavetail1:20190407180332j:plain

図表4 財政出動(FB市中消化の場合)

政府短期証券FBを民間銀行に引受けてもらう場合、初期状態のままで民間銀行にマネーがなければその費用が支払えませんので、これに先行して民間銀行は中央銀行に借り入れをします。中央銀行は民間銀行口座に準備預金を振り込みます(2行目)。

市中銀行はこの資金で政府が発行するFBを購入します(3行目)。政府支出に伴い、政府が企業に政府小切手を支払い、民間銀行で預金(MS)とします。民間銀行は政府小切手を中央銀行に取り立ててもらい、準備預金を回収します。すると、民間銀行、中央銀行共に借入・貸出と準備預金が相殺されて仕訳からは消え、民間銀行バランスシートには借方:政府債務(ここではFB)/貸方:預金(MS)だけが残ります。

 

4.信用創造のまとめ

信用創造には3パターンがあります。

1)誰かが資金を積極的に借りて民間銀行でMSが生成される

2)民間銀行か政府が、彼らの銀行に当たる中央銀行から資金を借りてMBができる

 ただし中央銀行ネットに我々非金融部門はアクセスできないので…

3)政府がこれをMSに変換する財政出動を行なう

 

5.政府債務は家計貯蓄を超えるか?

4月5日付日経新聞の「大機小機」に政府債務は家計貯蓄を超えるか?という記事が載っていました。(ここ

上記の財政出動に伴う信用創造の仕訳をみていただければ明らかなように、企業・家計の預金に先行して政府債務が生まれています。政府の負債は誰かの資産、というわけです。これは理屈だけでなく、日銀資金循環統計からも確認できます(図表5)

f:id:shavetail1:20190407184008j:plain

図表5 誰かの負債は誰かの資産

日銀資金循環統計によれば、2017年時点で家計純資産は1500兆円とされています。一方純債務を負っている政府・企業・海外の純債務の和もほぼ同額です(両者に少し差があるのは、金融機関など他の経済主体があるため)。

見方を変えれば、政府・企業・海外が負債を負っているからこそ家計に金融資産があるともいえます。 従って政府純債務が増えれば増えるほど家計純資産が増えるし、財政均衡や政府債務返済を目指して緊縮財政を行えば、単に家計資産が減るだけということになります。

「政府債務が家計純資産を追い越せば財政破綻する」などといった言説は信用創造の仕組みを知らないことから生じる間違いですので、その間違いに基づく緊縮財政によって日本を貧困化させることは愚かな自爆政策といえるでしょう。

*1:この簡易モデルでは日銀の信用創造による準備預金については考えません。

*2:このタイプの財政出動は現在の米国や、1998年以前の日本で行われていました

*3:その根拠はここ

MMT(現代貨幣理論)を知るために必要なたったふたつのこと

最近、急速にMMT(現代貨幣理論、あるいは現代金融理論)に注目が集まっています。

ただ内容をみると、肯定論がひとつに対して否定論がいつつ、といった具合でMMTの有用な主張が十分伝わっていないように思います。

 

そこで今回はMMTを知るために必要なことをお伝えしたいと思います。

それは現実の貨幣・信用創造の仕組みと、貨幣市場の枠組みの2点、これだけです。

なぜMMTを知るためにこの2点が必要かといえば、現在の経済学(主流派とよばれる)の教科書ではこのふたつが誤って書かれていて、このためにMMTの正しい理解にたどり着けない方が多々でてくるというわけです。(図表1)

f:id:shavetail1:20190326160245j:plain

図表1 主流派経済学と現実

1.現実の貨幣・信用創造の仕組み

 主流派経済学の教科書では貨幣について次のように説明されています。*1  

 貨幣は、その物自体に価値がなくても貨幣としての機能を果たすと認識されれば貨幣となる。 1ドル紙幣はジョージ・ワシントンの肖像の描かれた紙切れであるが、それを持っていれば様々な商品やサービスと交換できると人々が認識する故に、貨幣となる。

 

 このような、貨幣自体に殆ど何の価値もなく、本来的な価値を持たない貨幣を「フィアット・マネー(不換紙幣・不換貨幣)」と言う。

 

 フィアット・マネーは本来的な価値を持つ貨幣(たとえば金貨や銀貨)の替わりとして流通し、価値の裏付けのないまま、その便利さ故にいつの間にやら定着したものである。

 

 経済学者達は本来的な価値をもつ貨幣を特に「商品貨幣」と呼んでいるが、貨幣として流通しだした商品はその商品の用途とは関係なく珍重される。

 

 このように、主流派経済学では本質的価値を持つお金と、それから派生する実際には価値がない不換紙幣とがあるという立場をとっています。

 

 ところが、現実世界の貨幣は基本的には銀行が信用創造で作り出すお金「信用貨幣」で回っていて、少量の「商品貨幣」のような硬貨も出回っているのですが、こちらは補助貨幣として少額取引用の例外となっています。*2

 

 このように貨幣観が、主流派経済学と現実世界では違うことが銀行の信用創造の理解にも影響していて、経済学の教科書では預け入れられた紙幣(本源的預金)を元に別の銀行にその大半を又貸ししていく「又貸しモデル」が記載されています。

この「又貸しモデル」での信用創造は、ウィキペディア日本語版にも記載されています。
ja.wikipedia.org

(また)ところが、現実世界の信用創造は又貸しモデルとは全く違っていて、銀行が貸付をするときに、銀行が借り手の銀行口座に同額の預金を同時に作り出す(銀行員のペン先から貨幣が生まれるため「万年筆マネー」ともいわれる)というものであることイングランド銀行が解説しています(ここ)。その概要部分の和訳はたむりんさんのブログで読むことができます(ここ)。 なお、英語版では正しい信用創造の仕組みが書かれています(ここ)。

 

2.貨幣市場の構造

主流派経済学では中央銀行信用創造するマネタリーベース(MB)と民間銀行が信用創造するマネーストック(MS)の市場は(明示的ではないものの)連続した単一の貨幣市場で取引されているという前提があります。

 

(またまた)ところが、現実の世界ではマネタリーベースが流通する金融市場は日銀ネット内にあり我々家計や企業、いわゆる「非金融部門」は日銀ネット外でマネーストックをやり取りしています。(図表2)

f:id:shavetail1:20190326175413j:plain

図表2 現実の金融市場

図表2は一例として企業が銀行借入して見返りに自分の口座に預金を預け入れる信用創造がなされた例を描きました。 ここで重要なことは緑で示した預金市場と煉瓦色で示した中央銀行ネット内の金融市場は直接つながっていないということです。図のように、民間銀行がそのふたつの貨幣市場を取り持つ形になっています。

 

 

3.MMTの骨格とのつながり

1)ストック・フロー一貫(SFC)モデル

簡単にいえば、「誰かの資産は誰かの負債」ということです。従って、現在の政府債務は非政府部門(主に家計・企業)の金融資産とペアになっているということになります。 フローでいえば、例えば安倍政権の掲げるプライマリーバランス黒字化とは民間金融資産赤字化推進ということですね。

 

逆に、意図せず財政黒字となるケースがあり、これはバブル期の日本のように、民間がリスクを取り過ぎて過剰負債を抱えると発生します。バブルは必ず崩壊しますので、意図しない財政黒字は金融危機の予兆と考えられます。

 

 2)内生的貨幣供給論

内生的とは「自発的に」に近い言葉で、民間が使うお金、マネーストックは基本的には民間企業が借入をすることでその見合い資産として生まれているということです(図表2)。従って、例えば日銀の量的緩和で民間銀行にあった国債を日銀当座預金という貨幣に変えても日銀ネット内での銀行資産の持ち替えに過ぎず、企業や家計がいる預金市場には直接影響がないということも了解していただけると思います。

 

長くなりますので今回は割愛しますが、MMTの主張のひとつ、銀行預金より政府支出が先(spending first)を理解するためには、図表2で示した現実の金融市場での会計を順序正しく考えることが必要です。

 

教科書の間違いがMMTの理解を妨げているとの思いから今回の記事を書きましたが、いかがだったでしょうか。 

 

 

*1:マンキューマクロ経済学第6章「貨幣とは何か」

*2:本筋から外れるので敢えて書いていませんが、「信用創造」は民間銀行(マネーストック)だけでなされているわけではなく、中央銀行(マネタリーベース)、それに財政出動マネーストック)でも信用創造はなされています

信用創造(貨幣創造)には3種ある

最近、ツイッターランドでは、日本の政界に財政出動を唱える政治家を出していこうという薔薇マーク運動が注目されてきています。

私も薔薇マーク運動には注目しているのですが、その運動の中核的存在になりうる民主党の金子洋一前参議院から次のようなツイートがありました。

 

 金融緩和なしで財政出動すると最終的には増税を財源とせざるを得なくなる、というご意見のようですね。この因果関係についてツイッターランドでも憶測されていましたが、シェイブテイルはもしかすると信用創造(貨幣創造)に3種あることをご理解頂いていないのではないかと思いました。

 

結論から言いますと、信用創造(貨幣創造)には市中銀行が主体となるおなじみの信用創造と、日銀が主体となって日銀当座預金つまり銀行が日銀に預けている預金の創造と、もうひとつ、政府が自ら政府債務を負うことで市中銀行信用創造してもらう財政出動の3種類があるのです。(図1)

f:id:shavetail1:20190311100758j:plain

図1 3つの信用創造

信用創造に3種類あることは、英語版Wikipediaのmoney creationの項目には記載されています。

en.wikipedia.org

 

薔薇マーク運動関係者によく理解されるべきなのは政府による財政出動には日銀は(受動的、間接的にしか)関与していないということです。

日銀マネーが財政出動の原資になっているというような理解をもし金子洋一前議員がされているようであれば、いくつかの論拠を中村てつじ元議員が良いまとめを作成されているのでここに引用しておきます。

 

d.hatena.ne.jp